SCENE 58:集結

 艦橋室に警報音アラートが鳴り響く。


 部屋の中央に置かれた象限球スフィアに、無数の赤点が生まれ、やがて描写範囲を超えたのか、象限球上面を赤く染めてて停止した。


 マグナヴィアに迫るエコーズの数は、裕に300を超えていた。


「嫌……嫌ァッ!!」


 クロエが絹を裂くような悲鳴を上げた。


 ティアナ、ダミアン、ラフィーも、その恐ろしい映像を見て固まっている。

 エコーズが空を覆い尽くさんばかりの数で、地表に——マグナヴィアに迫ってきている。


『2000年後の未来』

『滅亡した人類』

『無数の怪物』


 一挙に押し寄せた数々の情報が、少年少女達の脳をパンクさせていた。

 しかし、強引に平静さを取り戻した少年がいた。


 ルーカスである。

 見れば、左手の甲は自身の爪で引っ掻いた赤い筋が引かれていた。


「——すぐに離陸します。各自持ち場について下さい」


 言うが早いか、ルーカスは自身の制御盤に取り付くと通常空間航行システムを立ち上げた。


 そのルーカスの言葉に、思考がパンクした生徒達は盲目的に従おうとしたが、ティアナがハッと我に返った。


「待って! 会長がまだ——」


 ティアナが顔を蒼白にして叫ぶ。

 しかし、ルーカスは数瞬の逡巡の後、短く告げた。


「今は1秒たりとも待てません」

「…………!」


 ティアナは引き攣らせた後、思い出したように通信機に取り付いた。


「会長、応答して下さい! すぐに船に——」


 しかし、ティアナはその行為が無駄であることを悟った。

 通信が遮断されていたのだ。


「な、なんで……」


 ティアナが疑問を呟いた直後、艦橋室を眩い閃光と衝撃が包んだ。

 マグナヴィア全体が軋むような音が遠くから聞こえ、立っているのもおぼつかないほどの揺れが襲う。


「ッ——被害は」


 ルーカスの声に、ダミアンが答えた。

 先ほどまでの動揺が、強い恐怖によって吹っ切れたらしい。


「後部区画、第七から第九までの外部装甲に段階3レベルスリーの損傷!」

「……い、一撃で」


 ルーカスは戦慄した。

 段階3の損傷とは、その区画の装甲がほとんど残っていないことを示す。

 あと一撃喰らえば、その区画には大穴が空く。


 ルーカスの中で様々な選択肢とその先の可能性が踊った。


「……ッ!」


 無限にも思える思考の末、ルーカスはマグナヴィアの船体周囲に、重力場フィールドを発生させた。


 直後、モニター越しにパッと閃光が走り、轟音が響き渡った。

 だが今度は、あの激しい衝撃はない。


 船体周囲の重力場が、敵の攻撃を弾いたのだ。


(だがこれでは、……!)


 ルーカスは自分の選択が合っていたのか、確証が持てなかった。


 船体周囲に重力場を発生させれば、とりあえず敵の攻撃から身を守ることは出来る。だが同時に、地上からの離陸も出来なくなる。


 宇宙空間とは違い、地上からの発進の際にはマグナヴィアの巨大な質量を離陸させるだけの強力な重力場が必要になる。


 しかし、この状態では、離陸の発生する重力場と発生した重力場が干渉し合ってしまうのだ。


 今マグナヴィアは、甲羅の中に籠った亀も同じだ。

 そして甲羅フィールドは無敵ではない。いずれ破られる。


(どうすれば……!)


 ルーカスが焦燥感に追われていると、再び閃光が瞬いた。

 ドドドン、と重力場に弾かれた攻撃が周辺の大地に降り注ぐ。


 モニター越しに地上の様子を見たティアナが悲鳴を上げる。


 地下基地跡地に新たな無数のクレーターが出来、途方もない熱量によって赤熱化している。


 レイストフがどこにいるのかわからない今、もはや生存は絶望的だった。


 離陸も出来ない。

 防御の重力場も、いつまで持つか分からない。


(レイストフ様……)


 八方塞がりの状況で、ルーカスは強く主人の存在を望んだ。



 *



 悲鳴や怒号が飛び交う中央区画。

 モニターに映された悍ましい光景に、その場から駆け出す者や壁に頭を打ち付けるもの、隣の者同士で縋り付く者などが多発した。


 1人壁際に立っていたモリスもまた、絶望に包まれていた。

 あまりにも荒唐無稽な状況に、もはや笑うしかなかった。


(ハッ……なんだよ、これは……)


 世界はとっくに滅びてて、怪物の蔓延る未来に、自分達はいる。

 映画のような状況に、モリスは自分の現実が歪んでいくのを感じた。


 何もかも、どうでもいい。

 もう、状況に流してしまおう。

 どうせもう、助からない。


 そんな投げやりな思考を止めたのは、ある記憶だった。

 感情と言ってもいい。


 幼馴染のために眉根を寄せて、それでも気丈に振る舞う少女。

 胸に生まれた、親友への嫉妬。


 今、彼女は目覚めるかもわからない危険な状態で、眠りについている。


 モリスは顔を上げ、宙を見つめた。


(……最後くらい、格好つけてみるか)


 モリスは壁から身体を離すと、中央区画を飛び出した。

 目指す場所はただ一つ。


 鋼鉄の巨人が並ぶ、あの場所だ。



 *



「これ、やべーんじゃねぇのか!」

「ど、どーするよ、フォード!?」


 マグナヴィア娯楽室の酒場で、2人の少年が慌てふためく。

 のっぽのヒューイと、チビのラッセル。


「…………」


 彼らの親分であるフォードは、腕を組みながらモニターを眺めていたかと思うと、子分達の動揺には取り合わず、静かに部屋の扉へと手をかけた。


「フォード……?」

「どうしたんだよ……」


 不安げにラッセルとヒューイが、フォードの意図を問う。

 しかし、その問いには答えず、フォードが短く呟く。


「俺達は、クソみてーなトコロで育った。だから俺達もクソみてーなことをして生き延びた」


 唐突な話に、ラッセルとヒューイが面食らう。

 彼ら3人が天蓋都市ですらない、不法居住者達の住まう地下都市アンダーシティで育ったのは、彼らにとって当たり前の事実だからだ。


 熱に浮かされたように、フォードは続ける。


「俺たちはクソだ。今更変えられない事実だ。だが——自分でしでかしたことは、忘れねぇ」


 フォードは忘れていない。

 生きるために裏切った奴の顔を。苦痛と悲しみに歪んでいく声も。


 ——自分のせいで、傷付いた想い人のことも。


「死ぬ直前まで、俺は懺悔なんかしねぇ。だから——」


 フォードは犬歯を剥き出しにして、言い放った。


してやる。あのバケモンどもにな」


 フォードは廊下へ飛び出し、格納庫向けて駆け出した。



 *



 特別に与えられた、大人数用の居住部屋。

 そこに、サドラン兄弟達はいた。


 幼い兄弟達は泣き疲れて眠っている。

 起きているのは、長男のサドランと長女のテトだけだ。


「兄さん……」

「…………」


 部屋に取り付けられたモニターに流れる、絶望の光景。

 だが、サドランは取り乱すこともなく、しばらく目を瞑っていたかと思うと、瞼を上げた。


 その瞳には、確かな意志が宿っていた。


「テト。後のこと、頼むね」


 そう告げ、サドランは大きな身体をのっそりと立ち上がらせた。


「……どうするの?」


 テトはそう兄に訪ねながらも、答えは何となくわかっていた。


「守るよ、家族みんなを——……僕は、長男だからね」


 最後は冗談めかして笑って言うと、サドランは部屋の扉を開けた。

 テトは胸の中で様々な思いを巡らせ、一言だけ呟いた。


「絶対、帰ってきてね」

「……もちろん!」


 サドランはニコリと微笑むと、扉の奥へと消えた。

 扉を背にして、中からテトの啜り泣く声を聴きながら、サドランは通路の天井を見上げた。


 空気がビリビリと震えているのがわかる。

 もうすぐそばに、あの怪物達が迫っている。


 サドランは覚悟を固めると、格納庫に向かって駆け出した。

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