SCENE 57:真実

 作戦名:第17次ヒューゴ惑星宙域防衛戦

 作戦日:星海暦1265年ヒューゴ暦法7月11日


 <戦闘経過>

 04時11分:衛星軌道艦隊が会敵。戦闘開始。

 04時21分:衛星軌道艦隊の60%が壊滅。エコーズ第一波殲滅成功。

 05時34分:エコーズ第二波襲来。戦闘開始。

 05時40分:衛星軌道艦隊全滅。

 05時47分:エコーズ主力がヒューゴ各地に降下。地上部隊が交戦開始。

 05時56分:母艦型がカナベラルエリアに出現。

 06時02分:カナベラルエリア防衛部隊壊滅。

 06時17分:アレストエリア防衛部隊壊滅。

 06時24分:タンバーエリア防衛部隊壊滅。

 06時35分:ドルイドエリア防衛部隊壊滅。

 06時41分:ヒラリーエリア防衛部隊壊滅。

 06時59分:ラッドエリア防衛部隊壊滅。

 07時12分:絶対防衛令発令。『白の月アルバ・メンシス』起動。

 07時25分:エコーズ壊滅を確認。残存部隊の回収開始。

 07時50分:残存部隊の回収完了。作戦終了。


 <戦果判定>

 偵察型……有効撃墜数:22/推定撃墜数:100

 格闘型……有効撃墜数:40/推定撃墜数:100,000

 突撃型……有効撃墜数:61/推定撃墜数:3,000

 兵士型……有効撃墜数:31/推定撃墜数:700

 自爆型……有効撃墜数:0/推定撃墜数:200

 撹乱型……有効撃墜数:12/推定撃墜数:30

 護衛型……有効撃墜数:0/推定撃墜数:90

 狙撃型……有効撃墜数:0/推定撃墜数:不明

 巡洋艦型……有効撃墜数:0/推定撃墜数:12

 空母型……有効撃墜数:0/推定撃墜数:7


 <自軍被害>

 —衛星軌道艦隊—

 航宙母艦……大破:4/中破:0/小破:0

 駆逐艦……大破:12/中破:0/小破:0

 巡洋艦……大破:20/中破:0/小破:0

 航宙戦闘機……大破:120/中破:0/小破:0

 —地上部隊—

 対空砲……大破:219/中破:0/小破:0

 戦闘要員……死亡:12,110/重傷:2/軽傷:17/MIA:143,916

 非戦闘要員……死亡:7/重傷:0/軽傷:62/MIA:2,233


 <戦訓所見>

 エコーズ壊滅には成功したものの、大局的に見てこの度の作戦は惨敗といえる。ヒューゴ防衛大隊の残存勢力は1割未満となった。ルイテン星系大隊司令官、サックス中将はこの度の戦いを持って惑星ヒューゴから撤退することを表明した。これにより、人類の防衛圏はシリウス星系まで縮小となる。今作戦の結果、エコーズに奪取された惑星は46となった。エコーズの出現から4世紀余りが経過し、人類は総人口を全盛期の3分の1に減らした。エコーズの勢力全容は未だつかめず、増加しているという報告すらある。我々には敗北以外の道はないのかもしれない。『神々の艦隊』の復活さえ叶えば、エコーズ殲滅も出来るだろう。そんな未来が訪れることを、ここに切に望むものである。


 記録者:ヒューゴ防衛中隊ソンブレロ基地所属技術士官 アーノルド・ノマ



 *



「……ふ」


 レイストフは暗い記録室の中で、笑みをこぼした。

 報告書の中にあった文字列が、閉じた瞼の中で踊る。


(つまり……つまり、……)


 ずっと、疑問に思っていたことが解消され、レイストフは嬉しかった。

 同時に、『なんとかなる』という無根拠な考えが消し飛んだ絶望が、レイストフを支配した。


「ふ……ふ……くく……」


 何だか無性に可笑しくて、堪えきれずに口角が上がり、腹の底からそれは飛び出した。


「く……あーっはっはっはっはっはっはっ!!」


 レイストフの狂気的な笑いは、耐えることなく記録室の中で木霊し続けた。



 *



 艦橋室の生徒達は、モニターに映ったその文字列に意識を奪われ、誰1人として声をあげられなかった。


 目は確かにその文字列を確かに認識しているのだが、脳が理解しようとしない。


 ——星海暦1265年。

 ——エコーズ。

 ——総人口の3分の1。


 そんな単語や文章の意味する所に、脳が追い付かない。

 戸惑いと混乱が支配する中で、ラフィーが乾いた笑いを上げながら呟いた。


「は……ははッ!」


 その痛々しい様子に、艦橋室のメンバーが淀んだ目を向けた。


「これ……これ、なんか……なんかの作り話ノベルか……だな!」


 ラフィーの瞳は小刻みに震えていた。見れば、尋常じゃない量の汗をかき、指の先も震えている。


「そんなもん……送ってくるなんて、レイストフも意外とドジっつーか、なぁ……なぁ?」


 ラフィーは声を震わせながら、賛同を得ようと周囲を見渡す。

 だが皆、泣きそうな顔でラフィーを見るだけで、一言も発さない。


「だって、そうだろ……? なんか……だって……アレだしさ……」


 ラフィーは自分の手を見つめながら、笑いながら呟く。


「てか『エコーズ』って何だよ? インベーダーかって! ゲームやりすぎの妄想癖だって!」


 ラフィーは壊れた機械のように段々と大きな声で叫び始めた。

 そんな尋常ではない様子のラフィーに、クロエが怯えた目を向け、小さな悲鳴を漏らした。


「もう、もう……やめろ……ラフィー……」


 ダミアンは泣きそうな顔でラフィーの服を押さえた。

 一瞬、ラフィーは正気に戻ったような表情を浮かべたが、すぐに取り繕ったような笑顔を出した。


「…………は!? 何が!? 何が!?」


 ラフィーはダミアンを振り払おうとするが、ダミアンは必死にラフィーを抑える。

 クロエは静かに嗚咽を上げ始め、ティアナは静かに床を見つめていた。


 そんな中、モニターの画面がパッと切り替わった。

 そこには、虫のような巨大生物の——インセクトの解析図が表示されていた。それは一つだけでなく、無数の種類があった。


 画面を見たティアナが、ゆっくりとルーカスを見た。

 ルーカスが脳面のような表情で制御盤から手を離した。


「文書に添付されていたデータから抜粋したものです——そしてこれは私達が遭遇した生物——インセクトと一致します」


 ティアナはルーカスの説明を聞きながら、静かに頷いた。


「……そう。つまり、というのは——」


 ティアナの言葉を、ルーカスが引き継いだ。


「我々の言うところの、インセクトだと思われます」

「…………」


 文書に出てくる生物が実在する。

 それは、作戦記録にある文章が妄想でないことの証明であった。


「そして、つい先ほど判明したのですが……星海図の異常エラーの正体が判明しました」

異常エラー?」


 知らなかったティアナが疑問の声を上げ、律儀にルーカスが答える。


「はい。現在位置の特定の際に出ていたのですが——が、間違っていたのです」


 ティアナには何のことだかわからないが、ルーカスも夢遊病のように呟き続ける。


星海図スターマップは通常、恒星系の光量と位置関係を元に記憶されます。今回の異常は、バンクにある恒星系の光量と、現在観測している光量との僅かな差異ギャップが、異常エラーとなっていたのです」


 恒星は時間と共にその光量を変化させる。

 恒星の光量の変化は、人の生きる時間では観測できないほど僅かなものだ。


 だが、それゆえに今回は今に至るまで、予測できなかった。


「しかし、それも解消され——この作戦記録のを証明する形となりました。星海図の逆算結果によると——」


 誰もが、ルーカスの言っている意味が理解できなかった。


「……この文書が書かれたのは星海暦1265年のようですが、我々はそれすらもいるのです」


 ルーカスの告げる言葉を、誰も理解したくはなかった。

 

、星海暦2984年——」


 ルーカスは聖書を読み上げる神父のように、諦観の中で告げた。


「我々は今、元の時代から2000にいるのです」



 *



 ルーカスの告げたその言葉に、誰も反応しなかった。

 ただ、誰もが、先ほどまで暴れていたラフィーさえもが、理解した。


 自分達が置かれた状況を——その、絶望を。


「2000年後……って」

 

 ダミアンが呆然と呟く。

 信じたくない気持ちとは裏腹に、ルーカスの出したデータは正確だった。恒星の光量の増減は時間の進みを表している。


「……でも、なんでそんな事に……」

「恐らく、でしょう」


 ティアナの疑問めいた呟きに、ルーカスがメガネを抑えながら答える。


「あの時?」

「ええ。ローバス・イオタの循環反応炉が臨界に達した時、起きたのは爆発ではなく、だった——そう考えるしかないでしょう」

「…………」


 ルーカスの言葉を受けて、ティアナの頭の中で情報が渦巻いた。

 そもそも、ローバス・イオタは一瞬にして20光年もの距離を移動していたのだ。そのことが既にあり得ないことなのだ。


 だがもしローバス・イオタが本当に時間移動をしていたのだとしたら、20光年の移動は、時空転移の際に起きたであるといえる。


「でもなぜ、時間移動なんてことが……」

「——マグナヴィアだろ」


 ティアナの疑問に被せるように、ラフィーが俯きながら呟いた。


「え?」

「他にどんな要素があるんだよ」


 困惑するティアナを乾いた目で見ながら、ラフィーがポツポツと呟く。


「ローバス・イオタのは、マグナヴィアだけだ。それ以外にあるか?」

「私も同感です」


 ラフィーの意見にルーカスが賛同する。

 そしてその2人の意見を、ティアナが言語化した。


「つまり……マグナヴィアは、時間移動機タイムマシンだってこと?」


 時間移動機。

 星々を渡る技術を得た人類においても成し得なかった夢の産物。


「もしくは、それに類する機能が付与されているのか——複数の事象が重なった結果、偶発的に起きたのか——いずれにせよ、マグナヴィアが関与しているのは疑いようがありません」


 ルーカスがティアナの意見を補強するように付け足す。

 その言葉に、ラフィーとクロエが表情を明るくする。


「なら、元の時代に帰れる可能性だって……!」

「あるかもしれない……?」


 微かな希望が艦橋室を包み始めた時、空気を引き裂くような高音が鳴り響いた。


 音は、クロエの制御盤から鳴っていた。

 本能的な恐怖からか、ティアナが我に返り、クロエの制御盤に取り付いた。


索敵機能レーダーに反応! 上空から何か——」

「……!」


 ルーカスは素早くモニターの映像を外部カメラの映像に切り替えた。

 そして、彼らはそれを目撃した。


 それは、ある種美しい光景であった。

 黒雲の一部が割れ、陽光が放射線状に輝かしく差し込んでいる。


 天使の梯子エンジェルラダーとも呼ばれる、雄大な自然現象だ。


 薄明の柱の中に、ポツリと影が現れた。

 その影は異様な形を——胴体から幾本もの脚が生えた、のような形をしていた。


 影は大きく、そして一つではなかった。

 二つ、三つと数を増やしていき、やがて光の柱は蠢く影に覆い尽くされた。


 エコーズの無数の大群が、地表へと降下してきていた。


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