SCENE 60:選択
止むことのないエコーズによる攻撃の嵐は、ついに
「く……」
「うあッ……」
艦橋室にいる生徒達は悲鳴を上げる。
八方塞がりの状態の中、ルーカスは必死に打開の一手を探し続けた。
そして、それを思い出した。
(……なんて間抜けな)
自分の馬鹿さ加減を悔やんだ。
こう言う時のために、自分とレイストフは備えていたのではなかったのか。
ルーカスは急いで制御盤を叩き、通常航行システムの画面を切り替え、新たなシステムを立ち上げる。
ルーカスが立ち上げたのは、
だが、画面一杯に
(起動……しない……)
ルーカスは顔を凍り付かせた。
唯一の希望を失い、ルーカスは顔を俯かせた。
レイストフなら、合理的観点で自分より大勢の人命を優先するように言うはずだ。
そう思って、主人を失ってでも船の防衛を優先させたと言うのに、この始末。
——もはや、どうしようもない。
ルーカスは鳴り響く警告音と衝撃音の中、目を瞑った。
やけに音がクリアに聞こえる、一種の悟り状態の中、ルーカスは幻聴を聞いた。
『何をやってる、ルーカス』
主人の声だ。
ついに自分は主人恋しさに、幻聴まで生み出したらしい。
『諦めるには早い。すぐに取り掛かれ』
やけにハッキリと物をいう幻聴だ。
まるで、本物の——。
「ルーカス!」
「……ッ!」
ルーカスは目を見開いた。
目の前に、レイストフがいた。
あちこちが煤汚れ、額からは血を流しているが、生きている現実のレイストフだった。
「レ……レイストフ……様……」
「か……会長……!」
ルーカスは感動やら罪悪感やらでうまく言葉を紡げず、ティアナも目元に涙を浮かべ、口を覆った。
しかし、レイストフはそれに構うことなく制御盤に取り付いた。
「ルーカス、今から火器管制機構のエラーを修正する。ティアナ、上の
「承知しました」
「はい!」
レイストフの的確な指示に、2人はすぐさま作業に取り掛かった。
変化は、それだけではなかった。
「……俺は、何をすればいい」
先ほどまで茫然自失の状態にあったラフィーが、正気に戻った顔で告げた。
恐怖は消えていないが、確かな意志がその目に宿っていた。
「俺達にも、指示をくれ!」
ダミアンがそう叫び、クロエも震えながら頷いた。
「……ラフィーは艦内の
レイストフは数秒の沈黙のあと、的確に指示を飛ばした。
すぐさまラフィー、ダミアン、クロエが作業に取り掛かる。
計算を終えたティアナが叫ぶ。
「重力場、約5分後に破られます!」
レイストフは制御盤を叩きながら頷き、思考を巡らせた。
(この状況を打破するには、
当然のことながら、レイストフの計画には無理が多々あった。
もしも火器管制機構を立ち上げることに成功したとして、敵の数を減らすことなどできるのだろうか。
あの
それに、万が一大気圏外へと逃げ切ったとして、満身創痍の船体で裏宇宙航行はできるのだろうか。
万全じゃない状態で裏宇宙航行をすれば、裏宇宙の高重力がマグナヴィアを圧壊させる。死ぬ場所がここから
(可能性は限りなく低いが……やるしか……)
レイストフが悲壮な覚悟を固めた時、敵の動向を探っていたティアナが報告した。
「会長ッ、て、敵が重力場に取り付いて——」
すぐさまレイストフが外部カメラへと画面を切り替える。
すると、船体周囲の重力場にしがみついたエコーズの姿が映し出された。
金属を思わせるぬらりとした外皮、ギョロリと伸びた複眼、凶悪に尖った六対の手足。興奮するように口元の鋏をガシガシと動かしている。
エコーズ——人類を滅ぼした異形の虫型生物。
「コイツ、何を……」
その異様な姿に圧倒されていると、すぐに異変が起きた。
その1匹のエコーズが、
当然、重力場の内側にあるのは——マグナヴィアである。
ぞくりと背筋を這う悪寒と同時に、レイストフはインセクトの行った行為を理解した。
(
循環反応炉の生み出す重力場は、自然の生み出すそれとは異なる。
循環反応炉によって生成される
空間内を動き続けるレーン粒子の指向性を完全に把握し、その重力場の方向とは真逆の重力場で相殺し続ければ、理論上は可能である。だが、それは巻き起こる砂嵐の一粒一粒の位置や流れを完全に把握するようなことに等しい。あり得ないはず、だった。
だが、目の前で起こっている事象は、そうとしか説明できなかった。
「突破、される——」
レイストフの呟きと同時に、エコーズは重力場の内側へと抜けた。
喜びに震えるように赤い目をぎらりと輝かせると、エコーズの口元に光が漏れ始めた。
(——攻撃する気だ)
もはや如何なる防御も間に合わない。
こんなに早く重力場を突破されるなんて。
レイストフは自身の目算の甘さを認識しながら、後ずさった。
その直後だった。
光を放っていたエコーズが、カメラから弾かれるように消えた。
「……ッ!?」
カメラを切り替えると、そこには人がいた。
羽のような四枚の
一機の
それは、シーラの乗り込んだ
*
「な……」
コウイチは思わず、そのモニターにかじりついた。
重力場の中で戦っているのは、間違いなく拡張人型骨格だった。
先ほどのシーラとの問答で更に閉じこもっていたのだが、そんな鬱々としたものが吹き飛ぶほど、コウイチは動揺した。
(まさか……いや、でも……)
確たる証拠もないのだが、コウイチの中で確信めいた予感があった。
そんな予感を裏付けるように、コウイチの
着信者はモリス。
あの私闘以降、モリスからは何度かかかっていていたが、コウイチは全て無視していた。
だが今は、出なくてはいけない気がした。
震える指で、通話をオンにする。
「……はい」
友人だったはずが、今は返ってくる返答すら怖く感じた。
だがモリスは、そういった前振りも感傷もなく、端的に告げた。
『コウイチ。今、戦っているのはシーラだ』
「——ッ」
予感が的中し、コウイチは個人端末を取り落としかけた。
——戦ってえってか!?
——お前、何様だよ!?
(まさか……俺が……俺の……?)
先ほどのまでのシーラとの問答を思い出し、手の震えが大きくなる。
そんなコウイチの様子を知ってか知らずか、モリスは端的に自分の思っていることを告げた。
『コウイチ。お前がやっちまったことに対して、俺は何も言う気はない』
単なる機械に自分の強さを預けようとして、アイリを傷つけてしまったこと。
ここで何を言われるにしても、今まで逃げ続けてきたコウイチは、聞く義務があると思った。
『……ただ、一つだけ』
コウイチは黙して、次の言葉を待った。
『——過去は、変えられない。変えられるのは、
「…………」
罪は
ずっと苦しいままだし、楽になることなんてない。
背負って生きるしか、ない。
そんなこと、とっくに分かってるはずだった。
5年前のあの日から。
『コウイチ。お前を変えられるのも、救えるのも、お前だけだ』
通信の向こうから、戦闘音のような音が聞こえてくる。
まず間違いなく、拡張人型骨格に乗っているのだと分かった。
『説教臭くなって悪い——じゃあな、親友。また会えたら、会おうぜ』
その言葉を最後に、モリスとの通話は途絶えた。
「…………」
コウイチは通話の切れた個人端末を持った腕を、だらりと床に垂らした。
目を瞑り、一瞬、思考を巡らした。
(……このまま
だけど、俺は救われないまま。
情けないまま。
矮小なまま。
変われないまま。
救われないまま。
俺は——どうしようもない奴のまま。
(動いても、変われないかもしれない)
でも。
それでも。
(——命の使い方くらい、選べるはずだ)
コウイチは布団をかなぐり捨てると、部屋の外へ飛び出した。
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