SCENE 54:暗闇

 マグナヴィア船内各所から、作業に従事しながらも、不平不満の声が上がっていた。


 ——あれがヒューゴだって?

 ——なんか降りるらしいぜ。

 ——違う惑星だろ? どう見てもさぁ。

 ——何やってんだよ、ブリッジ!


 惑星ヒューゴへ降下する。

 その旨が伝えられた艦内は混乱に陥っていた。


 ようやく故郷に帰れたと思ったら、見たことのない惑星へ降下するというのだ。

 生徒達は説明を求めて艦橋室に問い合わせるが、生徒会からは定型分の返答のみ。


 希望から一点、不穏な影が覆い始め、マグナヴィアにいる生徒達の心には影が出来始めていた。



 *



『——これより、本艦は惑星ヒューゴに降下します。大気圏突入の影響はほとんど有りませんが、もしもの場合、衝撃に備えられるよう、ご協力のほどよろしくお願い致します。繰り返します——』


 通路に流れる放送を扉越しに聴きながら、コウイチは暗い部屋に閉じこもっていた。


(……あれが、ヒューゴ……?)


 部屋の小型モニターを通して、コウイチも一連の異変には気付いていた。


 だが、コウイチ自身は何もする気にならなかった。

 脳裏にレイストフの言葉が蘇る。


『——もう、何もするな』


 次いで、目の前で砕けた拡張人型骨格の姿が浮かび、その感触までもが手に蘇った。

 力無く項垂れ、運び出されるアイリの姿。


(わかってる……俺は、もう……)


 ぎゅ、とコウイチは被った布団を強く握りしめた。

 コウイチは自分の殻から出ようとは、もう思えなかった。



 *



 マグナヴィア艦橋室。


 裏宇宙潜航レーンダイブほどではないものの、初の惑星降下が迫り、生徒自治会の面々には緊張の色が広がっていた。


 ルーカスが素早く報告する。


「——マグナヴィアが惑星の衛星軌道に乗りました」


 それに呼応し、ティアナが惑星降下のタイミングを告げる。


「降下開始まで120秒。カウント開始」

重力場フィールド展開。底部から前面、側面、後面まで拡大……完了」


 ラフィーも上擦る声を抑えながら報告を繋ぐ。

 そこにクロエとダミアンも報告を重ねる。


「慣性制御システム、重力圏用に切替完了。船内重力、安定してます。」

「外殻部、内殻部、施錠ロック完了。装甲に異常なし」


 レイストフは静かにそれらの報告を聞きながら、その時を待った。

 ティアナのカウントだけが艦橋室に響く。


「62……61……残り、1分」

「…………」


 レイストフは目を瞑り、心の中で独りごちた。


(これで、何かがハッキリする……)


 ——ローバス・イオタにマグナヴィアがあった理由。

 ——襲撃者達。

 ——謎の異生物インセクト

 ——ヒューゴの変容。


 それらが明らかになるだろうという確信がレイストフにはあった。

 確かな情報が入らなくても、推察する方向は定まってくるだろう。


 例えどんな真実であっても、立ち向かわねばならない。


(俺は、アイツとは……違う)


 レイストフは脳裏に浮かんだ幼馴染の少年を振り払うように、髪を振った。


(証明してやる……俺が、アイツよりも優れている事を……)


 そして問題を解決し、アイリを治療する。

 アイツが傷付けたアイリを、俺が助ける。


(認めさせる……俺の方が、ふさわしいって……)


 レイストフの思考を貫いて、ティアナの声が届く。


「降下開始まで残り、5……4……3……2……1……」


 全員の視線がレイストフに集まる。

 レイストフは目を開き、決意と共に告げた。


「——降下開始!」



 *



 黒雲に包まれた惑星の上空を、全長1100メートルの巨大な航宙艦が浮かんでいる。


 微動だにしなかった航宙艦は、ゆっくりとその船首を下に傾け始めた。

 徐々にその傾斜が鋭くなっていくと、やがて船体を赤い光が包み始めた。


 大気摩擦による熱だ。


 熱されて赤くなっているのは、船体の周囲に張られた透明な膜のようなものであり、船体には何も届いていない。


 赤く染まった巨大な航宙艦が降下し続けること、数分間。

 大気層を抜け、船体から徐々に赤みが消え始めた。


 航宙艦はそのまま速度を緩める事なく、惑星を覆う黒雲へと潜った。



 *



 マグナヴィア艦橋室。

 順調に見えた惑星降下の最中、クロエが叫んだ。


「——探知機能レーダー停止。方角が……!」


 クロエの前にある制御盤に、今まで表示されていた情報が一才が消えていた。

 無論、メインモニターに移された外部カメラの映像は、真っ黒に塗りつぶされている。


 レイストフは慌てずに指示を下す。


「分かっていたことだ。突入角のデータから逆算しろ。ティアナ、サポートを」

「了解」


 ティアナの制御盤に、クロエと同じ画面が表示されると、ティアナは制御盤を叩き始めた。


 黒雲の組成は不明だが、自然発生したものではないことは、衛星軌道上からの観測でも分かっていたことだ。阻害電波ジャミングに近い周波数を発していることも。


 ティアナはレイストフが用意していたプログラムを走らせ、冷静に現在のマグナヴィアの突入角、方角を導き出す。


 答えを得た、ティアナが叫ぶ。


「5……4……3……2……1……雲、抜けます!」


 その直後、メインモニターの映像が、パッと切り替わった。

 先ほどまで色の無い黒だったせいか、閃光のような眩しさを感じ、皆は目を細めた。


 白焼けを起こしていたカメラも徐々に機能を回復させ、地表の様子をそのモニターに映し出した。


 直後、艦内を異様な静寂が包んだ。


 映像は、艦内の全てのモニターに表示されている。

 覚悟をしていた者も、そうでなかった者に対しても、等しく絶望を与えた。


 その光景はまさに——地獄だった。


 時折、黒雲の隙間から刺す陽光が照らすのは、崩壊した天蓋都市の数々と、幾つもの亀裂が走る、赤い砂塵の舞う大地。


 天蓋都市と天蓋都市を繋ぐ筒型通路チューブは分断され、かつて栄えていたはずの地下街は黒ずんだ内部を地表に晒している。


 その光景のどこにも、『生』の気配は、どこにもなかった。

 そこにあるのは濃厚な『死』の気配。


 全てが終わった、無の世界。


 惑星ヒューゴは、滅亡していた。

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