EPISODE 07:真実の温度

SCENE 53:黒雲

 医療室にいたタンテとマニは言葉を失い、モニターに映った映像を見つめていた。

 黒々とした雲に覆われ、時折見える隙間から、赤茶色の大地が見え隠れする惑星。


 ヒューゴ宙域に浮上した。

 そのニュースに喜んでいた体勢のまま、2人は医療室のモニターに釘付けになっていた。


「これが……ヒューゴ……?」

「馬鹿な……」


 タンテは信じられない様子で、目を彷徨わせ、首を振った。


 ヒューゴは、青と緑に包まれた豊かな星。

 しかしモニターに映された惑星の姿は——どう見ても——自分達の知る故郷の姿とは、似ても似つかないものだった。



 *



「何だよ、これ……」

「…………」


 内壁の整備点検をしていたモリスとサドランもまた、同じようにモニターに目を奪われていた。


 モニターに映った黒い星が、自分達の故郷だという。


 ——モニターか何かが故障してるんだ。

 ——それか、ここは別の惑星なんだ。


 モリスは自分にそう言い聞かせていたが、モニターに映ったが故郷であることを、本能は強く感じていた。



 *



 艦橋室でも、全員がモニターの映像に釘付けになっていた。

 それはレイストフも例外では無く、今までにない程の驚愕の感情を露わにし、口を半開きにしていた。


 だが、固まっていたのは数秒だった。


「……ルーカス、座標の再確認を急げ」

「……はッ」


 レイストフの声で我に返り、ルーカスが冷や汗を拭って制御盤を動かし始めた。


「クロエは外部カメラの故障を再確認、ティアナは艦内映像を切り替え、状況確認をする旨を生徒達に伝えろ」


 ティアナとクロエはしばらく放心状態であったが、レイストフが指示を繰り返すとようやく動き始めた。


 しかし、残念ながら、カメラの故障などという可能性は、すぐに潰えた。

 ティアナが回したデータからも、外部カメラのどこにも故障は見当たらなかった。


 レイストフがその後の指示を出そうと頭を回していると、早くもルーカスから報告が上がった。


「レイストフ様……」

「どうだ」


 急かすように、レイストフが腰を浮かせて応える。


「星海図との再照合の結果、99%の確率では——故郷ヒューゴと出ました」

「…………」


 ルーカスの回答は、レイストフにとって、マグナヴィアに乗る全生徒達にとって、全く望ましくない答えであった。せめて、別の宙域に出てしまったという方が、救いであった。


「……そうか」


 レイストフは崩れ落ちるように、艦橋席に座り込んだ。


(何が……どうなってる……)


 レイストフは静かに艦長席に座り直すと、口元に手をやり、爪を噛んだ。

 幼少期から変わらない、不安な時のレイストフの癖だ。


 そんなレイストフに追い討ちを描けるように、ダミアンから悲鳴のような報告が続く。


「おかしい……おかしいんだ!」

「……どうしたんだよ」


 ラフィーが表情を沈ませながらも、ダミアンの制御盤を覗き込む。すると、ラフィーも眉根を寄せた。


「通信が……軌道上警察オービットポリスからの通信が返ってこないんだ……それどころか、受信された形跡もない!」


 ダミアンの必死な報告が、レイストフに事態の深刻さを痛感させた。


 ——変貌したヒューゴ。

 ——返信のない軌道上警察オービットポリス


(……情報が足りない……なら……)


 ガジガジと爪を強く噛みながら、レイストフはある決断を下した。

 レイストフはゆらりと立ち上がると、艦橋室のメンバーに向かって宣言した。


「惑星ヒューゴに降下し、事態を直接把握する」


 そんなレイストフの宣言に、艦橋室の面々は面食らった。

 だが固まっていたのは僅かで、すぐに反対の声が上がった。


 真っ先に声を上げたのは、ティアナだった。


「危険ですわ! あの黒雲も——雲の下の状態も分からないのに……」


 そんなティアナの言葉に対するレイストフの返答は端的なものだった。


「だからといって、ここでぼんやりしていて何になる」

「……で、ですが……」


 ヒューゴを黒雲は妨害電波ジャミングに近い電波を発しており、地表の観測は出来ない。

 ティアナは食い下がろうとしたが、レイストフへの理性的な反論ができず、押し黙ってしまった。


 そんなティアナの後を継ぐように、ダミアンが息巻いて疑問を投げる。


「で、でも! 大気圏突入用のプログラムがない!」


 ダミアンが意見を出したのは、ティアナを庇おうという一点に尽きるのだが、現実的な点をよく捉えていた。


 しかし、その点もレイストフは織り込み済みであった。


裏宇宙航行レーンドライブプログラムを流用すれば、降下はできるはずだ——ルーカス」


 レイストフは自身で告げた言葉を確かめるように、ルーカスを見やった。

 ルーカスは頷き、メインモニターにその大気圏突入時の仮想演算シミュレーションを写してみせた。


「はい。船体に重力場フィールドを発生させれば、大気摩擦による影響はほぼゼロに出来ます」


 ルーカスの言葉に伴い、仮想演算の中で簡略化されたマグナヴィアのアイコンがヒューゴへと落ちていく。アイコンの前方には半円状の重力場が表現されている。


「また、マグナヴィアの重力場フィールド出力ならば、進路を強引に突き通すことも可能です」


 マグナヴィアを覆う矢印の数々——大気圏の乱流だろう——よりも大きな矢印がマグナヴィアを守るように飛び出し、マグナヴィアのアイコンは矢印を無視して地表へと向かっていく。


 仮想演算の結果として、マグナヴィアはほぼ問題なく惑星降下できるのは明らかであった。


 深いため息をついて、ラフィーが問いかける。


「……降下出来るとして、どこに降りるつもりなんだ?」


 その問いに、レイストフは用意してあった答えを告げる。


惑星国家同盟軍アライアンス・アーミーのヒューゴ駐留軍基地だ」

「……なるほど」


 ラフィーはその短い問答で察し、考え込むように顎に手をやった。

 理解が追いつかないダミアンが声を上げる。


「な、なんで急に軍基地なんだ? それに、ヒューゴ軍のじゃないのか?」


 惑星国家同盟軍アライアンス・アーミーと、ヒューゴ惑星国家軍ステイツ・アーミーは全く別物である。


 惑星国家同盟に属する各国は軍事力の保有を認められているが、定められた範囲を逸脱できないよう制限されている。惑星国家内の治安維持に必要な、最低限のものだ。


 結果として、軍事基地の規模は小さい。


 対照的に、惑星国家同盟軍の駐留基地は、惑星国家同盟内の維持にはほとんど動かず、その目的を惑星国家外からの勢力の迎撃に充てられている。


 結果として、軍事基地の規模は大きい。


「惑星国家同盟軍の駐留軍基地なら、特別頑強に造られている上、その構造は地下部分を主体に建造されている」


 諭すようなレイストフの口調に苛立ちを感じながらも、ダミアンは結局理解には及ばなかった。


「だ、だから……?」


 今度は、ダミアンの質問にレイストフが怒りを感じる番だった。

 理解していたとしても、言葉に出して気持ちの良いものでは無いからだ。


「——ヒューゴでがあったとしても、残存している可能性が高いということだ」

「…………」


 ダミアンは黙った。

 本当は、レイストフの言う『何か』を聞きたくて仕方がなかった。


 だが、最後の所で本能がそれを差し止めた。

 その『何か』を言葉にしてしまったなら、それが現実になってしまうような予感がしたからだ。


 レイストフは再び静まった艦橋室を見渡し、再び宣言した。


「これより惑星ヒューゴへと降下する。各員、作業を開始しろ」

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