SCENE 55:決断

 黒雲に閉ざされた暗闇の世界を、航宙艦マグナヴィアは悠然と航行している。


 その内に囲う数百人の子供達の絶望など意にも介さず、ただ静かに揺蕩うその姿は、死者の魂を来世へと運ぶ海獣ケートスのようであった。



 *



 モニターに映った映像を見て、艦橋室の生徒達は誰も、一言も発さなかった。

 目の前に映された光景に目を縫いつけられ、縛り付けられたように身体を微動だにしなかった。


 長い長い沈黙の後、ラフィーが最初に口を割った。


「……ありえ……ないだろ……」


 その呟きに、硬直していた他のメンバーが視線を向けた。

 そのことに気づいているかは不明だが、その呟きは誰に向けたものでもないことは明白だった。


「ありえねぇだろ!? 俺達がいなかったのは、たかだか10日くらいだ!」


 ラフィーの憤りのような意見も、至極まともと言えた。

 彼らローバス・イオタの生徒達は、ヒューゴの衛星軌道上に浮かんでいるとはいえ、ヒューゴがこんな有様になっても気づかないほど離れてはいない。


 つまり、ヒューゴに何かあったのは、生徒達が事故に巻き込まれた10日ほど前から先、ということになる。


 モニターの先に広がる光景は、生徒達からすると、そんな短期間でどうにかなるような段階を超えているように見えた。


 だが実際、目の前にはその光景が広がっている。

 その矛盾が、ラフィーの頭を混乱させていた。


「ありえねぇ……たった……10日で……何で……」


 そのまま呟きながら、ラフィーは地面に座り込んでしまった。

 だが、そんなラフィーを気遣う余裕など、他の生徒にあるはずもなかった。


 皆、故郷をヒューゴに持つ者ばかりだ。

 当然、家族もヒューゴにいる。


 家族のいるはずのヒューゴがこんな有様では、生存は絶望的であった。

 今まで理性的に振る舞っていた生徒会のメンバーだったが、今度ばかりは心が折れてしまっていた。


「父上……母上……」


 ダミアンは何度もそう呟きながら、天井を見つめていた。

 クロエは目を見開いたまま、涙を流し続けている。

 ティアナは未だモニターの映像から目を離せないでいる。

 ルーカスですら、信じられないといった顔でモニターを見続けている。


 そんな中で唯一、レイストフだけはまだ思考を諦めていない顔で、一心にモニターを見つめ続けていた。


 そして、何かに気付いたように眉をピクリと動かすと、生徒達に語りかけた。


「……駐留軍基地へ向かう。進路を固定しろ」


 だが、レイストフの言葉に反応する生徒はいなかった。

 レイストフは冷静に言葉を探し、再度言い放った。


「まだ、生きている天蓋都市ドームポリスもあるかもしれない」


 まだ生きているかもしれない。

 その言葉に、硬直していた生徒達が僅かに生気を取り戻した。


「……進路を、ヒューゴ駐留軍基地に向けます」


 ティアナが微かな声でそう呟き、データを回した。

 他の生徒達も、その僅かな希望に縋るように、徐々に作業へ復帰していった。


 降り立った地点から北東へ約2000キロメートルほど進んだ場所に、ヒューゴ駐留軍基地の本部があるはずだった。


 生徒達は静かに作業を進め、マグナヴィアはヒューゴの上空を滑るように進んだ。

 だがそんな僅かな希望でさえ、歩を進めるにつれて潰えていった。


 降下地点から進むこと3時間余り。


 進路上で発見した天蓋都市は28。

 そしてその全てが、最初に見た天蓋都市と同じように崩壊していた。


 跡形も残さず消滅していたものを含めれれば、もっとあったかもしれない。


 確かなのは、マグナヴィアがヒューゴ駐留軍基地に到着した時には既に、ほとんどの生徒達の心は完全に闇に沈んでしまっていた。


 艦橋室の生徒達は、3時間余りの航行の間、一言も発さなかった。

 ただ、無慈悲に映される故郷の変わり果てた姿をまざまざと見せられ、俯くしかなった。


 しかし最後に、微かな希望があった。


惑星国家同盟軍アライアンス・アーミーヒューゴ駐留軍基地——を発見しました」


 ルーカスの言葉に、生徒達が微かに顔を上げた。


 メインモニターの映像に、その光景が映し出される。

 そこに構えていたはずの数々の施設は全て跡形もなく消え去り、大きなクレーターと成り果てていた。


 だが。


「地下に空洞反応……おそらく、地下施設はまだ生きているかと」


 ルーカスは反響計測エコーロケーションによって得られた結果を、淡々と報告した。

 自然、視線はルーカスの報告先、レイストフへと集まった。


 レイストフは目を開き、宣言した。


「——俺が、駐留軍地下基地に行く」





 惑星ヒューゴの滅亡。


 それは、ヒューゴを故郷に持つローバス・イオタの生徒達にとって到底受け入れられないものであった。


 延々と流される外部カメラの映像に——滅びた故郷の姿を見せられて、生徒達の混乱は最高潮に達していた。


 その混乱は、ほとんど暴動に近かった。


「っざっけんな! 適当な映像もん流してんじゃねぇぞ!」

「そうよ! 私、降りるわ……降ろして!」

「なんとか言えよブリッジ!」


 その混乱は船内各所で起きており、中央区画にそのうねりが集結していた。

 その中には、モリスの姿もあった。


 モリスはその混乱の渦から離れ、中央区画壁際にもたれ掛かっていた。

 モリス自身、自分は肝が据わっている方だと自負していたが、それでも今回の映像には応えた。


(あれが……ヒューゴだと……?)


 自分達を育んできた天蓋都市は砕け、陽の光はほとんど差さず、草木は一つもない。

 人の気配が微塵もない、闇に覆われた死の世界。

 あんなものが。


 ローバス・イオタの動力炉が暴走して、20光年も先に飛ばされて。

 やっと帰ってきたと思ったら——故郷が滅亡していた。


 あっていいのか?

 本当に現実か、これは?


 モリスは次々と浮かぶ疑問に翻弄されながら、頭を抱えた。

 他に成す術を知らなかった。


(俺達は……俺は……どうなるんだ)


 モリスの脳裏に、ヒューゴの中でミイラとなって朽ち果てる自分の姿が浮かび、瞬間、モリスは1人でいることが怖くなった。


 左右を見渡す。

 だがそこに、コウイチもサドランも、アイリもマニもタンテもいない。


 コウイチは自室に閉じこもりだ。

 サドランは怯える兄弟達を慰めるため自室にいる。

 アイリは昏睡状態になり、マニとタンテはその付き添いだ。


 眼前では、暴徒一歩手前の生徒達が目を血走らせて叫んでいる。


 モリスは、自分の呼吸が浅くなるのを感じた。

 息がうまく吸えない。視界が暗くなっていくのを感じる。


(なんで、こんなことになったんだ……なんで……)


 モリスが頭を抱えて蹲った時、ガガ、と艦内放送のスピーカーが鳴った。

 続いて、中央区画に付けられた巨大なモニターに、1人の青年の姿が映し出された。


 生徒会長のレイストフ・エルネストである。


 暴徒化目前だった生徒達も、ようやく起こった艦橋室側からのアクションに、動きを止めた。小波のように徐々に静けさが広がり、やがて中央区画に静寂が訪れた。


 それを見計らったように、スピーカーからレイストフの声が流れ始めた。


『諸君は、我々が流した映像について様々な想いを持っているだろう。信じられない。ヒューゴのものではない。フェイクだと』


 生徒達の心の中を代弁し、レイストフが穏やかな口調で言葉を重ねる。

 しかし、言い切るように告げた。


『——だが、あの光景は全て事実だ。映像がフェイクということも、この惑星がヒューゴでないということもない』


 生徒達の間に、再度大きなどよめきが広がる。

 最後に、レイストフは決定的な言葉を告げた。


『我々の故郷であるヒューゴは——滅亡か、それに近い状態にあるのだ』


 レイストフの言葉に、生徒達のどよめきが最高潮に達した。中からは悲鳴のようなものさえ聞こえてくる。


 力無く項垂れて、座り込む生徒も多い。

 皆、頭の中では分かっていたのだ。この10日間余り、マグナヴィアを操艦してきたブリッジが、無意味にフェイク映像など流したりするはずないと。


 だが、認めるには余りにも過酷な現実だったのだ。


『——我々生徒会は、この事態を正確に把握するため、惑星国家同盟軍アライアンス・アーミー、ヒューゴ駐留軍地下基地へと潜入する』


 軍基地への潜入。

 突如告げられたその言葉に、生徒達は驚きを隠せなかった。

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