SCENE 51:宣告

(なんで、俺は……)


 コウイチは通路を歩きながら、ひたすらに自問していた。

 パーティの最中、フォードに誘われるがまま、拡張人型骨格での決闘に臨んだ。


 フォードへの怒りも、感じていた屈辱も、確かに自分のものだという確信がある。


 だが、あの時——インセクトの襲撃を受けて、拡張人型骨格オーグメント・フレームに乗ってからというものの、自分の中でが変わってしまった感覚があった。


 自分が自分でないような——自分を、無理矢理いるような感覚。


(俺は……)


 ——『自分が自分でない』。

 罪の意識から逃れたい一心からそんな結論に辿り着いたことに、コウイチは心底自分が嫌になった。


 脳裏に焼き付いた、アイリの声。

 機体を砕いた時の、手の感覚。

 一瞬、機体を通して聞こえた、アイリの——。


(もう、いい……もう、嫌だ……)


 気がつくと、コウイチは居住区の自室付近に来ていた。

 あてもなく歩いている内に、自室の方へ向かっていたらしい。


「…………」


 もう、何も考えたくなかったコウイチは、亡霊のように足を自室に向かわせた。

 だが、その側の曲がり角から、一人の人物が姿を現した。


 レイストフだった。


「…………」

「…………」


 二人は互いに認識しながら、言葉をかけることもなく近づいていく。

 コウイチは通路の右側、レイストフは左側を歩いていく。


 そして二人が交錯し、すれ違ったその瞬間、レイストフが静かに呟いた。


「——満足か?」

「——ッ!」


 コウイチは振り返り、衝動的にレイストフの胸倉を掴み上げた。

 だが、レイストフは全く動じず、冷たい目をコウイチに向けるだけだった。


「お前……は……ッ」


 やがてコウイチは自分に怒る権利などないことを悟り、静かに手を離した。

 そのまま俯いたコウイチに、レイストフは冷たく言葉を吐きかけた。


「もう、何もするな」


 レイストフはそれだけ言うと再び歩き始めた。

 やがて足音が聞こえなくなり、姿が見えなくなるまで、コウイチはそこに立ち尽くしていた。


 やがてゆっくりと動き出したコウイチを自室の前で迎えたのは、またも別の人物だった。


「お前……」

「…………」


 シーラだった。

 その水晶のような瞳は、自分の幼稚な感情や拭えない罪の意識を自覚させられるようで、直視できなかった。


「…………」


 何の用だよ。

 そう問おうとして、コウイチはその気力を失った。


 シーラの瞳が何を伝えたいのかは理解していたが、もうそんなことはどうでも良かった。


 コウイチはシーラの脇を通り過ぎ、自室へと入った。

 扉が閉まり、部屋は暗闇に包まれた。



 *



「…………」


 シーラは、閉じられた扉を見た。

 正確には、扉の向こうにいるであろう少年を見つめていた。


 シーラの胸に雪崩れ込んできた激しい『痛み』。

 それが、コウイチ少年のものであることが、シーラにはわかった。


『痛い』ことは『悲しい』こと。

『悲しい』ことは『寂しい』こと。

『寂しい』ことは『苦しい』こと。


 そして、『1人』では、『寂しい』まま。


 その方程式は、感情を多く知らないシーラにとって、唯一とも言える情報だった。

 意識のあるまま、地下の施設に繋がれていたシーラにとって、それだけが自信が確かに知っている感情だった。


 シーラは、少年を『寂しい』ままにはしてはいけないと思った。

 そして——シーラは自覚していなかったが——アイリに糾弾されてから、自身も『寂しさ』を感じていた。


 シーラにとって、『寂しさ』はあの暗い地下での日々を思い出させるものであり、漠然とした不安を感じさせた。


 結果、シーラは無意識にコウイチの元へと訪れたのだが、2人は扉で断絶されてしまった。


 しばらくして、シーラは異音を耳にした。

 その音は、扉の奥から聞こえてきた。


 シーラは自身の持つ知識とすり合わせ、それが『人の啜り泣く音』であることを理解した。


「…………」


 扉越しに聞こえてくる、押し殺したような、くぐもった泣き声は、シーラに原始的な反応を取らせた。


 知識によっての行動ではない。

 シーラは無意識に扉に手を添えていた。


 だが、そこから先にどうすればいいのか、シーラには分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る