EPISODE 05:宇宙の裏側

SCENE 37:夢中

 カナベラル・コロニー。

 ルイテン星系第三惑星ヒューゴ、北西大陸の天蓋都市ドーム・ポリス


 自然豊かな環境を再現した街並みが特徴で、富裕層が好んで移住したため、街自体の経済力は安定し、穏やかな時間が流れる街であった。


 そんなカナベラルの街に三つの小さな人影があった。

 住宅街から少し離れた小高い丘のある草原で、人工照明が照らす中、10歳ほどの子供達が草原を駆けている


 黒髪の元気一杯そうな少年が、後ろを駆ける二つの影に向けて声を上げる。


「——二人とも、遅いぞ!」


 二番目を走っていた、利発そうな栗色の髪の少女が負けじと声を張り上げる。


「うるさい!」


 三番目を走っていた気弱そうな金髪の少年が息を切らして呟く。


「待って……二人とも……はや……いよ……」


 そんな二人の言い分には耳も貸さず、黒髪の少年は再び前へと向き直り、スピードを上げた。


 ぐんぐんと周りの景色が後ろへと流れていき、肺の中でぐるぐると空気が踊る。

 頬を撫でる風の感覚が心地よい。


 振り上げる腿や足裏の痛みや悲鳴を感じながらも、自分ならやれる、という絶対の自信がそれを忘れさせる。


 気がつくと、少年の目の前にはゴールと定めた丘の大木があった。

 駆ける勢いのままバシンと大木を叩くと、全身で息をしながら後ろを振り返った。


 見れば、二人はまだ丘の途中を登っている最中であった。

 堂々と勝利宣言をする。


「——俺の勝ち!」


 満面の笑みでそう告げる少年の横をすり抜け、栗色の少女が大木に触れた。

 息を切らしながら、少年を睨め付ける。


「無効よ……コウイチ……フライング……したでしょ」


 しかし少年——コウイチはふんと口の端を吊り上げ、一蹴した。


「誰もヨーイドンで、なんて言ってないだろ」


 馬鹿、というわかりやすい罵倒の単語に、少女——アイリの眉が吊り上がる。


「あんたね……」

「なんだよ」


 二人は向かい合い、フライングよ、そんなルールはない、と不毛な言い争いを開始した。数秒後、そんな二人の横を金髪の少年がすり抜け、大木にもたれかかるようにゴールした。


 そのままパタンと根元に倒れ込んだ金髪の少年を見て、言い争っていた二人が呆れたようにため息を吐いた。


「レイは体力なさすぎね」

「男のくせに、アイリに負けんなよな」


 二人のそんな言葉に眉を下げながら、倒れた少年——レイストフが息を切らしながら呟く。


「そんな……こと……言われても……」


 コウイチとアイリがそれぞれ発破をかける。


「気合いだよ気合い。根性不足だ」

「日々の積み重ねよ。部屋で本ばかり読んでるからだわ」

「そんなぁ……」


 レイストフが泣きそうな声を出し、コウイチとアイリが笑う。


 それは、幸せな光景だった。

 確かにあった、幸福な日々。


 だが。


(……——ッ!)


 気がつくと、そこはカナベラル・コロニーではなかった。


 底なしのように広がる黒い闇の空間に、一人でいた。

 アイリもレイストフもいない。


 体は言うことを聞かず、ゆっくりと闇の中へと沈んでいく。

 コウイチは闇を怖いと感じていたが、同時に安心も感じていた。


 あの先に行けば、かもしれない。


 脳裏に浮かんだその直感に従い、闇の中へと沈んでいく。

 どんどん沈んでいき、最も昏い部分に足がついた時——突如闇から手が伸びた。


 その手は、2本あった。

 その2本は、見覚えのある腕だった。


 それぞれの右腕。

 繋ぎ慣れた、わずかに皺のある綺麗な手と、力強い手。


 2本の腕はコウイチの足をガシリと掴んだ。

 本能的な恐怖を感じつつも、コウイチはそれを受け入れた。


 そして途中で腕がもう一本伸びていることに気づいた。

 最後の一本の腕は——赤ん坊の腕だった。


 驚きと恐怖がコウイチを支配したが、すぐに別の感情が湧き出る。


(——ごめん……ごめん……)


 後悔と懺悔の念。

 その二つの重りに引き摺られ、コウイチの身体が闇の中へと消えていく。


 腰まで浸かり、胸元まで浸かり、やがて首元まで沈んだ時——誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。


 ある匂いが鼻口をくすぐる。

 懐かしくて、安心する匂い。


 コウイチは呼び声に応えようと、手を上に伸ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る