SCENE 28:幻視

 マグナヴィアの中央区画の食堂は、作業を終えたばかりの生徒達によって、暴力的なまでの混雑を見せていた。


「——A定食、12人前!大至急!」

「さっきのお膳、もう出た!?」

「ちょっと! 全然来ないんだけど!」

「ねぇ! だからさっきの——」


 食堂がごった返した原因は二つ。


 一つは、予定よりも全体の作業が早く終了したことによる、生徒の集中だ。


 もう一つは、自動配給システムの不具合だ。


 本来なら食事は、全自動で調理、製造、配膳されるシステムになっている。だが、長期間放置されていた弊害か、うまく調理システムが働かなかったのだ。


 その不具合ももう少し時間があれば解決できそうだったが、作業終了が早まったために間に合わず、暴徒と化した腹ペコ生徒達が押し寄せてしまったのだ。


 そのため手動の料理器具を使い、船務科の生徒達総出で大量調理を行っているのだ。


 その様相はまさに、戦場であった。


「……もうムリ……死ぬ」


 大量の皿を運び終えたのタンテが、床に倒れながら呟いた。


「死んでいる余裕はないぞ。まだ配食の半分も行ってないんだからな」

「そうよタンテ。もう少し頑張りなさい」


 マニは巨大なフライパンを器用に両手で振りながら、アイリは滝のように吐き出され続ける注文伝票を捌きながら呟いた。


「……あの子——シーラちゃんだっけ——に代わってもらう!」


 タンテが芋虫のような姿のまま、胡乱げにそう呟いた。

 その視線の先には、厨房の奥でぼんやりと宙を眺めているシーラがいた。


 食堂に座らせたままだともみくちゃにされるだろうと思い、厨房に避難させたのだ。


「あの子には無理よ……多分」


 アイリはシーラが配膳を行う姿を想像した。

 お膳や料理が飛び散る大惨事の未来しか見えなかった。


「いーや、成せばなる! エコひいき禁止!」

「いいから、さっさと運べ」


 ブーブーと文句を垂れるタンテを踏んづけ、マニが言い放つ。


「そうよ。言ってる暇があるなら手を……」


 そう言い、アイリが何となしにシーラの方へと視線を移し——異変に気づいた。


 シーラが立ち上がっていたのだ。


 こちらから手を引かないと、ほとんど身動きひとつ取らない子が、どこかの方角を見つめ、立っているのだ。


「シーラ……?」

「…………」


 アイリは厨房の喧騒の中、シーラを呼んだ。

 しかし、シーラに反応はない。


(……何?)


 明らかに様子が変だ。

 アイリがシーラの元へ行こうとした時、シーラは突然歩き出した。


「ちょ、ちょっと!」


 その動きは初め、生まれたれの子鹿のような辿々しいものだったが、すぐに安定感のある素早い動きへと代わった。


 シーラは風のような速度で厨房の出口へと向かうと、躊躇いなく厨房の外、船内通路へと飛び出していった。


 突然の事態にアイリはあっけに取られていたが、やがて我に帰った。


「えーっと……えーっと……もう!」


 混乱する頭を無理やり整理すると、倒れ伏したタンテに伝票の束を押し付け、厨房の出口へと向かった。


「——ごめん!ちょっとお願い!」

「ちょ、えええッ!?」


 絶望するタンテの声を背中に受けながら、アイリはシーラの後を追った。



 *



 マグナヴィア後部区画、第三格納庫。


「なんだ……これ……」

「……こんなの……あるの……?」


 そこに立ち並んだ巨大人型ロボットを見て、モリスとサドランは呆気に取られていた。


 ぱっと見『背中に羽根を生やした骸骨』といった具合だ。


 塗装などは一切されていない金属そのままの鈍い銀色に、骸骨を彷彿とさせる細い体躯。背中から生えた四枚の金属羽根。


 胸部に当たる位置に不自然な膨らみがある。


 『航宙艦に全長10メートルの人型ロボ』


 学園にいた頃にそれだけ聞いたのなら、大爆笑間違い無しの文章だ。


 宇宙の時代に生きる若者たちが最初に教わるのが『人は宇宙で生きられない』点——そして、『人型』というのが宇宙において無力であることを学ぶためだ。


 だが、マグナヴィアという巨大航宙艦の中という特殊な状況に加えて、目の前のロボット達の放つ一種の圧迫感プレッシャーが、二人を真剣にさせていた。


 そんな二人の困惑とは別方向に、コウイチは混乱の中にいた。


……俺はこれを、……?)


 兵器名称は、拡張人型骨格オーグメント・フレーム


 重力波受信機ウェーブアンテナ

 重力波給電機構ウェーブサプライシステム

 重力場発生装置フィールドジェレーター

 重力波駆動機構ウェーブドライブシステム

 感覚拡張操縦機構オーグメントマニューバシステム

 頭頂高10.07メートル。

 型式——AF-P3-スティクス。


 そんな情報が頭の中に当然の如く存在することに、コウイチはひどく狼狽した。


 昨日の晩飯を思い出すかのような気軽さで、次々とこの兵器に関する情報が飛び出してくる。


(何だ……何なんだ……これは……)


 異変は、それだけで終わらなかった。

 うっすらと浮かんでいた右手の紋章が突然、強く輝いたのだ。


「——ッ」


 直後、コウイチは強烈な目眩に見舞われた。


 世界が前後左右に揺れるような酩酊感に、遠くから響く不協和音が包み、コウイチの脳裏にあるイメージが浮かび上がった。



 *



 宇宙に見覚えのある物体が浮かんでいる。


 円筒状の上半分はちぎれ飛び、その下層には巨大な航宙艦が取り付いている。


 マグナヴィアだ。

 今の自分達の生命線、最後の拠り所。


 そんなマグナヴィアに突然、閃光が走った。


 直後、マグナヴィアの外装が爆発し、その巨体を僅かに揺らした。


 爆発したのは外装だけの様だが、爆発した箇所は煌々と白く溶け落ちている。


 そして爆発は、一度では終わらなかった。


 幾度も閃光が走り、マグナヴィアが揺れる。


 光線の出所を辿るが、その正体は宇宙の暗闇に包まれて見えない。

 

 しかし、赤い光の点がゆらゆらと動いたかと思うと、一気に加速して赤い線となり——



 *



「——うあッ!」


 コウイチは我に帰った。

 びっしょりと汗を掻き、心臓はバクバクと波打っていた。


 そこはもう宇宙ではなく、見覚えのある空間だった。


 拡張人型骨格の立ち並ぶ格納庫だ。


 いつの間にか膝をついていたらしいコウイチは、床に落ちた自分の影を見つめていた。


(今のは……)


 コウイチが突然の出来事に呆然としていると、頭上から声がした。


「……大丈夫か?」


 モリスが心配そうな顔で覗き込んでいた。


 周りを見れば、サドラン、エイト、ノイン、ラッキーも心配そうな顔でコウイチを見ている。


「……ああ」


 張り付くような嫌な汗をぬぐいながら、コウイチが立ち上がり、ふらついたコウイチの体を、がっしりとサドランが支えた。


「大丈夫? 顔色が……」

「ああ。マジでわりーぜ。医務室行くか?」

「…………」


 コウイチは言いたいことはあったが、説明する気力がなかった。


 頭が割れるように痛い。


 だが、休みたいと思う反面、身体を突き動かすような焦燥感が——強烈なが、コウイチを包んでいた。


(ダメだ……このままじゃ……)


 脳裏に浮かんだ宇宙の景色。

 爆発するマグナヴィア。

 迫る正体不明の赤い光。


 白昼夢にしては、やけにクッキリしていた。

 まるで——。


(現実、みたいな——)


 コウイチがサドラン達に連れられ、上のタラップへ向かおうとした時、扉が開いだかと思うと、二人分の足音が聞こえてきた。


 第三格納庫に入ってきたのは、シーラとアイリだった。走るシーラを、アイリが追いかける形だ。


「ちょっと! 待ちなさいって!」

「…………」


 勢いそのまま、シーラはタラップからの階段を駆け降りると、コウイチとモリスの前で止まった。


 シーラはここまで走ってきただろうに、ほとんど息を切らしておらず、汗もかいていないようだった。


 そして少し遅れて、アイリが到着した。


「ちょ、待……コウイチに……皆……ってかなに……コレ」


 アイリはシーラの肩を掴み、コウイチ、モリス、サドラン、子供達、そして拡張人型骨格の順に反応を示した。


 かなり本気で走ってきたらしく、アイリは肩で息をしていた。


 アイリの質問には答えず、コウイチはシーラを見た。


 半日ぶりぐらいに見るが、その無表情ぶりにはまるで変化がない——そう思いかけ、コウイチは違和感に気づいた。シーラの瞳に、何かを訴える意志のようなものを感じたのだ。


「……何か、あるのか?」

「…………」


 それからたっぷり数秒後、コウイチは通算2度目となるシーラの声を聞いた。



 シーラがそう告げた直後——轟音と衝撃が、マグナヴィアを包んだ。

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