SCENE 43:前日

 翌朝。

 中央区画にやってきたアイリは信じられないものを見る目で呟いた。


 「うそぉ……」


 アイリの眼前には、100人以上もの生徒達の手により設営されていく、パーティ会場の光景だった。


 何かの柱のようなものを載せ、あたりを行き交う小型の運搬車ビークル

 食事を乗せるのであろう、大きなテーブルに被せられていく白布クロス

 バタバタと足音を響かせながら、何かの衣装を運んでいく生徒の一団。


(……まさかとは思うけど、これ……)


 アイリがその光景をぼーっと見つめていると、背中に聞き慣れた声がかかった。


「——どう、びっくりした?」


 後ろから現れたタンテは得意気な顔で腕を組み、ふんぞり返っていた。

 その腕には、『実行委員長』と書かれた腕章が付けられている。


「タンテ……これ、どーなってんの?」


 アイリの惚けた顔が余程痛快だったのか、口の端を最大限まで上げると、ふふん、と鼻を鳴らした。


「どーもこーも、こういうことよ!」


 タンテが三つ葉葵の紋所よろしく、どどん、と突き出したのは分厚い書類だった。

 アイリがその書類に書かれた題名タイトルを読み上げる。


「……『マグナヴィア・パーティ開催に向けての作業計画書』——って、えええッ!?」


 その反応はタンテの望むものだったらしく、タンテは大いに機嫌良く頷いた。


「そんのとぉーり!! 私の送った企画書が爆速で認可されたのさ! うははははッ!」

「ええ……」


 何やら口調が可笑しいタンテの目元は、くっきりとした隈で覆われていた。

 どうやら、アイリが寝た後に徹夜で企画書を書いていたらしい。


 アイリがその熱量に軽く引いていると、タンテの個人端末パーソルがピピ、と通知音を鳴らした。電話だったらしく、奥から男子生徒の声が聞こえてきた。


 何やら準備の工程に使う資材の件で揉めている様だったが、タンテが二言、三言告げると納得したようで、通話が終了した。


 アイリは先ほどまでの驚きも忘れて、タンテの生き生きとした顔を見て、自然と笑みを漏らしていた。


「……大変、みたいね」

「まぁね。でも——」


 タンテが苦笑いを浮かべながら言葉を紡ごうとして——再び個人端末が鳴った。

 今度は2件同時らしく、個人端末から擬似展開映像ホロスクリーンが伸びる。


 タンテは、慌ただしく2件分の電話に応えていたかと思うと、素っ頓狂な声を上げ、何処かへと走り去っていった。


 どうやら、問題発生らしい。


「それにしても……」


 アイリがタンテの背中からパーティ会場へと視線を移し、ポツリと呟いた。

 先ほどのタンテの電話から察するに、会場以外にも色々と動いているのだろう。


 もしかすると、マグナヴィアにいるほとんどの生徒が、パーティ準備に関わっているのではないだろうか。


 そんな感慨深い感想を聞いていたのか、今度は横から声がかかった。

 長身の褐色肌の黒髪少女、マニだ。


「まぁ……みんな鬱憤が溜まってた、ってことだろうね」


 マニも既に仕事を割り振られているのか、布の塊と思しきものが入った段ボールを両手に抱えていた。


「……そう……そうよね……」


 鬱憤が溜まっていた。

 それも当然の話だろう。


 数日前、ローバス・イオタに異変が起きてから、休まる時がなかったのだ。

 あと数日すれば故郷に帰れると知り気が緩んだとしても、誰が責められるだろうか。


(でも……)


(——レイがこんな企画を通すなんて……)


 アイリの知るレイストフは——生徒自治会長としてのレイストフは、こういう刹那的な行為を許すとは思えなかった。


 有機循環炉オーガニック・サイクラーがあるとはいえ、食糧や資源が貴重であることには違いないのだ。


 だが、現にタンテの企画は通った。

 レイストフも生徒達の鬱憤晴らしの一環として許可した、それだけのことだ。


 そう思いつつも、アイリは違和感を拭えずにいた。


 考え込んでいると、マニが肩をすくめて呟く。


「——まぁ実際、基幹業務に携わる人員を除いて、パーティ準備に参加していいってお達しが、生徒自治会から出てる見たいよ」

「……そう」


 浮かない様子のアイリを元気づけるように、マニが背中を叩く。


「さ、アイリも手伝ってくれよ。何せ、準備期間は今日しかないんだから」

「……え?」


 固まったアイリに、マニが不思議そうに首を傾げる。


「そりゃ、そうだろ。明後日には裏宇宙浮上レーンアウトするんだから。流石にその時までドンチャンしてる訳には行かないだろ?」

「……私、やっぱり部屋で寝て——」


 逃げようとしたアイリは、首根っこをマニに掴まれ、連行されていった。



 *



「——衣装合わせ、終わったのか?」

「待てよ。今生徒情報を送るから——」

「あの、中央ステージの資材に関してなんですが——」


 マグナヴィア艦橋室には、生徒会の面々だけでなく、マグナヴィア・パーティの実行委員に立候補した生徒達もが艦橋室にひしめいていた。


 船内各所に素早く、かつ確実に指示を出すことができる艦橋室の設備は、パーティの指揮所としても優秀であった。


 結果、艦橋室はすっかり、マグナヴィア・パーティの浮ついた空気が流れていた。

 そんな様子に、ティアナがレイストフに苦言を呈する。


「本当に、良かったんですの? こんな企画を通して……」


 レイストフは淡々と指を動かしながら返答する。


裏宇宙浮上レーンアウト時のプログラムは既に完成し、仮想演算シミュレーションの結果も良好だ。問題はない」

「ですが……」


 食い下がろうとするティアナに、ラフィーが野次をかける。


「——副会長、暇なんだったら手伝ってくれよ!」


 ブリッジは作業全体の統括として、作業チーム各所から上がる物資の調達や人的資源の割り振りなどの一次受けを行っているため、ひっきりなしにメッセージや電話が鳴っていた。


 クロエやダミアンも電話対応に追われ、二人とも泣きそうである。

 そんな様子を見て、ティアナが気を緩めた様子を見逃さず、レイストフが背中を押す。


「だ、そうだ。君も働きたまえ」

「……分かりました」


 ティアナはレイストフの淡白な対応に不満を感じながらも、諦めてクロエ達の方へ歩いていった。


 丁度、ティアナに入れ替わり、ルーカスがレイストフの元へと現れた。

 端末を眺めるルーカスに、レイストフが問いかける。


「進捗はどうだ」

「——はい。現在の進捗度は60%ほどです。このままいけば、7時間後には全ての工程を終了、開会式も間に合いそうです」


 ルーカスは、マグナヴィア・パーティの準備の進捗度合を報告した。

 そのことにレイストフは、少なくない驚きを感じていた。


 より具体的には、ルーカスがレイストフの質問の意図を読み違えたこと、そして多分、ルーカスも浮かれているのだろうということに驚いていた。


「……じゃない」


 レイストフの言葉と半笑いの表情を見て、ようやくルーカスは自身のに気付き、咳払いをした。


「——失礼しました。は、約75%です」

「……そうか」


 ルーカスの端末には、火器管制機構ファイアコントロールシステムの進捗が表示されていた。


 既にハードたる武装火器の取り付けは完了したため、後はソフトであるプログラムを完成させるのみだ。しかし、原型となるプログラムが存在しないため、操船プログラムとは違い骨のいる作業となる。


解析アナライズ組立プログラミングの成績上位者を呼びますか」


 レイストフの表情を見て、ルーカスがそう提案する。


「……いや。後は俺がやる」

「承知しました」


 ルーカスは頷くと、スタスタと自席へと戻っていった。

 

「…………」


 レイストフは周囲に誰もいないのを確認すると、制御盤を立ち上げた。

 そこには、先日の会議で表示した拡張人型骨格のデータが表示されていた。


 拡張人型骨格に搭乗後のコウイチの身体データだ。

 コウイチの脳の各所に損傷があるという証拠——拡張人型骨格が危険なマシンである証左——そのはずだった。


 しかし、レイストフが鍵盤キーを一つ叩くと、、本当のデータが現れた。


 コウイチの脳に損傷など、どこにも無かった。

 どころか、コウイチの身体は以前の学園時のデータより、見違えるようにされていた。


 筋肉量が増えて脂肪が減り、されたような肉体。

 脳の反応速度は異常なほどに早い。


「…………」


 レイストフは複雑な顔でそのデータを見ていたが、やがて『完全消去』の操作を実行した。


 消去が完了するのを確認すると、レイストフは火器管制機構ファイアコントロールシステムのプログラムを組み立て始めた。


(お前はよくやったよ……コウイチ)


 レイストフは自身の行動を裏付けるように、心の中で呟く。


(だけどお前が英雄じゃ、だめなんだよ……俺はもう、お前の後ろには……つかない)


 レイストフの心の中で渦巻く嫉妬と欲の奔流を知る者は、その場にはいなかった。



 *


 

 娯楽施設リラクゼーションエリアの酒場で、荒んだ怒声が響いた。


「——くそッ!」


 壁に叩きつけられたプラスチックのカップが、カラコロカラコロと情けない音を立てた。


 投げつけたのは、フォードだ。

 アルコールに染まった僅かに赤い顔で、足を乱雑にテーブルの上に載せている。


 脇のテーブルに座るヒューイとラッセルが、その様子を気だるげに見つめている。


「どうしたってんだよ、この間からさぁ〜」

「そーそー。もうすぐ帰れんだからさぁ……」


 2人の顔もフォードと同じくアルコールに染まっており、特にチビのラッセルの方は顔が完熟した梅のように赤い。


 小分2人の声にも耳を貸さず、フォードは酒の入ったボトルを一気に煽る。

 充血した目は、部屋の右上に設置されたディスプレイに注がれていた。


 流れているのは、先日の危機を救った拡張人型骨格オーグメントフレームの戦闘映像だった。荒い画像の中で、拡張人型骨格が飛び回り、ばったばったとインセクトを倒していく。


(クソが……!)


 フォードは我慢ならなかった。


 普段からいびっていたあのヤマセチビが、『英雄』として扱われていることに。

 ——あの時、マグナヴィアの中にいた自分も、ことになってしまうことに。


(俺は認めねぇ……あんな奴……)


 黒い執念を燃やすフォードの視界、映るモニターがパッと切り替わった。

 艦橋室からの強制チャンネル変更だ。


「ああ?」

「何だよ〜、勝手によぉ〜」


 小分2人が赤ら顔でブーブーと文句を垂れる。

 そんなモニターにひょっこりと映ったのは、タンテだった。


『マグナヴィアの皆様、こんにちは! 実行委員長のタンテ・クラッチです! 明日開催のマグナヴィア・パーティのスケジュールが決定しましたので、お知らせします! 開会式の時間は——』


 タンテの元気溌剌な告知に、ヒューイとラッセルが唾を吐く。


「ケッ。なーにがパーティだっての!」

「そ〜だ……まったく……そ〜だ……」


(……パーティ、ね)


 愚痴を垂れる2人を横に、フォードは獲物の住処を見つけたハンターのような、獰猛な笑みを浮かべた。

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