EPISODE 06:嵐の祭日
SCENE 44:開会
照明の落ちた中央区画の広場。
明かりはほとんどないが、そこかしこから人の気配とざわめきが聞こえてくる。
何かを待っているらしく、ざわめきの大きさが波のように行き来する。
そのざわめきが一際大きくなった時、バシン、と強烈な光が降り、暗闇から声が上がった。
光が照らしたのは、広場の前方中央に設けられた特設ステージ。
立っているのは、タンテ・クラッチと生徒自治会の面々だった。
『——マグナヴィアの皆様、こんにちは。
タンテの言葉は普段の様子とは異なり、とても理性的だった。
暗闇に潜んだ群衆も、タンテの言葉に静かに耳を傾けている。
『——ローバス・イオタで学生をしていたはずの私達が、何の因果か、航宙艦に乗って旅することになってしまい、10日間余り。辛いことも、大変なこともあったと思います』
タンテは静かに目を伏せ、祈った。
ローバス・イオタで亡くなった教官達、そして助からなかったであろう
『——ですが、私達は頑張りました。30時間後にはヒューゴ上空に浮上し、こんな日々も終わります。……だから、私はこの会を企画しました。そうつまり、何が言いたいかと言いますと——』
タンテは言葉を切り、何かをため込むように拳をぎゅうと握り、勢いよく天に突き上げた。
『——思いっきり、遊ぶぞーーッ!!』
「「うおおおおおおおおおおッ!!」」
タンテの叫びに、暗闇の生徒達が歓声で答えた。
その叫びはとても力強く、生徒達がこの漂流生活でいかに抑圧されていたかが伺えた。
『……で、では最後に会長から』
半ば恍惚とした表情のタンテはニヤついた笑みを抑えながら、レイストフへ音響機を渡した。
未だ興奮冷めやらぬ様子の生徒達を見て、レイストフは苦笑を浮かべながら告げた。
『まあ、私から言えることはあまりない。皆、良識の範囲で楽しんでほしい。以上だ』
そう短く告げると、レイストフは音響機をタンテに返し、特設ステージの脇へとずれた。
音響機を受け取ったタンテは、満を辞して叫んだ。
『——ここに、マグナヴィア・パーティの開幕を宣言します!!』
再び歓声に沸いた群衆を、色とりどりの照明と、アップテンポな音楽が包んだ。
*
マグナヴィア・パーティの開幕から十数分。
メイン会場である広場のボルテージは高めで維持されており、生徒達の笑い声や話し声で満ちていた。
アイリはそんな広場の隅っこを陣取るようにして、友人の到着を待っていた。
栗色の髪を手持ち無沙汰にくるくると回しながら待つこと数分。
長身の黒髪少女、マニが二つのグラスを持ってアイリの元へとやってきた。
アイリがマニを迎えるように手を伸ばす。
「——ごめんね。ありがとう」
マニが軽く首を振りながらグラスを手渡す。
「私から言ったことだよ。それにあれじゃ、二人なんか無理さ」
「……そうね」
マニの視線の先は、食事皿の乗った大テーブルがビュッフェ形式に並べられた区画があった。しかし、そこは数百人の生徒達が押し寄せて出来た人の渦が形成されていた。
端的に言って地獄である。
恐らく、パーティ開始からしばらく時間が経てば落ち着くとは思うのだが、あれでは怪我人が出るのではないだろうか。
そんなことを思いながら、アイリはマニとグラスを軽くぶつけ、喉に流し込んだ。
グラスの中はノンアルコールのスパークリングワイン——つまり、ジュースだ。
一部の生徒達から強い反対があったようだが、生徒自治会が頑として譲らなかったという。当然の判断だとアイリは思う。
(……なんで、こんな気持ちなのかしら)
アイリは、いまいちこのパーティの雰囲気に乗り切れずにいた。
勿論、パーティの趣旨や現状を把握してはいるのだが、手放しで喜べないのだ。
心の奥に、根拠のない不安のようなものが巣食っており、それが無心で喜ぶことを許さない。
(皆は、どうなんだろう)
アイリは、広場ではしゃぐ生徒達を見た。
一見、何もかも全てが上手く行くことを信じて疑わない、無垢な生徒達に見える。
だが、本当は違うのではないだろうか。
アイリと同じように抱える不安を誤魔化すために、あんな風にはしゃいでいるのかもしれない。
そうだとしたら、彼らは能天気なのではなく、むしろ生物的にはアイリよりも賢く不安を処理していると言える。
今ここでどんなに悩もうと、その性質故に、根拠のない不安は消えることはないのだから。
「…………」
そんなことを考えていたからだろうか。
アイリは後ろから忍び寄る影に気付くことが出来なかった。
「どっかーん!」
「きゃッ」
「うぉッ」
首元にどすんとした衝撃と、聞き慣れた声。
グラスの中身がこぼれないよう、アイリとマニが器用にバランスを取る。
液体がギリギリのところで床に撒かれなかったことを確認すると、アイリは非難の声をかけた。
「……ちょっと」
「なははは! 楽しんどるかね、お二人さん?」
そう言いつつ、サムズアップしたのは、マグナヴィア・パーティ実行委員長こと、タンテだった。
タンテが二人の首に手を回しているのだが、アイリとマニよりも一回り身長の低いので、半ばぶら下がるようになっている。
「重いんだけど……」
「太ったか? タンテ」
「失敬な!」
眉を吊り上げたタンテが二人から手を離す。
別に太ってないし、むしろ最近痩せたし、とぼやいているタンテに、アイリがため息混じりに呟いた。
「アンタね、実行委員長がこんな所で遊んでていいの?」
「そうだ。何かと仕事があるんじゃないのか」
マニも鷹揚に頷き、タンテを見やる。
しかし、そんな二人の言葉にもタンテは動じず、やれやれと肩をすくめた。
「全く。私は麗しき女の友情に基づき、いち早くこの企画を伝えてやろうと思ったのになぁ」
「……で、その企画って何よ?」
その思わせぶりな仕草に苛立ちを感じながらも、アイリが続きを促す。
お手本通りのアイリの返答にタンテがニヤリと笑い、答えを告げた。
「ダンスパーティ?」」
アイリとマニが、揃って声を上げた。
その二人のリアクションはタンテの望むものだったらしく、気分良さげにタンテが頷いた。
「そ、飛び入りで企画申請があったの」
タンテの得意げな顔を見て、アイリは別方向の不安を感じた。
「飛び入りって……間に合うの?」
ダンス・パーティにはドレスやスーツもいれば、楽曲の選定やタイムスケジュールの変更なんかも必要だろう。いくら強行軍のパーティと言っても、スケジュールが滅茶苦茶になっては台無しだろう。
そんな危惧から出た言葉だったが、タンテは余裕綽々に告げる。
「元々、貸し出し用でいくつか作る予定だったから、
「あ、そ……」
アイリは元気100%といった具合のタンテを見て、理解した。
タンテとしては、当日に飛び入り企画が入るくらい盛り上がったのが嬉しくてたまらないのだろう。そのことを自慢しにきた訳だ。
「『気になるアイツに、気になるあの子に何も言えてない、そこの君! ダンスパーティで一気に距離を縮めちゃおう!』——こんな文句で、どうよ?」
タンテは楽しさを抑えきれない、といった具合で二人に指をさす。
「いいんじゃないか?」
マニは慣れた様子でそうあしらい、その目は会場に設置されたスクリーンを見ている。
「……いいんじゃない。別に」
アイリもマニに倣ってそう告げると、タンテは、だよね! と嬉しそうに告げると、どこかへと走り出そうとして——ぴたりと途中で足を止めた。
くるりと向き直ると、タンテはアイリの方を向きながら告げた。
「あ、そうそう」
「……?」
アイリは嫌な予感を感じながら、言葉の続きを待った。
そして予感は正しく、タンテは告げた。
「アイリもダンス、誘ってくれば? 例えば——
「えっ」
アイリはその言葉にピシリと固まった。
「最近、あんまり話してないんじゃない? 上手く活用したまえよー!」
そう告げると、タンテは高笑いを上げながら広場を後にした。
取り残されたアイリとマニはしばらく押し黙っていたが、マニがその沈黙を破った。
「……で、どうするの?」
具体的な単語はなかったが、マニが何を聞いているのかは明白だった。
アイリはしばらくの沈黙の後、確かめるように呟いた。
「コウイチは、ただの幼馴染。そういうのじゃ……ない」
アイリはそう言いながら、自分の言葉を信じられずにいることを自覚した。
そんなアイリの心情を察して、マニが別の話題を提供した。
「あー……そういえば、シーラはどうしたんだ? まだ見てないけど」
「あ、ええと……なかなか起きないから、寝かしたままにしたけど」
アイリもマニの気遣いに乗っかり、そう返した。
シーラは現在、アイリ達の近くの部屋に特別に一人で使用しており、アイリが適宜面倒を見に通っている状態だった。
今朝もシーラを起こしに行ったのだが、死んだように眠っており、起きる気配がまるでなかったために置いてきたのだ。
ここ数日でわかったのは、シーラは野生動物のような生態をしている、ということだ。
基本的にぼうっとしており、眠たかったら寝る、食べたかったら食べる、といった具合だ。動物的というか、まるで赤ん坊だった。
そんな訳で、アイリを中心に3人でシーラの面倒を見ているのだが、起きるまで部屋で見ているほど面倒を見切れないので、切り上げて
アイリの言葉を受けて、マニが顎に手をやった。
「そうか。ならもう起きてるかもな……少し、様子を見てくる」
マニがそう告げ、歩き出そうとしたのを、アイリが遮る。
「あ……いいわよ。私、行くから」
「だけど……」
マニは難色を示した。
別に義務という訳でもないのに、アイリが先頭だってシーラの面倒を見ているのだ。こういった時ぐらい、アイリは休むべきだ。
マニはそう考えていた。
だが、アイリはマニの気遣いを察した上で首を横に振った。
「いいの。ちょっと、忘れ物もあったから」
アイリは嘘をついた。
だが、行きたい気持ちは本物だった。
「……そうか。悪いね」
アイリにそう言われては、マニもそう引き下がらざるを得なかった。
「うん。じゃ、後で」
「ああ」
アイリはマニと短く挨拶を交わすと、シーラのいる居住区へと向かい始めた。
広場の喧騒が後ろへと流れていき、区画間の通路へと出る。
遠くから聞こえる僅かな駆動音が静かに響く通路で、アイリはある決意を固めていた。
(……聞かなくちゃ。あの子のこと……コウイチのこと……あの、紋章のこと)
アイリはシーラと人より長い時間を過ごしていたが、決定的な質問そのものをしたことはなかった。
あなたはどこからきたの?
あなたは、コウイチに何かしたの?
あなたは——何者なの?
聞こうと思えば聞けたのだが、シーラの様子からまともな返答が得られるとは思えない、という常識的な判断もあったが——どちらかといえば、それは言い訳に過ぎなかった。
本当は、怖かったのだ。
何も知らなそうなあの子の口から、とんでもない言葉がするりと飛び出してきそうな気がして。
そして、その言葉が事実だったとしたら。
その事実が、とんでもなく残酷なものであったとしたら。
私は、その重みを受け止められるだろうか。
そんな恐怖心が、アイリを踏みとどまらせていた。
だが先日、モリスに『シーラをコウイチに近づかせない』という共犯めいた契約を交わさせてしまった事実が、アイリにそんな臆病さを許さなかった。
人々が祭りに浮かれ、シーラと二人っきりになれる。
誰も邪魔は入らない。
静かに、あの子と話して見たい。
話したいと、アイリは思った。
そんな決意を胸に、アイリは通路を歩いていった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます