SCENE 39:会議
「——それでは、定例会議を始める」
照明が抑えられた暗い艦橋室に、レイストフの声が響き渡った。
艦橋室には、生徒会のメンバー他、各学科の代表者達や班代表達が集まっていた。その中には、アイリとモリスの姿もある。
生徒達がレイストフの声に姿勢を正し、部屋中の暗闇からガサゴソと動く気配がする。
その気配が落ち着いた頃、艦橋室中央のモニターが点灯した。
「今回の議題は二つ——『昆虫型生物』と『人型ロボット』についてだ」
レイストフの声に合わされ、モニターに二つの画像が映される。
一つは、星間宙域で襲撃を受けた謎の巨大昆虫。一つは、骸骨の騎士のようなロボット。
「まずは前者からだ——ルーカス」
「はい」
ルーカスが返事をし、レイストフに代わり席を立った。
「78標準時間前、我々はルイテン星系から約20光年地点の星間宙域にて、この昆虫型生物——『インセクト』による襲撃を受けました」
『インセクト』。
裏宇宙に突入した当日に開かれた全体会議で決定された呼称だ。
拡張人型骨格の画像が消え、代わりにインセクトの望遠映像や透視画像、解析図などのデータがモニターに浮かんだ。
「このインセクトについて、我々生徒会はこの3日間、調査と分析を行いましたが——結果として、個体数や発生源、生態など、詳細は何も判明しませんでした。マグナヴィアのデータバンクにも、ローバス・イオタのデータバンクにも、何の情報もなかったためです」
淡々とそう告げたルーカスは各情報ウインドウを消し、生徒会のメンバーに向き直った。
「唯一分かっている事は、インセクトは恐ろしい攻撃能力を持ち、そして我々人類に対して敵対的であるという事だけです」
そう言い、静かに席へ座ったルーカスの跡を継ぐように、レイストフが立つ。
「インセクトに関しては謎が多い。
二つの可能性。
そのどちらにおいても、既に接触してしまったマグナヴィアクルーにとって、幸福とは言えなかった。
「現状から考えれば、ルイテン星系付近にインセクトがいる可能性は低い——だがゼロではない。そのための保険として——」
レイストフは手元の端末を操作し、モニターの画面が切り替わった。
「この艦の
その言葉に、艦橋室に微かなどよめきが走った。
マグナヴィアの構造図が表示され、船体の各所から
「現状、マグナヴィアの武装は無いに等しい。だが、データバンクの設計図に、積み込んだコンテナの武装を組み合わせれば、近い状態は——」
そこまでレイストフが告げた時、生徒達の中からダミアンが立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待て!」
「なんだ」
ダミアンはその小さな身体を目一杯使い、手をブンブンと振って抗議した。
「武装って……そんなことしたら、ヒューゴに帰った時、誤解されるんじゃ無いのか!?」
そのダミアンの指摘は的外れとも言えなかった。
そもそも航宙艦を航宙士資格保有者がいないままに稼働させるのは、航宙法違反なのだが、それは緊急事態時の特例が認められることもある。
だが航宙艦の私的武装は、航宙法の中でも重い罪に問われる。
悪意を持った者達が私的な武装勢力を立ち上げる穴になり得るため、厳格に取り締られ、緊急事態時であっても特例が認められないケースが多い。
そんな考えあってのダミアンの抗議だったが、レイストフは怯むこともなく告げた。
「『ヒューゴに帰る』ために必要なのだ。弁護はウチが保証する」
「……そ……う……か」
ダミアンは反論しようと視線を右往左往させたが、やがてガクリと肩を落とし、席に座った。
レイストフは、惑星国家同盟最大の
他の生徒達にも動揺はあったものの、口を開くことはなかった。
——マグナヴィアを武装する。
それは、平和な日常しか知らなかった学生達にとって、違和感のあるフレーズだったが、その違和感を帳消しにしてしまえるほどの強烈な感情が、彼らの胸に刻みつけられていた。
死の恐怖。
インセクトによる襲撃を受けた時に感じた、冷たい予感。
それが、本来抵抗を感じるべき『武装化』に正当性のようなものを与えていた。
「作業計画表は後程配布する。それに従い、各自作業に取り掛かってもらいたい」
意見がもう出ないことを確認すると、レイストフは短く告げ、次の画面の表示させた。
「次に、この人型ロボットについてだ」
モニターに表示されたのは、右腕を失い、背部が焼け爛れている拡張人型骨格の画像。
3日前の戦闘時のコウイチの機体の画像だ。
「『
その言葉を裏づけするように、モニターに膨大な量の拡張人型骨格に関するデータが表示される。
「
生徒会の面々は、
「この
「……多いな」
ラフィーが素直に驚きの声をあげた。
それは畏怖ではなく、喜びの混じった声であった。
たった一機で無数のインセクトの群れを撃退した兵器が、50機以上。
そのことは、未だ拭いきれない不安の中にいる生徒達に安心を与えるものだった。
しかし。
「その、
レイストフはハッキリとそう告げた。
一瞬の静寂の後、珍しくクロエが声を荒げた。
「な、何でですか!?」
先日の戦闘の際、すっかり魅入られていたクロエにとって、レイストフの決定は心の支えを失うも同然だった。
他の生徒達も、似たような感情であった。
しかしクロエと違ったのは、それが恥ずべきものであることを自覚していたことだ。
他力本願。
自分は安全な所にいて、誰かに戦ってもらいたいと願うその考えは、自然ではあっても醜悪であった。
だがレイストフが告げたのは、そんな感情的な部分ではなく、より現実的な理由であった。
「先日、これに搭乗したヤマセ・コウイチの深刻な
「えッ……」
クロエが驚きの声を上げる。
報告では、搭乗者であるヤマセ・コウイチに怪我はなかった、と言われていたためだ。
「損傷があったのは、脳だ」
そんなクロエの疑問を見透かしたようにレイストフは告げ、モニターに左右に並べられた脳の構造図を写した。
左が平時、右が搭乗後だ。
その違いは明らかで、右の構造図の各所が赤く点滅していた。
「搭乗後のヤマセ・コウイチの脳神経系各所に、炎症に似た症状が見られた。特に深刻なのは、大脳新皮質における感覚野の炎症だ」
脳を上から覗き込むような形で構造図が拡大される。
「感覚野は名の通り、感覚情報の受理と処理を担う脳領域だが、ここだけ特に深刻な炎症を起こしており、感覚野における幾つかの脳神経が焼き切れていた」
脳神経が焼き切れる。
レイストフの告げた恐ろしい単語に、誰もが息を呑んだ。
「原因は、
画面に
このバイザーのような機構を通して、あらゆる感覚情報が脳に直接伝達されるのだ。
極端に言えば、口の中に直接、灼熱の鉄球や絶対零度の氷を叩き込むようなものだ。
この設計は、まるで搭乗者のことを考えられていなかった。
初めから安全など考えられいない——
そのデータの数々は、それが確かな現実であることを冷酷に伝えた。
「つまり、この
レイストフの言葉の後、重苦しい沈黙が艦橋室を包んだ。
その沈黙を破り、レイストフが会議をまとめるように告げた。
「こんなものに生徒を二度と乗せる気はない。だからこそ、艦の
レイストフは穏やかにそう告げると、モニターを消した。
——万が一。
レイストフの告げたその言葉が、単なる気休めでしかないことを、生徒達は本能的に理解していた。
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