SCENE 26:騎士

 船内通路に3人分の足音が響く。

 歩く3人は荒れているらしく、足音はまばらで乱暴だ。


「よーやく休憩だぁ! ちくしょう!」

「つ、疲れたね……」

「…………」


 モリス、サドラン、コウイチの3人はそれぞれの疲れを表に出しながら、通路を歩いていた。宇宙塵除去作業のシフトが終了したため、自室に戻って休憩するのだ。


 作業開始から約7日。


 生徒達は1000人超えの人数を生かし、8時間労働の朝・昼・夜——無論、この区分けは便宜上のものだ——の三交代制シフトを組み、出港作業に当たっていた。


 如何にシフトを組み、休憩時間を作っているとはいえ、慣れない環境下での労働には疲労が伴うものだ。


 加えて、休憩する場所も個室がではない。

 マグナヴィアの限界収容人数には余裕があるとはいえ、居住区画に1000以上の個室は存在しない。


 結果、ローバス・イオタの学生寮と同じ割り振りで部屋が決定した。コウイチはモリスと同じ部屋だ。


「……ぜって〜寝る。すぐ寝る」


 モリスがブツブツと呟きながら部屋の扉に個人端末パーソルをかざすと、施錠が解除されて扉が開いた。


 寝台が二つと、中央スペースに壁掛け式の机と椅子があるだけの、非常に簡素な部屋だ。


 最初は学生寮と同じかそれ以下の質素な部屋に落胆したものだが、7日も経てば慣れたもので、モリスとコウイチはふらふらとした足取りで自分のベットへと倒れ込んだ。


「二人共、また明日ね」

「あいよ〜」

「ああ……」


 かけられたサドランの声に、コウイチとモリスがベットに倒れたままで手を軽く振った。


 コウイチとモリスはそれから数分気絶するように倒れ込んでいたが、思い出したように寝巻きに着替え、部屋の明かりを消し、どちらともなく眠りについた。


 泥の中に沈み込んでいくような眠りの感覚は、過酷な現実から離れられていくような気がして、心地よく感じた。


(……ずっと、このまま……眠っていたい)


 コウイチは眠りに落ちる刹那、そんな風に願ったが、その願いが叶うことはなかった。



 *



 眠りの底についていたコウイチ意識を、騒がしい音が覚醒させた。


 甲高い音の発生源が複数あるようで、スピーカーで囲まれているような錯覚すら覚える。


(……うるさい)


 布団をかぶり直し、音をシャットダウンしようと試みたコウイチだったが、その試みは残酷に引き裂かれた。


 布団が剥がれたのである。


「…………」


 コウイチが湧き上がる怒りと共に体を起こすと、そこには3人の小悪魔ゴブリン——もといサドランの兄弟達がいた。


「——起きろ! すげーのがあったんだ!」

「おきろおきろー!」


 布団を剥いだ小さな実行犯二人が、コウイチの目の前にいる。


 悪戯な笑みを浮かべている黒髪短髪の少年は、三男のエイト。年齢は7歳。わんぱくな性格で、いつもどこかに絆創膏が貼られている。


 その横でエイトに同調している女児が、次女のノイン。年齢は5歳。柔らかくウェーブがかった明るい茶髪を揺らし、ぴょんぴょんと跳ねている。


「だ、ダメだよ……」


 そんな二人を諌めるようにオドオドとしている少年が、次男のラッキー。年齢は3人の最年長で9歳。気弱な性格が体つきに現れているように細い。


 全員、サドランの兄弟達である。


 何度かサドランと一緒の時に遭遇し、散々な目に遭わされた記憶がある。


「お前らな……」


 コウイチが怒りと諦め、どちらに転ぼうかと悩んでいると、向かいの寝台からモリスの声が聞こえてきた。


「抑えろコウイチ……俺達は……大人だろ」


 モリスの引き攣った表情は、自分に言い聞かせようとしているようにしか見えなかった。


「ご、ごめんね……」


 そして、消え入りそうな声でサドランが扉から顔を出した。真っ先に起こされたらしいサドランの目元にも隈があった。


 サドラン的には、幼い兄弟達がこんな事態の中で暗い気持ちになって欲しくないのだ。ワガママはある程度許すスタイルでいくのだろう。


「「…………」」


 モリスとコウイチは再度顔を見合わせ、同時に項垂れた。



 *



 連れ出されたコウイチ達は眠い頭を降り、エイト、ノイン、ラッキーの3人の先導の元、船内通路を歩いていた。


 どうやら子供達は生徒達が作業をしている間、船内を探検していたようで、その過程で発見した成果を兄達に自慢したい——3人の話を要約するとそうなった。


 いつもは子供達のお守りをしている長女、テトがいるのだが、ローバス・イオタの学生ではないものの、優秀なために船務科の手伝いに駆り出されたのだ。


 これは、それゆえに起きた悲劇だ。


「……それで? 何だよすげーのって」


 もうほとんど走り出しそうな勢いで手を引っ張るエイトに、モリスが呟く。


「とにかくすげーんだって! 俺、初めて見たぜあんなの!」

「だから、それが何だって……くぁ……」


 モリスは問いただすのを諦めたらしく、あくびをしながらエイトに引っ張られるがままになっている。


「すごいんだよ! ノインもねー、ノインもねー、はじめて見た!」

「そっか。楽しみだなぁ」


 次女のノインに引っ張られているサドランは、体格差もあいまって巨人と小人といった風情だが、会話は父と娘のそれである。


「…………」

「…………」


 騒がしい二組の一方、コウイチとラッキーの二人の間には、沈黙が流れていた。


 だが、コウイチは沈黙を気まずいと思うタイプではない上、喋るより静かな方が好きだ。


 だが、ラッキーの方がやや気まずそうに手を擦り合わせているのが見えたため、コウイチはなんとなく話題を振ることにした。


「……俺達、どこに向かってるんだ」


 コウイチの話が自分に向けられたものだと気づき、ラッキーがワタワタと慌てて返事をする。


「あ、あっ、えーと……か、格納庫です」

「……格納庫?」


 意外な返答に、コウイチは思わず聞き返してしまった。

 てっきり、食糧庫でも見てその量に圧倒されたとか、そんな話だと思っていた。


宇宙作業機ワーカーのか?」


 コウイチは自分でそう聞きながら、違うだろうと思っていた。


 今自分達が向かっている方向に、作業機の格納庫はないはずだからだ。とはいえ、まだ船内全てを調査し切った訳ではない。


 そんな疑問を乗せた質問だったが、ラッキーは明言を避けるように言葉を濁した。


「いえ、は……」

「…………?」

「ついたぜ!!」


 その態度に訝しさを感じたコウイチに、エイトの元気な声が響いた。


 そちらを見ると、『第三格納庫』というネームプレートのついた大型の扉があった。


 エイトが慣れた様子で扉の制御盤を操作すると、三重構造の扉が段々と開いていった。


 子供達が警戒もなく、扉の中へと飛び込んでいく。コウイチ達は顔を見合わせ、子供達の後に続いた。


 扉の先は暗闇に包まれており見通すことが出来ないが、足元で鳴る金属床の反響音が、かなり広い空間であることを伝えてくる。


 遠くから、空調が唸る音が聞こえてくる。


「エイト、明かりはないのか?」

「暗いから、みんな足元に気をつけてね」


 モリスとサドラン、それぞれが呟いたと同時に、何かのレバーが上がる音が聞こえた。


 直後、バシン、という音と共に目の前を強烈な光が包んだ。


「…………」


 暗闇から急激に光量が増し、目が眩んでいると、バシン、バシンと次々と照明が点灯していった。


 コウイチの予想通り、かなり広大な空間らしく、奥行きは200メートル近く、高さも30メートル近くある。


 第三整備庫という名前の通りの雰囲気で、大小様々な機械が散在しており、何かのドックのような印象を与える。


 だが、問題は別にあった。


「な、何だぁ!?」

「え、えぇ……?」

「…………」


 モリス、サドラン、コウイチはそれぞれのリアクションを見せたが、驚愕の感情だけは共通していた。


 格納庫の壁面にずらりと並んだ物体が、コウイチ達の日常からかけ離れたものだったからだ。


 鈍い金属の光沢を放つ細長い銀色の四肢。

 背中から伸びる、羽根のような四枚の受信機アンテナ

 グルリと円を描くような、頭部のバイザー。


 全長約10メートルのが、数十体並んでいた。


「……拡張人型骨格オーグメント・フレーム——」


 知らないはずのロボットの名前を、無意識に呟いたコウイチ。その右手の甲には、うっすらと紋章が浮かんでいた。

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