SCENE 25:不安

「……ーッ!! むずかし過ぎる!」


 マグナヴィアの艦橋室で、ダミアンの悲鳴が上がった。


「……泣き言を言っても、現実は変わらないですわよ」

「それは……そうだが……」


 ティアナが厳しい声音でそう告げた。

 だがそんなティアナの顔にも、浅くない疲労の色が浮かんでいた。


 マグナヴィアの各種制御プログラムの整理から始まり、操船プログラムの組立。それらを作業開始から1週間、ほとんど徹夜で行なっているのだ。


 その結果分かったのは、このマグナヴィアがまだ、未完成だということだ。


 搭載された循環反応炉や裏宇宙航行機関は、最新ではないものの、かなり高価なものが搭載されていた。


 しかし、それらを起動、制御するためのプログラムが未完成だったのだ。まるで、誰かがやりかけの仕事を放り出したまま、時が止まっていたように。


 残っていたローバス・イオタのデータバンクに繋ぎ、既成の操艦プログラムを使えれば話が早かったのだが、マグナヴィアは出力構造などが既成艦とは異なるため、その手は使えなかった。


 故に、マグナヴィアのデータバンクに残されていた設計データや起動マニュアルを元にプログラムを解析、組立をマニュアルで行なっているのであった。


 いかに優秀な生徒が集まる操船科、その中でも優秀な人員の集まった生徒会のメンバーと言っても、限界はあった。


 音を上げてしまったダミアンが格段劣っているわけではない。プログラミング分野が優秀なクロエでさえ、眉を八の字にしている。ラフィーに至っては諦めて寝ている。


 むしろ異常なのは、黙々と作業をこなしているレイストフとルーカスだった。


 生徒自治会の面々の中で、プログラム解析の8割をレイストフだけで実行し、ルーカスに関しても、出港作業全体を一人で管理している。


(…………)


 ティアナは、黙々と制御盤に向き合うレイストフを見つめていた。だが気づいていないのか、レイストフが顔を上げる様子はない。


 ——レイストフとティアナは、許嫁である。


 無論、それは親同士が決めたものであり、そこに当人同士の意志はない。


 単なる政略結婚の一例でしかなかった。

 レイストフにしても、そうだろう。


 だが、ティアナにとってはそうではない。


 ——初めて会ったのは、ティアナが13歳の時だ。


 親に連れられて、会食の場でレイストフと出会った。その時、ティアナの目には絵本の中から出てきた王子様のように見えた。


 ふわりとした金色の髪、女性のように長い睫毛、精緻な顔立ち、知性を感じさせる目。


 一目惚れだった。


 大企業の御曹司と令嬢同士の付き合いの中で、二人は幾度となく話した。


 許嫁と決められた頃にようやく、レイストフがを見ていることに気付いた。


 レイストフが見ているものが何なのかを知ったのは、つい1年前のことだ。


 レイストフが、ローバス・イオタに入学を決めた時だ。


 ローバス・イオタは低水準の航宙士養成学校ではないが、大企業の御曹司であるレイストフが行くには、ややレベルが不足していた。


 だが、レイストフは両親を説き伏せてまでローバス・イオタへの入学を拘った。


 その拘りに違和感を感じたティアナは調査を始め——入学希望者の中に、らしきものを見つけた。


 ヤマセ・コウイチ。

 アイリ・ハミルトン。


 レイストフの過去に登場する、幼馴染達。

 その二人がローバス・イオタに入ろうとしている所に、レイストフが入学を決めた。


 これは偶然などではないだろう。


 ティアナはレイストフを追うようにして、自らもローバス・イオタに入学し、自分の予想が正しかったことを知った。


 あの二人こそ、レイストフが見ているもの。


(……あなたは、やはり……)


 ティアナはこんな状況の中、自分が場違いな思考をしていることに気づいていた。

 しかし、それでも走り出した思考は止まることなく渦巻いてしまう。


 そんな思考を遮るように、ルーカスが話す。


「——クランヴィル様、信号発信機トランスミッターの射出準備、整いました」

「あ……ええ」


 現在、ローバス・イオタは近隣20光年に星系の存在しない星間宙域に漂流している。


 星系間の輸送船の定期航路からも外れており、民間船などが通りがかる可能性は限りなくゼロに近い。


 だが、万が一ということもある。


 状況と予定航路を記録した信号発信機をこの宙域に残していくのだ。

 それをキャッチした船があれば、マグナヴィアに追いついて来られる。


 どんな微かでも、可能性の全てを掴みにいかなくてはいけない。


 学生達だけの単独航行。

 それも、練習艦ではない、未知の航宙艦。


 レイストフは言葉巧みに生徒達を誘導して見せたが、そんな強行軍が上手くいく保証など、どこにもないのだ。


 例え、目論見通りに裏宇宙レーンに突入できたとしても、爪の先一つ、微かなミスでさえ許されない。一つ間違えば、全く見当違いの宙域に出現するか、悪ければ裏宇宙に、宇宙の藻屑と消える。


 考えれば考えるほど、嫌な考えが脳裏を覆っていく。


(本当に私達だけで……出来るのかしら……)


「……クランヴィル様?」

「——……!」


 ルーカスの声で我に返ったティアナは、自身の女々しさを振り切るように頭を振った。


「……ごめんなさい。放出して」

「了解——信号発信機、放出してください」


 ルーカスが指示を出した。

 艦橋室中央に吊られたメインモニターに、マグナヴィア船体下部から放出された無数の信号発信機が映った。


「——信号発信機の放出、正常作動を確認しました」

「……ご苦労様」

「いえ。仕事ですので」


 感謝の言葉にルーカスは淡々と答えると、作業の統括へと戻った。

 ティアナも制御盤を立ち上げ、プログラムの解析を再開する。


 黙々と作業をしていると、先ほどまでの不安が再び首をもたげてくる。


 マグナヴィアに移り住むまで、対処しなければいけないことが目白押しで、あまり不安らしい不安を感じる暇もなかった。


 マグナヴィアに移り住み、数分後に窒息する危険も、餓死する危険からもひとまず脱したことで、ティアナは今の状況の異常さを改めて痛感した。


 正体不明の敵によって引き起こされた、ローバス・イオタで動力炉暴走事件。


 学園の地下に眠っていた航宙艦。


 そして現在、自分達は故郷から遥か20光年離れた宙域を漂流している。


 ここに大人はいない。

 いるのは、子供達じぶんたちだけだ。


(私達……どうなるの……)


 言いようのない不安を、ティアナは胸の中で呟いた。

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