SCENE 23:計画
——航宙艦の外は宇宙空間だった。
などということもなく、そこは最後の記憶通り、地下ドックであった。
通常宇宙服で船外へと出たコウイチ、シーラ、レイストフの3人を迎えたのは、調査隊の面々であった。
フォード達3人を除く7人と合流すると、ドックの上部に空いている大穴を抜けて、シェルターへと戻った。
シェルターに戻ったコウイチの元に、巨大な影が高速で接近してきた。
「——コウイチくーん!」
ブルドーザーのような大男——サドランは
次いでコウイチの右手を握ると、何度もブンブンと縦に振った。
「よかった……よかったよ、無事でぇ!」
目元に涙を浮かべながら何度も頷くサドランの喜びようは、コウイチは素直に嬉しかった。
「お前も……弟達は?」
モリスから、サドランは兄弟達の面倒を見るためシェルターに残ったと聞いていた。
コウイチはサドランの様子から結果を予想しながら、聞いた。
「皆元気だよ。ほら!」
サドランがシェルターの端を指差した。
端の方でキャッキャと騒いでいる3人の子供と、それを諌める女子の姿が見えた。
確か5から9歳くらいの3人と、15歳くらいの妹だったはずだ。
ローバス・イオタに入学できる年齢は15歳以上のはずなのに、なぜいるのか。
コウイチの疑問を先読みするように、サドランが告げた。
「遊びに来てたんだ。もうすぐ、長期休暇だったから」
「……そうか」
本来であれば、もう数日すればローバス・イオタは長期休暇に入る予定だったのだ。それを見越して早めに来たのだろう。
——こんな事態になるなど、予想できるはずもない。
サドランの兄弟達がはしゃぐ声が、こちらにも聞こえてくる。
自分達が置かれた危険性を理解しておらず、楽しいイベント気分なのだろう。
「…………」
コウイチは、胃が強く締め付けられるような気持ちがした。
自分達は——航宙士の候補生達は、曲がりなりにも訓練を積んで、自分で考えて行動できる歳だ。子供と大人の中間だ。
だが、彼らは違う。違うはずだ。
「クソッ……」
誰に向けたものかもわからない苛立ちが、コウイチの口を割って出た。
しかし、コウイチはすぐに自分の失敗を恥じた。
隣にいるサドランが、赤の他人であるコウイチよりもよっぽど応えているはずだ。
そのサドランが穏やかな表情でいるのに、自分が苛立ってどうするのか。
そんなコウイチの心情を読み取ったのか、サドランがポツリと呟いた。
「僕は守るんだ。あの子達を——何があっても、絶対」
「…………」
普段はなよなよしているサドランの持つ強さ——人間としての強さに眩しさを感じ、コウイチは無意識に目を逸らした。
逸らした先にいたモリスが2人に声をかける。
「そろそろ始まるぞ。行こうぜ」
「……ああ」
「うん。じゃあ、あとでね」
コウイチが頷き、サドランは再び弟達の方へと帰っていった。
モリスとシェルター中央へと滑っていく。
既にシェルター中央には生徒達が集まってきており、かなりの密度となっている。
今から、生徒会による状況説明と、今後の方針が発表されるのだ。
壇上に設置されたマイクスタンドの前に、レイストフが立っている。
そのすぐ後ろには生徒会のメンバーが立ち並んでいる。
コウイチとモリスは生徒達の群衆の端の方を位置取った。
ふと右の方を見ると、アイリ達を見つけた。その中には、シーラの姿もある。
女子同士の方が融通が聞くこともあるだろうというアイリの意見で、シーラはアイリが預かることになった。
コウイチとしても願ったりな話ではあった。
最初はなかなかコウイチから離れようとしなかったが、コウイチがそうしろと言うと、素直に従った。
(——なんか、犬みたいだ。アイツ)
そんな風にシーラのことを考えていると、こちらを見ていたシーラと視線が合った。
コウイチはなんとなく気まずさを感じ、視線を逸らす。
正面に視線を向けると、ちょうど生徒会の説明が始まる所だった。
レイストフがよく通る声で話し始めた。
『——約4時間前、我々生徒会はローバス・イオタの異常を調査した結果、それが循環反応炉が暴走と知り、避難誘導を行った——ここまでは、諸君も知る所だと思う』
生徒達はレイストフの説明を真面目に聞き入っており、茶々を挟むような生徒はいなかった。だが、次のレイストフの言葉には、動揺が隠せなかった。
『あくまで推測だが——今回の動力炉暴走事故は、悪意を持った何者かによって引き起こされたものであると思われる』
ザワザワ、と生徒達に波のようなどよめきが広がった。
噂では知っていたが会長の口から始めて明確に、『敵』の存在が明かされたのだ。
『この推測に至った理由は、二つ。一つ目は、学園層と宇宙港層を繋ぐ昇降機と無重力通路が、人為的に封鎖されていたこと』
レイストフの説明は聞こえているものの、生徒達は互いに話し合うことに夢中だった。
やっぱり、まさか、なんていう言葉が飛び交っている。
だが、レイストフの言葉は再び、生徒達の心を抉った。
『二つ目は——教官達が全員、殺害されていることだ』
今度は、どよめきなどとは違う、悲鳴に近い声が生徒達の中から上がった。
当然の反応だった。
「——まだローバス・イオタのどっかに、殺人鬼が隠れてるってことか!?」
1人の男子生徒が言葉を投げかけるが、レイストフはその質問を予測していたのか、淀みなく答えた。
『その何者かは既に死亡が確認されている。だが、その正体や目的は明らかになっていない』
得体の知れない敵の存在と、その死。
次々と明かされる情報に、生徒達の情報処理能力はパンク寸前だった。
見計らったように、レイストフが告げた。
『だが。今はそれよりも憂慮するべき事態が発覚した——我々の現在地についてだ』
レイストフの合図で、混乱の最中にある生徒達の前に、巨大なモニターが降りてくる。そこに表示されていたのは、簡略化された
『知っての通り、ローバス・イオタは人工衛星型の
同心円を描くルイテン星系の概略図が拡大されていき、惑星ヒューゴが拡大される。
ヒューゴの衛星軌道を示す線を沿うように回っているのは、にドラム缶のような物体——ローバス・イオタだ。
『我々生徒会がローバス・イオタの
レイストフはなんでもないことのように、真顔で言い放った。
『——ローバス・イオタは現在、惑星ヒューゴから約20光年離れた星間宙域を漂流している』
*
シェルター内は静寂に包まれた。
それからたっぷり数秒間続いた沈黙は、生徒達の困惑を意味していた。
——20光年。
それは、星海の世界に進出した現在の人類にとっても、比類なく遠い距離であった。
人類が現在進出している宇宙の直径は、母なる太陽系を中心に30光年ほど。
端から端までで、30光年なのだ。
そして、星海の世界に生きる人々であっても、せいぜい数光年先の隣接星系に行くことがあっても、人生で横断するようなことはまず持ってない。
そんな距離を横断するのは、新たな星系を探す開拓船団くらいのものである。
そういった情報が頭の中を駆け巡り、ようやくレイストフの告げた意味を理解した生徒達から、疑問や不安の声を口々に飛び出す。
——なんでそんな所にいんだよ!?
——20光年って……何言ってんだ!
——何かの間違いだろ!
レイストフは野次に近い生徒達の声には動じず、説明を続けた。
『諸君の気持ちはよく分かる。だが、これを見てほしい』
レイストフの言葉を裏付けるように、モニターには各種データが表示された。
星海図との照合データ、外部カメラの映像、近辺の恒星系情報など。
その無慈悲なほど正確なデータの羅列が、いきりたった生徒達を徐々に押さえつけていく。だが、多くの生徒はその情報を読んではいなかった。読むことを拒否していた。
『知っての通り、ローバス・イオタに搭載された
レイストフの淡々としたその説明にも、生徒達の動揺が収まることはなかった。
モニターの画面は移り変わり、再度、簡略化された星海図が映された。
ローバス・イオタから惑星ヒューゴ、ルイテン星系へと映像が遠巻きになっていき、やがてルイテン星系が小さな光点となった。
そこから遥か下——同盟星系群が広がるエリアを平面とした際の下だ——にぐーんと線が伸びていく。隣接する星系など何もないぽっかりと空いた星間宙域で、線はピタリと止まった。
ルイテン星系から伸びた直線の上に、『20光年』と表示された。
『我々の現在位置は、ここだ。この宙域には通常、同盟軍の警備艇も、いかなる交易船も行き来しない。このまま待っていたとしても、救助が来る可能性は、限りなくゼロに近い』
レイストフの冷酷とも言える発言に、生徒達の中で啜り泣くものも現れた。
今までの真剣な面持ちとは一転、レイストフは見透かしたように明るい声を出した。
『——だが、まだ希望はある』
希望。
その単語は、絶望的な気分に陥っていた生徒達の心に、簡単に染み込んだ。
レイストフは後ろで控えている生徒自治会に合図を出した。
すると、シェルター各所に配置されたモニターにあるものが表示された。
それは巨大な鯨の骨格図のようであった。
『これは、先ほど学園層の地下で発見された
再び、生徒達の間にどよめきが走る。
学園層の地下に航宙艦があるなどとは、誰も思っていなかったのだ。
しかも、単なる交易船や移送船ではないのは、その構造図の綿密さから伝わってくる。背面のモニターを指し示しながら、レイストフが告げる。
『お気づきの通り、この航宙艦は全長1000メートル超えの大型艦だ。全校生徒全員を収容可能な設備があり、備蓄されている食料も豊富であり——当然、
裏宇宙航行機関を搭載している。
レイストフの最後の言葉に、その場にいる生徒達の多くは、レイストフがこれから何を言おうとしているのかを察した。
『20光年という絶望的な距離も、
生徒達の予想は違わず、レイストフは力強く告げた。
『私は、この航宙艦を我々の手で操艦し、ヒューゴへ帰還する事を提案する』
本来この場にいる生徒達は、将来的にそれを実行するために学んできた。だが、ほとんどの生徒達は航宙艦を操艦した経験はない。
——航宙艦を操艦……俺達だけで?
——出来るのか?
生徒達の不安を見越していたレイストフは、自信に満ちた声で告げる。
『我々は専科を持つ学生だ。ここにいる1072人がいれば、この計画を必ず実現できると信じている』
レイストフの言葉を聞いても、生徒達は不安げに近くの友人達と話し合っている。
この場にいる誰もが、
『無論、強制は出来ない……だが、協力してほしい』
レイストフは言葉を区切りながら、ゆっくりと告げた。
今までの淡々とした説明とは違い、真摯な意図が込められているような気がした。
『——生き残る、ために』
レイストフは深く頭を下げるが、シェルターは静寂に包まれ、誰も動かない。
生徒達の心の中には、不安と疑問、否定と怒りがあった。
普通の学園生活を送っていたはずが、循環反応炉の暴走に始まり、故郷から20光年離れた宙域に漂流している。
安全を保証してくれるような教官もいない。
上手くいく保証など、どこにもない。
10秒近く、重く沈んだ時間が流れた。
ある時、ぱちん、と誰かが手を叩いた。
微かな音だったが、やがてその生徒に釣られるように、パラパラとまばらに拍手が起き始め——数秒後には、シェルター内に万雷の拍手が響き渡っていた。
それは、生徒達の同意の証のように見えた。
賛同する者、賛同せざる者、関係なく、生徒達の総意を決定づけるような轟音だった。
『ありがとう』
生徒達の動きを軽く手で制して、レイストフは続けた。
『最後に、計画の要たるこの航宙艦の名前を伝えよう』
レイストフが手を振る。
シェルター内全てのモニターに、文字列が浮かび上がった。
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