SCENE 22:攻防

(誰だ……?)


 足音はこちらに近づいてきているようで、徐々に大きくなっていく。

 コウイチは後ずさり、撃たれたはずの胸元を無意識に抑えた。


 鼓動の速度が増していくのを感じる。


(まさか、アイツらの……仲間?)


 脳裏にドックでの記憶が蘇る。

 あの時、1人は仲間割れで死に、もう1人はコウイチが撃った。


 奴らはあれで全員。

 ——コウイチはそう思い込んでいた。


 しかし考えてみれば、そんな保証はどこにもない。

 むしろ、何か目的が合ってローバス・イオタに忍び込んだのだとしたら、2人以上いて然るべきなのではないか。


(クソッ……!)


 コウイチは自分の迂闊さに毒づいた。

 反対方向に駆け出そうとして、自分の服を掴んでいる少女の存在を思い出した。


「…………」

「…………」


 シーラはコウイチの目を真っ直ぐに見つめており、恐怖の色は見えない。

 しかし、自分の置かれた状況を正しく理解しているようには見えなかった。


 もし迫っているのは奴らなら、狙いはシーラだろう。

 

 一緒に行くのは危険だ。


 あの時、銃で撃たれたあの時——コウイチは後悔した。


 やめておけばよかった、と。


 自分という存在が薄れて消えていく寂しさは、想像を絶していた。


(……だけど……)


 暗闇から聞こえる足音が迫り、コウイチは硬直した思考から回復した。


「——クソッ!」

「…………!」


 次の瞬間、コウイチはシーラの手を引き、通路を駆け出していた。


 走ることに慣れていないのか、シーラは初め持つれるように足を動かしていたが、やがてコウイチの動きに合わせるようにしっかりと足を動かし始めた。


 2人は通路を駆け、奥へと進んでいく。


 迫る足音も最初とは違い、隠す気配がない。

 明確に追ってきているのだ。


 そして今は、コウイチはあの時と違い、銃を持っていないため、戦うのは無理。

 コウイチはそう判断し、どこかに逃げ込む部屋を探していた。


(どこか……どこかに……)


 コウイチとシーラは息を切らしながら、ある扉の前に辿り着いた。

 警戒しながらもコウイチが手をかざすと、スライド式の扉はすんなりと開いた。


 コウイチはシーラを連れて中に飛び込んだ。


 2人の息遣いが反響している部屋は真っ暗で、内部の詳細は不明だった。


 コウイチが奥へ進もうとした時——すぐ側で足音が聞こえた。


(早すぎる……!)


 コウイチは慌てて扉を施錠しようとしたが、パネルは点灯していないために操作のしようがなかった。


 ようやく暗闇に目が慣れ始めてきたが、部屋の中に扉はなかった。


 逃げ場はない。


「……隠れてろ」


 コウイチはシーラを部屋の奥へ隠すように押しやった。


 その最中、コウイチは床に太いコードや、雑多な機械類、工具などが散乱していることに気づいた。


 その中から、20センチほどの長さの工具——レンチだろうか——を拾い上げ、扉の横に張り付くように立った。


(……やってやる)


 コウイチは、ぎゅう、と工具を握りしめた。


 侵入者が扉を開けた瞬間、手元に向けて振り下ろす。

 

 狙いは携帯しているはずの銃を無力化する。

 そこから先は——分からない。


(今度こそ……迷わない)


 脳裏に宇宙船ドックでの失敗が蘇り、心臓の音が激しく耳を打った。

 足音はもう目の前にまで迫っており、扉越しに息遣いが聞こえてくるようだ。


 一瞬、不気味な静けさが訪れ——直後、扉が開いた。


「——ッ!」


 コウイチは扉から入ってきた影に、無言の気合と共にレンチを振り下ろした。


 しかし、影はコウイチの存在を予測していたのか、俊敏に横に躱した。


 次いで、手元に持った物——銃と思しきシルエットを、コウイチに向けた。


(クソッ……!)


 コウイチはレンチを振り下ろした勢いを消さずに地面を蹴り、身体を前に倒した。


 直後、先ほどまでコウイチの身体があった箇所に青白い線が伸びた。


 バチチッ、と壁で青白い電気が弾け、瞬間的に部屋が眩しく染まる。


(——電気銃テーザーガン!)


 コウイチは相手の持つ武器を把握した。

 影は素早く距離を取ると、銃を装填するような素振りを見せた。


「——ッ」


 コウイチはその隙を逃さず、地を這うように工具を構え、影に突進した。


 装填の隙に影に密着する狙いだった。


 しかし影は予想外の行動に出た。

 影もまた、コウイチに突進してきたのだ。


 影の拳が唸りを上げて、コウイチへ迫る。


(——ッ!)


 コウイチは恐怖で強張りそうになる身体を押さえ込み、姿勢を更に低くした。

 影の拳は空を切り、コウイチは抱きつくような形で影に体当たりした。


 そのまま、コウイチと影はもんどり打って床を転がり——直後、コウイチは自分が下手を打ったことを知った。


 暗闇だったために分からなかったのだが、影はコウイチよりもかなり背があった。


 そもそも、コウイチは平均的に見てもかなり小さい体格なのだ。体力勝負に持ち込んだ時点で、ほとんど勝敗は決していた。


 気がつけば、コウイチは握ったレンチを蹴飛ばされ、マウント姿勢を取られたまま、額に電気銃を突きつけられていた。


 敵の顔は見えない。

 暗闇の中で、コウイチと敵の荒れた息遣いだけが聞こえてくる。


 息も詰まるような時間が流れ、やがて銃の引き金を引く音が聞こえ、コウイチは死を覚悟した時。


 壁に突き刺さっていた電気銃の短針が再度、青白い火花を立て——辺りを一瞬、明るく照らした。


 それは一瞬ではあったが、至近距離にあったコウイチと影が互いの顔を認識するのには、十分であった。


 ウェーブのかかった金髪に、女性じみた長い睫毛、精緻な顔立ちの青年。


 コウイチの眼前には、幼馴染の顔があった。


「レイ……ストフ……」

「……コウイチ」


 止めていた息をひと言ずつ吐き出すように、2人は互いの名前を呼んだ。



 *



「…………」

「…………」


 対面した幼馴染達——コウイチとレイストフは、少し距離を取った状態で沈黙を保っていた。


 3人がいる部屋は、コウイチとシーラが目指していた艦橋室であった。


 まだ未完成らしく、そこら中に機材やコードが転がっているが、艦長席、副長席、通信管制用や艦内制御用の端末と思われるものが十数台分並んでいた。


 だが、そういった情報に対して二人が反応を見せることはなかった。

 二人は醸成された互いのわだかまりから、思うように行動できずにいた。


 シーラはそんな二人を不思議そうに見つめている。


 長い沈黙の後、レイストフがシーラの方を見て、尋ねた。


「——そいつは?」


 レイストフの端的な問いに、コウイチはやや遅れて答えた。


「……シーラっていう」

「名前じゃない」


 コウイチの誤魔化しを、レイストフが鋭く遮る。


学園ウチの生徒じゃないな——何者だ」

「…………」


 レイストフは鋭い目つきでシーラを見た。

 シーラはその目つきに怯えるでもなく、無機質にレイストフを見つめ返した。


 レイストフは生徒会長である。

 全校生徒の名前と顔を暗記している訳ではないが、ざっくりと覚えている。


 その中に彼女の顔はない。

 何よりシーラの醸し出す異様な雰囲気が、常人ではないとレイストフに思わせた。


(……どうする)


 コウイチは言葉に詰まっていた。

 レイストフの目は、シーラがこの状況を引き起こした敵の一味だと、疑っていることを明確に語っていた。


 シーラは敵じゃない、コウイチはそう言いたかった。


 だが、明確な根拠はない。

 コウイチ自身、シーラの事をほとんど知らないのだ。


「言葉がわからないのか? お前は一体——」


 レイストフが剣呑な様子で右腰の電気銃に手を近づけた。


 それを見て、コウイチは無理矢理にシーラとの間に割り込んだ。


「——コイツ、追われてたんだ」

「何?」


 正体不明の少女を庇うコウイチに、レイストフがうろんな視線を送る。


「こいつが何者なのかは、俺も知らない——けど、武装した奴らに追われてたんだ」

「…………」


 レイストフの目は油断なくシーラを睨み、手は未だ右腰に当てられている。


 正確には『連れ去られそうになっていた』だが、レイストフの疑いを薄めるためには、言葉は慎重に選ばなくてはいけない。


「お前だって知ってんだろ……銃で武装した奴らのこと」

「…………」


 先ほど、レイストフは明らかに臨戦態勢で部屋に入って来た。


 それはつまり、コウイチと同じく、敵の存在を予見しているか、実在を確信していたと言うことだ。

 

 そう考えてのコウイチの弁明だったのだが、それは正しかったらしく、レイストフは否定しない。


「あいつらが狙ってるってことは、シーラコイツは奴らの味方じゃない」


 コウイチはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 レイストフも脳内で情報を噛み砕いているようで、動かない。


「敵の敵は味方……そうだろ」


 コウイチが最後にそう告げたのを最後に、艦橋室は静寂に包まれた。

 緊張した時間が流れ、やがてレイストフが口を開こうとしたその時。


 ピピピ、と甲高い電子音が鳴った。

 音源は、コウイチの個人端末パーソルだった。


 通話の着信、送信者には『アイリ・ハミルトン』の名前があった。

 僅かな逡巡の後、コウイチが通話ボタンを押すと、怒涛のごとき声が響いた。


『——コウイチ! 生きてんのね!?』


 その大きな声量は、コウイチの耳をキーンと高鳴らせた。

 突然の大声に頭をふらつかせながら、コウイチが答える。


「……何だよ」


 コウイチが面倒そうに答えた。

 一瞬の沈黙の後、烈火の如き剣幕が個人端末から鳴り響いた。


『——何だよ、じゃないでしょ!? こっちがどんだけ心配したと——今すぐ場所を教えなさい! さもないとローリングソバットの刑に——』


 コウイチは個人端末から耳を離していた。

 捲し立てているアイリの声の様子からするに、どうやら無事らしい。


 辟易した顔で聞き流すコウイチの横で、レイストフは苦虫を噛み潰したような顔で、目を逸らしていた。


『——で、今どこにいるの? 誰か一緒なの?』


 詰問するアイリにうんざりしながら、コウイチが答える。


「……レイストフがいる」


 レイストフの次に、こちらを蝋人形のごとく静かに立ちすくむシーラを見た。

 シーラのことをなんと説明するべきか悩んでいると、アイリが驚いた声を発した。


『レイもそこにいるの?』

「……ああ」


 コウイチはレイストフに個人端末を乱暴に投げ渡した。嫌がらせのつもりだったが、レイストフは苦もなく受け取った。


 二言三言で会話を終わらせたレイストフが、コウイチに個人端末を投げ渡した。

 コウイチがしたのと同じような乱暴な投げ方だったが、コウイチは床に取り落としかけた。


「——5分後にで合流だ。生徒の調査隊が来ている」


 レイストフが極めて事務的な報告を告げると、艦橋室の外へと出て行ってしまった。


 外、と言うのは船の外で落ち合うと言う意味だろう。


 どうやら、シーラの正体に関してはとりあえず保留にしてくれるらしい。


 コウイチはそう納得し、レイストフの後に続こうとして、シーラの存在を思い出した。


「……行くぞ」

「…………」


 シーラはコウイチをじっと見つめていたが、コクリと頷き、コウイチの方へと歩き始めた。

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