SCENE 14:無人
「…………」
レイストフは銃を構えながら、慎重に制御階の通路を進んでいく。
——敵がいるかもしれない。
そんなレイストフの危惧とは裏腹に、制御階は奇妙な静けさに包まれていた。
自分の吐く息の音だけが、ヘルメットの内部で反響して聞こえる。
しばらくして、通路の曲がり角に当たった。
そこを曲がってすぐの所が、ローバス・イオタの中央制御室である。
『フーッ……』
息を整え——レイストフは銃を構えながら、通路へと躍り出た。
しかしそこには何もなく、誰もいなかった。
通路脇にある中央制御室の扉も、破壊されたような様子もない。
何も無さすぎる事に違和感を感じながら、レイストフは慎重に中央制御室へと近づく。
やはり何も無い事を確認し、レイストフはそっと扉窓から内部を覗き込んだ。
そして、レイストフは絶句した。
中央制御室の中では、数十名の教官達が、制御盤の上で、床で、壁にもたれかかるように——倒れ伏していた。
(……なん……だ……)
激しく打つ鼓動を抑えながら、レイストフは自身の通常宇宙服の密閉を確認し、扉の開閉レバーを、ゆっくりと降ろした。
僅かな気圧の変化が、バイザーのパネルに表示される。
レイストフはまるで幽鬼のような顔で、ふらふらと中へと踏み込んでいく。
部屋の中央まで進んでようやく、扉窓から見えた光景は、幻でも何でもない——現実だと、レイストフは知った。
教官達は、苦しみ抜いた表情で死んでいた。
確かめるまでもなかったが、レイストフは一番近くに倒れていた教官——宇宙作業機の演習担当のスイフト教官だ——の呼吸を測った。
脈は、無かった。
他の教官達も同じで、生存者はいない。
外傷がないことを見ると、神経系のガスにでもやられたのだろうと、レイストフの理性が淡々と推測した。
そんな冷淡な理性とは裏腹に、レイストフの感情は見るはずのない強烈な非日常に激しく動揺していた。
(何なんだ……何なんだ、これは!?)
ついさっきまで生きていた人間が、物言わぬ物体になってしまった事への、生理的嫌悪感。
当たり前に続いていた日常が、音を立てて崩れ落ちていく。
レイストフは、通常宇宙服越しに、部屋に充満する強烈な死の匂いを感じた。
込み上げてくる吐き気をぐっと堪えて、目を瞑る。
乱雑な思考の奔流を抑え、たっぷり10秒間、黙考する。
(…………大丈夫。俺は、大丈夫)
レイストフは自身が冷静さを取り戻した事を自覚し、中央制御室の奥へと進んでいく。
視界に映る死体達を意識の外へと締め出し、物を避けるようにスムーズに移動する。
そして、中央に設置さえた一際大きな
中央制御盤は、ローバス・イオタの基幹システム全てに接続・操作可能である。ここからなら、昇降機の強制起動も、無重力通路を遮断している隔壁の操作も、循環反応炉の制御も可能だった。
しかしレイストフは、その中央制御盤を目の前にして、唖然と立ち尽くしていた。
「…………」
中央制御盤は、完膚なきまでに、完全に、徹底的に——破壊されていた。
入力のための鍵盤や画面の液晶は勿論、中央制御盤内部の有線が切断されている。機能を代替可能な予備の制御盤も、同じ状態だった。
つまり、ガラクタも同然だった。
物理的にアクセス手段が切られている以上、もはや手段は無い。
『ふっ……』
レイストフは何故か笑いが込み上げ、その場に座り込んだ。
考えてみれば、当たり前の話であった。
もし『敵』が実在するのであれば、状況を回復出来るように等、しておくはずが無い。
昇降機は動かせない。
無重力通路も、封鎖されたまま。
「……………」
レイストフはよろけるようにして、近くの椅子に座り、鈍い思考を巡らせた。
最後の可能性、宇宙港層からの救助。
だが、今に至るまで救助どころか、通信すら来ていない。それは、宇宙港層も自分達と同じか、それより酷い事態になっている事を示す。
つまり。
ローバス・イオタが——彼らを育んできた、宇宙の学園が——彼らを死へと誘う鋼鉄の檻へと変貌した事を意味していた。
レイストフは手元の個人端末を見た。
循環反応炉の臨界まで残り——15分を切っていた。
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