SCENE 13:疾走
——何とかしないと。
人影がアイリ達に銃口を向けた時、コウイチの脳内には、そんな思考だけがあった。
旧校舎に向かった謎の二人組を追ったコウイチが見たのが、そんな危機的状況だった。
コウイチは、襲撃者を挟んでアイリ達の反対側。窓ガラス越しに見える銃を構えた人物、そしてアイリ達。
コウイチは思考がスパークしそうになるのを抑えながら、走った。
向かった先は、配電室だった。
コウイチは部屋に突っこむと、中央に設置された電源レバーを押し込むように倒した。
今まで沈黙していた電源が旧校舎内を巡り、全照明が点灯したのだ。照明の点灯と窓ガラスが砕ける音が響いたのは、ほぼ同時だった。
次いで、コウイチは部屋を飛び出すと、壁際に設置された火災報知器を叩き割った。
スプリンクラーで視界を塞ぐ。
そんな発想があった訳ではなく、とにかく攪乱する必要があると考えての行動だった。
暗闇から光を、静寂からベルの音にスプリンクラー。
コウイチの行動は結果、アイリ達を救った。
しかし、コウイチはアイリ達が逃げれたかどうかを確かめる余裕はなかった。
足音が配電室に迫ってきていたからだ。
*
(どうすれば——)
配電室に足音が近づくに比例して焦りが増していくが、思考が動かない。
部屋の扉は一つ。
だが扉が面している廊下からは、銃を持った襲撃者が迫ってきている。
後ろを向き——ようやく、ごく簡単な脱出方法に気づいた。
コウイチが窓ガラスを開け、その身を中庭に放り出すのと、部屋の扉が開くのは、ほぼ同時だった。
直後、僅かな発射音と共に銃弾が窓ガラスを打ち砕き、ガラス片がコウイチを掠めた。
コウイチは窓の外——中庭に落下し、強かに腰を打ち付ける。
軽くない痛みを感じるも、無理矢理に体を起こし、中庭に生える木々の中へと走る。
再びの発射音と、銃弾の風切り音。
コウイチは無我夢中で木々を背にして走る。
「……ッ!」
途中、落ちていた拳大の岩を拾い上げ、正面校舎の廊下、その窓ガラスへと投げつける。
派手な音と共にガラスが砕け——勢いままに砕けた窓から廊下へとその身を投げ込んだ。
ゴロゴロと3回転半、廊下の端にぶつかり——コウイチはようやく動きを止めた。
(……俺、やるじゃん)
荒い息を吐きながら、コウイチは自分の今し方の機敏な動きに、自身で驚いていた。
そしてその疑問はすぐに、納得に変わった。
(そうだよ……俺は……昔はもっと……)
アイリと、レイストフと、自分。
3人で駆け回っていた時は、いつもコウイチがリーダーだった。
ガキ大将に追い回された時も、倒した。
レイストフを泣かす奴らもやっつけた。
アイリをいじめる連中も、全員叩き出した。
——自分は、何でも出来る。
そんな万能感が、あの頃にはあった。
(だけど、今は——)
極度の緊張と興奮が、コウイチに状況を忘れさせていた。しかし、中庭の方から迫る足音が、コウイチを現実へと引き戻した。
「クソ……!」
悪態をつき、よろけるように走り出す。
直後、逃げるコウイチを追うようにガラスが連続して砕け散る。
腰を低くしながら、可能な限りの全速力で廊下を駆ける。
視線の先に見えた廊下の曲がり角に、滑り込むようにして身体を投げ込んだ。
ズキズキと痛む身体に鞭打ち、コウイチは立ち上がり——硬直した。
「おまえ……」
目の前に、銀髪の幽霊少女がいた。
コウイチが先程見た時と同じく、長い銀色の髪をたなびかせ、半透明の身体は燐光を放っていた。
——お前、何なんだ?
——さっき、何て言おうとしたんだ?
数々の疑問が胸の中に浮かび、コウイチは問いかけようと前に足を踏み出した時。
再び、背後で窓ガラスが破裂した。
振り返ると、黒い人影が銃をこちらに向け、走ってきている。
視界を戻すと、そこに少女の姿は無かった。
だが、頭の中に鈴のような声が響いた。
『奥へ』
そして、コウイチの視界に行くべき道がうっすらと光って見えた。
「——ッ」
その現象に驚く暇はなく、身体を掠った銃弾から逃れるように、コウイチは通路の奥へと身体を滑り込ませた。
光の道筋に従い、廊下を走り、3番目の部屋の中へと飛び込んだ。
そこは、倉庫だった。
予備の教材や工具を置く場所のようで、雑多なものが散乱している。
光の道筋は倉庫の奥へと伸び、そこで——消えていた。
(……まじか?)
唐突に途絶えた道案内に動揺しかけ——コウイチはある事に気付いた。
光の道案内は、床のある部分で重なり、濃くなっているのだ。
藁にもすがる想いで近寄って見てみると、床には、うっすらと四角い線が走っているのが見えた。
コウイチがその線を辿っていくと、不自然に空いた穴を見つけ——そっと指を入れた。
直後、空気の噴出音が響き、もうもうと埃が舞い、たちまち部屋の視界がゼロになる。
口元を抑え、涙目になりながら視界を取り戻したコウイチの目の前に、直径2メートルくらいの四角い穴が出現していた。
目を凝らしてよくみると、穴の奥には階段らしきものが見える。
見れば、その階段はどこまでも続くようにかなり下まで続いている。単なる地下倉庫という訳ではなさそうだった。
つまり——。
(隠し通路……? そんな馬鹿な……)
コウイチは目の前にあるその存在に、疑いを覚えざるを得なかった。
ここ、旧校舎の倉庫だぞ。
非常避難用の通路?
いや、倉庫なんかに作って何になる。
でも、これは——。
コウイチのそんな逡巡は、すぐそばまで迫った襲撃者の足音にかき消された。
(……どうにでもなれ、もう)
次から次へと、異常な事態の連続で、コウイチの脳は疲労のピークに達していた。
コウイチは一呼吸すると、隠し通路の中へと身を投じた。
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