SCENE 11:停止
生徒会室では、
レイストフの避難計画は、単純明快だ。
宇宙港層に上がり、
航宙練習艦ならば、生徒達も何度か搭乗した事があり、レイストフ自身も操船方法を心得ている。
循環反応炉が臨界を迎える1時間以内に全校生徒1072人を乗せ、航宙練習艦で脱出する。
タイトなスケジュールではあるが、不可能ではない。
レイストフはそう考えていた——ルーカスからの通信が入るまでは。
『——レイストフ様』
「どうした」
インカムからルーカスの声に、レイストフは手を止めずに続きを促した。
『やはり、昇降機が停止しています』
「……そうか」
昇降機の停止。
それはレイストフの予測の範囲内であった。
天地を揺るがす衝撃を経ても、学園層には警報の一つも鳴らなかった。ローバス・イオタの警戒システムの異常は明らかであった。
昇降機は層と層とを繋ぐ重要な生命線だ。
非常時において、昇降機への動力供給が最優先になる様設定されている。
だが、設定されたシステムの大元が停止していれば、話は別だ。
今回はそのケースに当たる可能性があると、レイストフは読んでいた。
しかし当然、ローバス・イオタでの避難経路は昇降機だけではない。
層の外縁部に四つ配置された、ローバス・イオタを貫く無重力の縦穴。
動力停止時に層に閉じ込められない様、設置された避難経路。
昇降機は比較的安全に生徒を運ぶ事が出来るが、全校生徒では時間がかかり過ぎる。
無重力通路ならば、遊泳技術は必要なものの、圧倒的に素早く人を移動可能だ。
時間が限られたこの状況において、初めからレイストフは無重力通路を使うつもりだった。
「四班に分けて無重力通路で上に上がれ。その後は専科ごとに航宙練習艦の起動を——」
レイストフが続け様に指示を下そうとすると、ルーカスは上擦った声で遮った。
『——その、無重力通路なのですが……』
「なんだ」
一刻を争う状況での会話の停滞に、レイストフは苛立ちを隠せなかった。
しかしルーカスの次の言葉で、その苛立ちは彼方へと吹き飛んだ。
『封鎖されてます。全て』
「……何?」
封鎖。
レイストフがその単語の意味を問いただす前に、ルーカスが続けた。
『
「………!」
レイストフは自身の目算が外れかけていることに、急激な不安を覚えた。
——損害制御用の隔壁?
——警戒システムは沈黙しているのに?
胸の中で生まれた疑問を飲み込み、レイストフが尋ねる。
「開けられないのか?」
『ダメです。システムが
ルーカスの悔しそうな報告が返り、レイストフは無意識に頭を抱えた。
先程まで確かに見えていた脱出までの道行が、急激に曇り始めた。
航宙練習艦の起動どころか、宇宙港層にすら行けないのでは、お話にならない。
(……やるしか……ない)
考えるまでもなく打開の方法は——1つだけ。
レイストフはルーカスに呼びかける。
「施錠の命令は、どこから来てる?」
『はい。中央制御室の——……』
ルーカスは答えてしまった後、レイストフの考えに気付き、主人を諫めた。
『……危険すぎます。おやめ下さい』
「…………」
レイストフは答えず、ただ拳を握った。
——レイストフは学園層地下にある中央制御室へと乗り込み、隔壁を開けようというのだ。
無論平時であれば、その行為になんら危険は無い。
だが。
——沈黙した警戒システム。
——繋がらない通信。
——封鎖された無重力通路。
これらの事実が、今回の事態に人為的な力が働いているのは明らかであった。
そして、その『人為的な力』は——今回の事態を引き起こしたであろう『敵』は恐らく、中央制御室にいる。
レイストフは、そこに単身で乗り込もうとしているのだ。
『——いけません、レイストフ様』
「……20分後までに連絡が無ければ、生徒達を地下シェルターに避難させろ。いいな」
『レイス——』
制止しようとするルーカスの通信を一方的に打ち切ると、レイストフは席を立った。
気づいたティアナが声をかける。
「会長……どこへ?」
「ルーカス達と合流し、誘導を補助しろ」
ティアナの問いには答えず、レイストフは口早に指示を出す。
だが、ティアナは指示に応えることなく、レイストフの隣を歩き始めた。
*
照明暗い校舎の中に、2人の足音が反響する。
遠くからベルの音と生徒達のざわめき、金属の軋む音が聞こえてくる。
レイストフは躊躇いなく階段を降りていき、制御区画と直通している扉に、自信の個人端末をかざした。
すると、扉に取り付けられた
当然だった。
いくら生徒会長といえど、ローバス・イオタの心臓部へと侵入する権限は無い。
しかし。
レイストフが個人端末に取り付けられたスイッチを押す。
すると、画面に一瞬ノイズが走ったかと思うと、『通行可』の緑の文字が出現した。
クラッキングに間違いなかった。
「……いいんですの?」
「緊急時に、いいも何もない」
その後、緊迫した状況に不釣り合いな軽い電子音が鳴り、扉は開かれた。
——地下の制御階へと降りる昇降機だ。
入ろうとするティアナの肩を、レイストフが掴んだ。
緊急時にも関わらず、ティアナはレイストフとの物理的接触に鼓動を早くした。
「な、何ですか」
だが、レイストフの口から出た言葉は、ティアナの浮ついた気持ちを吹き飛ばした。
「——1人でいい」
その言葉と、視線の真剣さは、助言やアドバイスの類で言っているのではないとわかった。
決定事項。
そう言っている気がした。
レイストフはぐい、とティアナを乱暴に下がらせると、1人エレベーターに乗った。
「私も、行きます」
「駄目だ」
「嫌です!」
「………」
問答を無視して中へと進もうとしたティアナの眼前に、あるものが突きつけられた。
「——ッ!」
眼前のものは、ティアナを硬直させた。
銃だ。
全長20センチ強の
——撃つわけがない。
ティアナはそう心の中で思いつつも、どこかで不安だった。
知らず、ペタン、とティアナはその場に座り込んでしまった。
「……ルーカス達と合流しろ。いいな」
レイストフは短く告げ、扉を閉じた。
*
昇降機が、スルスルと下に降りていく。
レイストフは自身の動揺を誤魔化すように、手元にある電気銃を見つめた。
まるでおもちゃのように軽いが、確かな威力を持っている。弾数は二発。
自衛のためと持たされていたものだが、こんな風に構えることになるとは。
断絶された通信回線。
封鎖された無重力通路。
返事のない教官達。
明らかに人為的な行動による影響だ。
中央制御室に行けば、無重力通路の隔壁を開けれるかもしれない。
だが、『敵』がいる可能性が高い。
直接あいまみえるかは不明だが、何も無いと言うことは、まず無い。
「…………」
喉が渇き、心臓が激しく脈打っている。
手足が震え、ずくずくと頭痛がする。
レイストフは、怯えている自分に気付いた。
振り払うように、目を瞑る。
(——俺はもう、あの頃とは違う……)
二人に——アイリとコウイチに守られていた頃の俺は、もういない。
「変わった……変わったんだ……コウイチ……」
レイストフは誰もいない昇降機の中で、ぶつぶつと呟き続けた。
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