EPISODE 01:宇宙の学園

SCENE 01:宇宙遊泳

 甲高い警告音が耳を突いた。


 三面ディスプレイ越しに映った金属外壁に、反射された恒星ルイテンの光がぬらりと光る。


(ッ……!)


 少年は作業用宇宙服ハードスーツの分厚い感触越しに操縦桿をぐい、と右の方へと倒すと、左へと流れる慣性重力が体を包んだ後、宇宙作業機ワーカーが目前に迫った外壁から離れていく。


 安堵しかけた少年の意識は、再び鳴った電子音で奮い起こされた。ただし今度は警告音ではなく、時刻タイマーの通知音だった。


 ディスプレイ右上の表示を見ると、現在時刻は11時25分。後5分で、タイムアップだ。


(——クソッ!)


 少年の脳裏に焼き付くような焦りが走る。


 そんな少年の動揺とは裏腹に、機体の探知機構レーダーシステムに宇宙塵の反応は無く、ジリジリと時間だけが過ぎていく。作業用宇宙服のヘルメットの中で、自分の息遣いだけがやけにクリアに聞こえた。


(クソ…………こんな……!)


『なんで』。

 少年のその疑問の行き先は3つ。


 一つ目は、かれこれ数十分以上も宇宙塵デブリを探し続けているのに、一向に見つからないことへの苛立ち。


 二つ目は、からもう7年も経つと言うのに、宇宙空間に恐怖していることへの苛立ち。


 三つ目は、に乗ってしまった自分への怒りが含まれていた。


 それらの焦りが頂点に達する間際——三度、甲高い電子音が鳴った。


 探知機構が宇宙塵デブリを見つけたのだ。

 しかもその宇宙塵は相応に大きく、が高いのは確実に思えた。


 (よしッ……!)


 ようやく訪れた好機に、少年は逸る心を抑えられず、操縦桿を倒した。強い慣性重力がその身を包み、自機と宇宙塵の距離が見る見る内に縮まっていく。


 少年は作業腕アーム捕獲用電磁気マグネットキャプチャーを纏わせようと手元の制御盤を操作した。


 しかし、苦手分野である制御盤の操作は、焦りを抱える彼にとって、最大の敵であった。


 少年が位置合わせのための逆噴射をしていなかったことに気付いた時、既に手遅れであった。


(——ッ!)


 慌てて左足のペダルを踏み込むが、猛烈な速度で後ろへと流れていく宇宙塵が少年の目に映り——三度目の電子音が鳴った。


 時刻は、12時ジャスト。

 タイムアップを告げる音だった。


 回線接続時の耳障りな雑音ノイズの後、通信機から教官の声が流れ出す。


『——実習終了! 全機、点呼!』


 教官の指示に対し、次々と声が続く。


『1番機、了解!』

『2番機、了解!』

『3番機、了解!』

『4番機——』


 皆、少年と同じ年頃の声だ。

 次々と点呼は続くが、ある地点でピタリと途絶えた。


 少年の点呼である。

 両手を震わせ、強く歯軋りする少年の耳に、教官の指示は届いていなかった。教官の厳しい声が飛ぶ。


『——12番機! 貴様、聞こえているのか!』


 そこでようやく、点呼が自分の番であると少年は理解したが、すぐに答えることは出来なかった。自分の失態と、この後に待っているであろう屈辱への怒りを膨らませていたのだ。


 教官の叱責から、数秒後。


「……12番機、了解」


 少年——ヤマセ・コウイチは、張り付いた口元を剥がすように呟いた。


『——よろしい! では、各自速やかにに帰投せよ』


 それきり教官の通信が切れると、少年以外の宇宙作業機は順次噴射光を光らせ、ある方向へと飛び去っていく。


 宇宙作業機の描いた青白い光の尾、その下きは、ルイテン星系第三惑星ヒューゴの雄大な景色が広がっている。


 青と緑で覆われた地球型惑星。

 数ある居住可能惑星の中でも屈指の美しさを誇るがしかし、彼らの向かう先は惑星ヒューゴではない。

 

 その美しい景色を遮るように浮かぶ、全高3キロ、直径5キロの円柱型巨大構造物。


 航宙士養成学校ローバス・イオタ。

 航宙士クラフターの卵たる子供達が通う、宇宙の学園である。


 宇宙塵デブリ回収実習を終えた生徒達が、宇宙作業機のスラスターを瞬かせながら、ローバス・イオタへと戻っていく。


 最後の宇宙作業機がその宙域を飛び去り、コウイチだけがポツンと残った。耳をつくような静寂が、コウイチの怒りに火をつけた。


「……——ッ!」


 少年は、拳を勢い良く制御盤へ叩き付けた。何度も何度も叩き付け、拳が腫れ上がる。


 しばらくの間、肉と鉄のぶつかる鈍い音だけが、宇宙作業機の中で木霊こだましていた。

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