星海のマグナヴィア

晴耕雨読

PROLOGUE

始まりの咆哮

 小惑星タルガット。


 全長約15kmのありふれた小惑星に見えるが、その内部では研究が行われている。


 その役割から、潤沢な予算の元に屈強な警備部隊に保護され、周辺宙域を巡回する警備艇は勿論の事、小惑星内部には関係者以外を弾くシステムが幾重にも張り巡らされている。


 ネズミ一匹入り込めない厳重さを誇るはずのタルガットは今——炎に包まれていた。



 *



「警備はどこ見てたんだ!」

「知るかよ!」

「船は!?」

「今やってるよ!」


 鳴り響く警報の中、簡易宇宙服を身に付けた男達が、互いに怒鳴り合いながら手元の制御盤を必死に叩いている。


 そこは、タルガット内部の船渠ドック


 円筒型にくり抜かれて作られたその場所は、その中央部に悠然と鎮座する巨大な航宙艦に占められていた。


 全長は1100メートル、高さ、幅は200メートルの円筒型。大型海洋生物を思わせる曲線型の胴体で、船尾には魚のヒレのような四対の感知尾翼が伸びている。


 外装の色はのっぺりとした濃紺。装甲板のツギハギ跡は見当たらず、その滑らかさがその艦の『生物感』を際立たせていた。


 航宙艦には人間の胴体ほどもある太さのケーブルが幾本も伸び、壁際に並んだ制御盤に繋がっている。巨体は天井から伸びたアームと、無数のワイヤーで固定されている。


 その様子は封印された神話生物のような雰囲気を感じさせた。


 作業員達の悲鳴にも近い怒号が響く。


「あと、どのくらいだ!?」

「まだ、浮上座標アウトポイントが……」

「早くしろ!」

「わかってる!」


 1人の作業員が制御盤を忙しなく叩き、何かのプログラムを作動させようとしている。


 他の作業員はすでに作業を中断し、その手に電気銃テーザーガンやら、溶接用のバーナーやら、鉄パイプやらを構えていた。


 向かい合っているのは、船渠と他のフロアを繋ぐ扉。今は、大小様々な大きさのガラクタがバリケードのように積まれている。


 扉の奥からは、激しい銃声と爆発音が地響きのように聞こえてくる。その音は、徐々に船渠の方へと近づいて来ていた。


 扉の前に構えていた1人が、待ちきれない、とばかりに制御盤を叩く作業員の元に飛びつく。


「おい、まだか!?」

「もう終わる……よし!」


 作業員が最後の操作を終えようと、制御盤のキーへと指を伸ばした、その瞬間。


 強烈な光と爆音が船渠を包んだ。


 制御盤を叩いていた作業員は気がつくと、十メートル以上離れた所に倒れていた。


『ぐ……』


 上半身を起こし見ると、景色がバイザー越しのものに変わっていた。通常宇宙服ノーマルスーツ安全装置セーフティが作動し、ヘルメットを背部から展開させたのだ。


(何……が……)


 状況を把握しようと、悲鳴をあげる体を無視し、作業員は立ち上がり——その光景を見た。


 先程まで手に手に武装した作業員達がいた扉の前に、赤黒い肉片と鉄屑が撒かれている。


 そして作業員達の代わりに、約二メートルの巨人達がいた。


 人間ではあり得ない付き方の人工筋肉を、光を反射しない特殊な黒色の金属装甲が覆っており、その豪腕の先には背の丈ほどもある巨大な熱戦銃が握られている。


 強化装甲服部隊。


 通常の陸戦部隊とは一線を画す制圧力を誇る20人以上の機械の巨漢達は、直前に行った殺戮の結果を一切気にした様子もなかった。


 頭部バイザーを交信するように光らせると、がこびりついた赤黒い床へ、ドンと重厚な一歩を踏み出した。


 巨人達に踏み躙られた赤い焦げ跡を見て、作業員は無意識に呟いた。


『アーサー……』


 それはたった今死んだ、同僚の名前。

 別段親友というわけではなかったけれど、数少ない飲み友達だった。たった数メートルの違いで、生者と死者とに分けられた二人。


 兵士の一人が作業員の目と鼻の先までやってくる。ゆっくりと、しかし確実な動作で、熱線銃を作業員の頭へと向けた。


 死の予感が、作業員を貫いた。


 銃口から発せられる熱線は、容易く作業員の座り込む床ごと蒸発させる。無限に引き伸ばされたような時の中で、作業員は待った。


(……作業は終わらなかった……アーサーは無駄死にだ……まぁ……俺もか……)


 涙は出なかった。

 ただ、悔しいと思った。


 だから、引き金に兵士の指がかかったその時、作業員は右腕部にある液晶操作板パネルを押した。


 静観を決め込んでいた航宙艦が、鳴動した。


『…………!』


 強化装甲服の兵士達は、突然動きを見せた航宙艦に銃口を向けた。


 兵士達は周囲を警戒するように後退りし、本来のであるはずの航宙艦に銃口を向ける者まで現れ、他の兵士が止めた。


 そんな混乱が、決定打となった。


 ヴヴン、と低い地響きのような音が響き——航宙艦から透明な重力場フィールドが一気に展開された。


 重力場は固定用アームを一瞬の内に圧壊させ、無数のワイヤーを弾き飛ばした。破裂した無数のワイヤーは船渠の中を踊り狂い、有機物と無機物を平等に引き裂いた。


 航宙艦の起動から10秒後、船渠内には動くものは無かった。


 その惨事を引き起こした作業員も、重力場に弾かれたことにより身体のほとんどが潰れ、ヘルメット内部は自身の血で溢れている。


 もはやピクリとも身体を動かせない作業員の右腕のパネルには、『緊急自動航行エマージェンシードライブ』という表示が、赤く明滅していた。


 作業員のかろうじて残った意識は、自身の生命が消えようとしていることをぼんやりと理解していた。


 だが、閉じていく瞼の隙間で、作業員はを目撃した。


 ——少女だ。


 少女は解き放たれた神話の鯨を導くように、航宙艦の船頭に立っていた。


 半透明に透ける身体に、それを覆う程の銀色の長髪は輝く粒子を放ち、航宙艦の放つ重力場でのように波打っている。


 その姿は、まるで——。


『……天……使……』


 呟きを最後に、作業員の命は闇へと沈んだ。


 ——ォォォォォォォォ……


 その終焉に応えるように、航宙艦は一際大きな異音を響かせ——直後、周囲に強烈な青い閃光が広がった。


 数秒後、船頭の先には底なしのが生まれていた。


 航宙艦はもう一度咆哮を船渠に響かせると、ゆっくりその穴へと身体を潜らせ——消えた。

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