第20話 国際恋愛~アメリカ人との失恋~
僕がケニアの地方都市に赴任してすぐ、アメリカ人女性のインターンがやってくることを上司から聞かされた。
そのインターンは、僕の寮で一緒に暮らすのだというから緊張した。
僕は平屋が2軒ある大きな敷地の寮に住んでいた。
それぞれリビングとキッチンに加えて寝室が2部屋、トイレとシャワーがリビング横に1つ、1つの寝室の中に1つあるつくりだった。
その時、広大な敷地に寝泊まりしていたのは僕だけだった。
女性が来るということで、トイレとシャワーのある寝室を空けて、僕はトイレとシャワーのない寝室をつかうことにした。
インターンの女性の名前はジェシカ。アメリカの大学院生で、僕と同い年だった。
初めて会ったのは寮の中。
金髪ときれいな青い瞳、そして大きめの胸。
アメリカ人とは思えない小柄な女性で、がたいこそいいものの、身長は僕より少し高いだけ。
真面目で少しシャイなところが僕に似ていた。
極めて珍しいことなのだが、僕たちはすぐに意気投合した。
他の会社や非営利組織で働く外国人駐在員の集まる会に招待したものの、ジェシカも僕といること心地よかったのだろうか、ほとんど僕らは2人きりで話していた。
話の内容は真面目な事だった。
アフリカの経済事情や医療事情なんかを語り合った。
僕はすぐに彼女に惹かれたのだが、週末になると時々電話越しでだれかとの話声が聞こえた。
その話し相手は彼氏だということを知るのにそれほど時間はかからなかった。
ジェシカもシャイなおかげか、たまに駐在員の集まりに行く程度で、基本的には僕と2人で動画を観たり、買い出しに行ったり、カフェで仕事をした。
料理も一緒にすることはあったが、ご飯を食べる人ではなかったため、僕の作った日本食には手を出さなかった。
僕は他の地方や周辺国に出張することも多かったため、平日は一緒にいないこともあったが、僕が寮にいた時は、ジェシカと2人で常にいた。
最初はお互い警戒して寝るときはそれぞれの部屋にカギをかけていたものだが、気づくとお互いカギはかけず、ドアを閉めるだけになっていた。
お互い心を開きだしたときには、彼女の大きなブラがリビングに干されていたり、上はTシャツ、下はショーツという格好で過ごすようになり、少し刺激的だった。
とはいえ、ジェシカは「彼氏がいるから変なことはしない」ときっぱりと周囲に伝えていて、僕も例外なく変な気を起こそうものなら容赦しない、そんな雰囲気はあった。
しかし、1か月ほど僕が周辺国へ出張に行き、帰ってくるとジェシカの僕を見る目が変わったことに気が付いた。
わざわざ空港まで僕を迎えに来てくれただけでなく、好意があるまなざしで僕を見るようになった。
ジェシカは「あなたがいない1か月の間、私廃人してた笑 本当に職場に行く以外、どこにも行かず、誰でも会わず、ひたすら家にこもってたよ笑」
『もしかしたら、僕がいなくて寂しかった・・?』
直感的にそう感じた。
スキンシップもやたら増えて、僕はスーパーに用事がないといっても「私が行きたいから一緒に来てほしい」と半ば強引に誘われた。
カフェで2人でコーヒーを飲みながら仕事をしていると、他の外国人駐在員たちがやってきて僕らに合流した。
その時も僕の足をおもしろおかしく蹴ったり、僕の目を見てにやけたりしていた。
僕といるとよく笑ってくれていたし、一緒に動画を見るときも体を密着してみるようになっていた。
好意が向けられていることはひしひしと感じていた。
彼氏の悪口も言うようになっていた。
「私、今の彼氏と一緒にいて落ち着くことはないのに、別れ話を切り出すと怒られるから嫌々付き合ってるの」
『これは、やっぱり、僕にもチャンスがあるのではないか』と思っていたが、僕が1か月の出張から帰ったその時点で、ジェシカの残りの滞在時間は1か月半と短かった。
また遠距離になれば、この関係も終わる。なにより、僕は正社員で彼女はインターン。好きという感情がないと言っているとはいえ、まだ彼氏がいる女性。
僕は彼氏がいる女性には絶対に手を出さないと決めている。
いよいよジェシカの帰国日が近づいていた。
帰国日が近づくにつれて、ジェシカは寂しそうにしていた。
でも帰国1週間前になると、今度はテンションが異様に高かった。
自分のお別れ会を開くんだと言って、他の駐在員たちを誘ってパーティーを企画した。
僕はもちろんその規格と準備の手伝いをした。
一緒に店と言う店を回って、必要なものをそろえた。
テキーラがどこのスーパーにもないと困っていたところ、
「ここはアフリカだよ。何でも自由にできる。ホテルのバーに行けば絶対にある。バ空き瓶を持って、バーに行って、テキーラを空き瓶に入れてもらえばいい」と提案すると予想通り、ホテルのバーで空き瓶にテキーラを入れてもらうことができた。
『どんなもんだい』と鼻を高くしていると「発想がすごい」とジェシカに褒められたのはうれしかった。
ピタパン(小麦粉とお湯とフライパンで作る薄いナンのようなパン)の作り方がわからないと困っていると僕は知っていたので手伝った。
結局、企画そのものはジェシカがやったが、色々と準備したのは大体僕だった。
パーティーには大勢が参加してくれた。
シャイな僕たちだが、2人でやればなんでもできる・・・そんな気がした。
パーティー後、みんなでクラブに行くことになったのだが、僕はおなかの調子がいまいちで遠慮することにした。
これが参事の始まりだった。
「本当にいかないの?」寂しそうな目で見るジェシカに申し訳ないと断る。
仕方がないのでジェシカは他の人たちと一緒にクラブへ向かった。
でも、やっぱりこれまで他の駐在と特別仲良くしてこなかったため、ジェシカ1人置き去りにされてしまった。
「私のパーティーなのに、私が置いて行かれた!」と泣きながら家を飛び出した。
この時、僕も一緒に行けばよかったと何度後悔したことか。
僕は真面目なジェシカなら数時間で帰ってくると思って、部屋を片付けて、掃除までしてジェシカを待った。
2時間、3時間経っても帰ってこなかった。
仕方ないと思い、ベッドに入った。
数時間して、妙な胸騒ぎがして目が覚めた。
『ジェシカが帰ってきたのかな・・・?』
部屋を出てジェシカの部屋を覗くも、誰もいなかった。
リビングにも誰もいなかった。
心配しつつ、部屋に戻った瞬間だった。
門が開く音がした。
同時にジェシカの話声が聞こえてきた。
玄関に迎えに行こうと思ったが、話声がするので思いとどまった。
『誰かと話してる。門番?いや、玄関のドアを開ける音がする。門番は玄関までは来ない。電話?彼氏か・・・?』
なんて色々と推測していたが、どうももう一人の声が聞こえた気がした。
『男の声?彼氏とスピーカーで話してるのかな?』
しかし、その声は知っている声だった。
駐在員の集まりになぜか現地人が1人いつも混じっていた。
そいつだ。
そいつの声だ。
そいつは、そうだ、ジェシカが来た初日からジェシカの体を舐めるように見ていた。
寝ている僕を起こすまいとでも思っていたのか、静かに2人は話していたのだが、次第に2人の声は大きくなっていった。
ちゅぱ、ちゅぱ・・・。
僕の全神経が耳に集中していたせいだろうか、なにかを吸う音が隣のリビングから壁一枚隔てて大きく響き渡った。
『キス・・?ディープキス??それにしてはやけに大きな音だ。第一、ジェシカは彼氏意外とは何もしないと公言していた人だ。そんなわけない。』
しかし、何度考えてもキス以外考えられなかった。
しばらくすると、タバコを吸いに行くと言うあいつ。
「私も吸う!」と普段吸わないジェシカが一緒に門に向かって走っていく音が聞こえた。
僕は部屋から出て、リビングを覗くと、パーティーで余った僕の作った料理が並べられていた。
『ひょっとしたらこのうちの何かをスプーンで吸いながら食べていたのかもしれない』なんてことも考えたが、そんな汚い食べ方をするのも変な話だと思って、やっぱりキスだろうと結論付けた。
『あんなやつのために料理を作ったんじゃない!』
僕は激怒しながら散らかった皿をキッチンに運び、洗った。
『皿が消えたらどんな反応をするだろうか』そんなことを考えながら僕の寝室に向かおうとキッチンを出ると、玄関の扉があいた。
僕らは目が合った。
そいつは、『やってしまった』という表情で、頭を抱えた。
ジェシカの目には一気に涙が溢れ、涙がキラキラと光っていた。
「違うの!これは、違うの!!」ジェシカが一番最初に声をあげた。
大きな声で僕に向かって叫ぶように言った。
僕は何を言ったか覚えていない。どんな表情をしたのかもわからない。
気が動転したし、怒りが込みあがってきたことは覚えている。
僕は駆け足で自分の部屋に戻って、スマホと預かっていた隣の寮のカギを持ち出した。
足早に玄関に向かう僕に対してジェシカは何度も叫んだ。
「待って!どこ行くの!ねえ、どうしたの?私、あなたが想像するようなことは何もしてないよ!」
僕は泣きながら隣の寮のカギを開け、日本にいる友人に電話した。
一通り愚痴を吐き出して、少しすっきりした後、僕は自分の部屋に戻った。
玄関を開けると、椅子に座っていた2人。
2人は何やら真剣な話をしている雰囲気だった。
僕に気付いたジェシカは「ねえ、お願い、話を聞いて!」と引き留めようとしたが、僕は自分の部屋に入ってドアを閉めた。
しばらくして、ジェシカが大声で話すようになった。
まるで僕に聞こえるように。
会話の内容はケニアの政治についてだった。
『くだらないパフォーマンスだ』なんてことを思っていた。
しばらくすると、今度はジェシカの部屋から泣きながら、本を音読するジェシカの声が聞こえてきた。
やっぱり、僕に聞こえるように。
僕は他の駐在仲間に連絡すると、親しい友人がたまたま起きていた。
彼は僕同様、クラブに行かなかったが、幼い子供が起きてしまったため、早朝にもかかわらず、彼も起きてしまっていたのだ。
僕は愚痴を聞いてほしいとお願いして、こっそり僕の部屋を出た。
すると、ジェシカの部屋のドアが開いていて、キングサイズのベッドの端にあいつが寝ていた。
ジェシカは反対側で泣きながら本を読んでいた。
僕は普段飲まないビールを持って、隣の寮に移って友人に電話した。
友人と店が開いたら飲みに行く約束をした。
僕は店が開くまでまだ少し時間があったため、残りのビールを取りに自分の寮に戻った。
すると2人は起きていて、椅子に座ってなにやらまた真面目な話をしていた。
気が付くと2人がビールを飲んでいた。
『そいつのために僕はビールを買ったんじゃない』と内心怒りながら、少し早かったが準備をして、外に出た。
歩いていけば、店が開く時間になる時間帯だった。
ジェシカはやはり僕を引き留めようとしたが、僕は無視した。
友人と朝飲みをして、気分が少し晴れた。
昼過ぎだったと思うが、寮に戻るとジェシカが座って僕を待っていた。
「どこに行っていたの?顔が真っ赤だけど、大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょ。あんなやつなんか連れてきて。あいつが彼氏ならいいよ?違うでしょ?彼氏アメリカにいるんでしょ?」
『僕は別にジェシカと付き合ってるわけでもないのに、なんでこんなに怒ってるんだろう』と内心情けなく思いつつ、怒りをぶちまけた。
ジェシカは泣き出した。
「わかってる、彼氏がいたのに私はうかつだった。でも信じてほしいの。なにも変なことはやってないよ。私たちが帰ってきたとき、私は彼とタバコを吸っていただけ。嘘だと思うなら、吸い殻が2つあるはずだから、一緒に探しに行こう。」
僕は黙っていた。
「その後だって、私の声聞こえたでしょ?大声であなたに聞こえるように話したわ。その後だって、本を読んでいたの。聞こえたでしょ?」
『そんなことはどうでもいい。あの何かを吸うような音は何だったのか。セックスはしていないかもしれない、でもキスはしたんじゃないか』
そんなことを思いつつ、それを言う権利のない僕は黙るしかなかった。
「僕は、あいつが君のことを狙っていたのを知っている。君とあいつが出会った最初の日から、あいつは君のことをいやらしい目で見つめていた。君には、彼氏がいる。だから僕はあいつとは何も起きないと信じていた。なのに、なんでこんな早朝に2人で帰ってくるの?」
と少し自分を落ち着かせながら聞いた。
「たしかに、あいつはクラブで私を誘ってきたわ。でも、私には彼氏がいるからといってはっきり断ったの。断ったけど、しつこいから、じゃあ家で話すだけならいいよと言って連れてきたの。お願い、信じて。私はそんなひどい人じゃない。」
キスはしたのかしていないのか、問いただす権利もない僕は彼女の言い分を受け入れるしかなかった。
「僕はね、あなたには彼氏がいることを知っていたでしょ。彼氏といても心地よくないというのは聞いていたけど、彼氏がいる限り、あなたには絶対に手を出さないと決めていたの。ましてや、僕は正社員であなたはインターン。歳は同じでも、立場が違う。責任ある者として、僕はどんなに君のことを好きになっても、手を出さないでいたの。それなのに、あんなやつと、そんなに何度も会ったわけでもないあいつと、なんでこの時間に2人で帰ってこれるわけ?」
と言うと、ジェシカは泣き続けた。
「私は、どうしたらいい?」
と聞かれたので
「僕たちは、付き合っていないから、僕が本来怒るのはおかしな話だよね。ごめんね。本当にごめん。もしよければ、このまま友達として付き合ってくれたらうれしい」
と言うと、泣きながら「うん」と言ってくれた。
気づけば夜になっていた。
ジェシカは泣き疲れてソファの上で寝てしまった。
まだ、眠りは浅かった。
その時、彼女に触れれば、いきつくところまでいきつく気がした。
でも僕はこらえた。
しばらくして、彼女の寝息が聞こえてきた。
夜は冷える。
僕は自分の寝室から掛け布団を持ってきてジェシカにかけた。
僕は翌日から出張だったため、自分の部屋に戻って寝た。
早朝、ドライバーが迎えに来てくれた。
リビングにはすでにジェシカはいなかった。
ドアを開けたまま、ジェシカは自分の部屋で寝ていた。
僕は金曜日の午後に寮に戻る予定だった。
ジェシカは金曜日の午前に首都へ向かう予定でった。
『もう、会うことはない』
寂しい思いを胸に、僕は出張に出かけた。
出張中、僕はジェシカのことが気がかりで、仕事ができなかった。
ドライバーに相談して、僕は出張を切り上げて、木曜日に寮に戻ることにした。
寮に戻ってリビングでジェシカを待った。
彼女が帰ってくると僕を見て驚いた。
喜んでくれると思った。
でも、ジェシカは既に前を向いていたのだろう。
眼差しが出会ったころの彼女のそれに戻っていた。
最後の夜の記念に、2人でご飯を作ろうということになった。
一緒に作ったスパゲッティはあまりおいしくなかった。
あっという間に金曜日の朝になった。
僕は在宅勤務にして、ジェシカの出発を寮で見送った。
きれいに晴れた日だった。
リビングでジェシカを待っていると、ぱんぱんに膨れ上がった重そうなスーツケースを引きずってきた。
「手伝おうか?」
「大丈夫・・・!」
彼女のスーツケースが車に乗ると、僕らはハグをして「またね」と言って別れた。
門が開いて、車のエンジン音と共に、彼女は去っていった。
リビングを見渡すと、「しん」と静けさが漂っていた。
ジェシカの部屋を覗くとジェシカの物がすべて消えていた。
ふとゆかに目を落とすと、彼女が使っていたヘアゴムが一つ落ちていた。
それを拾うと、寂しさがこみあげてきた。
リビングのテーブルの端に、メモが残されていることに気が付いた。
1つは、クリーナー宛だった。
もう1つは、僕宛だった。
「最初男の人と2人きりで寮に暮らすと聞いた時、そんな馬鹿なと驚いたの。正直、不安だった。でも、あなたは私のためにシャワー付きの良い部屋を空けておいてくれた。私のために、買い物に何度も付き合ってくれた。きっとあなたはみんなに親しまれる良い上司になる。だから自信を持ってね。あなたと生活ができて幸せでした。 p.s水道水をうっかり飲むのはやめてね笑」
僕は彼女のメモにとても温かい気持ちになった。
僕たちは、なにもなかったけど、多分両想いだった。
自信過剰とかうぬぼれとか言われるかもしれないけど、彼女の眼差しと話し方は多分、そうだった。
後日、僕は駐在員の集まりに勇気を出して参加した。
普段は自分から参加することはなかったのだが、ジェシカがいなくなって寂しかったのだ。
そしてなにより、僕は彼女のおかげで、人に興味を持つようになっていた。
アメリカ人なんてみんな同じようにコミュニケーション能力が高いと思っていたが、そうではないと気付いたからだ。
駐在員の集まりには、いつだってあいつがいた。
あいつは珍しく参加した僕を見て、申し訳なさそうな顔をして、無言で僕の肩を組んだ。
「悪かった」とでも言いたいかのようだった。
僕は『ふん・・!許すもんか』なんて思いつつも、なんだかんだそいつを許すようになった。
駐在員の集まりで、何度かジェシカの話題になった。
しかし、ジェシカはもともとあまり参加していなかったこともあり、彼女の名前を憶えていたのは結局僕だけだった。
そんな僕とジェシカは、その後も2年近く連絡を取り合った。
だいたいはジェシカの愚痴を聞いていた。
時々、すぐに返事をしないでいると「なんで返事くれないの」とすねていた。
『かわいいなあ』と思いつつも、僕ももう、前を向いていた。
少しずつ連絡を取る頻度が減っていき、もう今は、何も連絡をとっていない。
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