22 従姉、トリートメントする

 うーちゃんは二つ返事でみひろさんにOKを伝えたわけだが、そのあとしばらく悩んでいた。

 うーちゃんがダンジョン配信を観るようになったのはそう昔のことではない(高校に進学してスマホを買ってもらってからだという、きょうびスマホが高校生からとはどういうことだと思った)ので、カジーさんという人がどんな人なのか知らない。ダンジョン配信をしていて、大怪我をする放送事故を起こし、引退に追い込まれた人なのだということしか知らない。

 ひこまろにーさんはアーカイブが残っていて、ダンジョンで未知なる美食を追い求めた変わり者だということは理解しているようだが、実際に会ってなにを話すかまではイメージできないようだ。

 なにより蓮太郎さんに会ってなにを話すか、全く想像ができないのだという。


 僕は梶木さんに助けを求めた。梶木さんは大して悩むこともなく、カジーさんについてのもろもろを教えてくれた。レポート用紙に要点をまとめてうーちゃんに渡すと、うーちゃんは鼻のあたりにしわを寄せた。


「なしてレポート用紙なのだあ。勉強さへられるみたいでねっか」


「事実勉強じゃん」


「しかし有識者さんはなしてそんた昔のこと知ってらんだ?」


「……有識者さん、梶木さんって名前でさ」


「まさか、カジーさんの子供だか?」


「うん。すごく勉強が得意で、カジーさんが稼いだから大学まで進学できるらしいんだ」


「あいしか……」


 よくわからないが可哀想だと思ったらしい。


 うーちゃんはそのあと、次の週末に買い物に行きたいので一緒に行かないか、と言ってきた。おしゃれな服が欲しいのだという。

 僕では頼りないので援軍として梶木さんを呼ぶことにした。もちろんOK! と喜びを示す謎のキャラクターのスタンプが返ってきた。


「うーちゃんはどんな服着たいとかあるの?」


「うーん……ダンジョンだばアクティブに動くから、清楚で品のいい服が着たい」


 それを梶木さんに連絡しておく。そういうわけで週末、梶木さんのリストアップしたお店に向かうことになった。梶木さんと駅で合流する。


「おお……生うーちゃんだ……実在していた……」


「おお……生有識者さんだ……実在していた……」


 お互い変なリアクションののち、梶木さんがよく来るといういかにも品のいい服を売っている店に入る。流行よりはスタンダードでシンプルな感じを優先しているようだ。


「うーちゃんさんは色が白いから、ぱきっとした色の服が似合うと思いますよ」


 梶木さんは早速きれいな青のワンピースをうーちゃんに当てた。うーちゃんもそれを気に入ったようだ。ノースリーブなので上に羽織る白いカーディガンも買う。

 別のお店に移動して、ハイヒールのパンプスを買う。紺色の、質素だけどおしゃれに見えるやつだ。うーちゃんは大変機嫌よく、ちょっと頑張った値段の靴を買った。


「東京で服だの靴だの買うと高いんだなあ」


「え、わりとふつうの値段ですよ?」


「地元で服売ってらとこってユニクロかしまむらくらいだったいに……」


 あんまりなのであった。


 さすがにバッグまでは手が出なかった。でも梶木さんがおめかしするときのバッグを貸してくれることになった。そのまま僕のアパートになだれ込んでおやつタイムをした。うーちゃんは手際よくホットケーキをぽいぽいと焼く。


「うーちゃんさんってめちゃくちゃ料理上手いですよね」


「なもだぁ。あたしの母さんだば味噌から自作したど」


 味噌。それって自作できるものなのだろうか。梶木さんは目を白黒させている。


「お料理配信も需要あるんじゃないですか?」


「え、手じゃま悪くて恥ずかしいでゃ」


 よくわかっていない梶木さんに、「手際がよくなくて恥ずかしいって意味」と説明する。


 みんなでホットケーキを食べた。それからしばらくおしゃべりをして解散した。カジーさんがどんな人なのか、ひこまろにーさんがどんな人で梶木家とどういう交流があるのか。

 事故の前はみひろさんがよく梶木家に来ていたけれど、いまはすっかり疎遠だとか。


 配信は来週、生でやるらしい。うーちゃんは買ってきたばかりの服をハンガー(本人は「えもんかけ」という)にかけて壁に吊るす。

 次の日梶木さんが学校でこっそりとバッグを貸してくれた。本当に品のいい、革のハンドバッグだ。きのう選んだ服にピッタリである。


 アパートに帰るとうーちゃんはいなかった。ダンジョンに行くとは言っていなかった。大事な配信の前に怪我をするのはよくないので行かないとまで言っていたはずだ。

 とりあえず課題を進めていると、うーちゃんが帰ってきた。髪がとても整っている。ボリュームがあったのを減らしてトリートメントしてきた、と言っていた。


「東京のおしゃれな美容院ズのは高いなあ」


「いくらかかったの」


「……3万円」


 確かに思い切ったな、と思った。でもきれいにしたいという気持ちは尊重しなくてはならない。

 どうやらうーちゃんはこれで財布がすっからかんのようだ。当面、しばらく崩していなかった、親からの食費を崩して食費にあてることにした。


 そして、最後のみひろチャンネルへの出演の日、うーちゃんはとびきりのおめかしをして出かけていった。僕は梶木さんと、喫茶店で視聴することにした。

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