21 従姉、糠床を死なせる
日曜日、僕は梶木さんといつもの喫茶店にいた。うーちゃんねるをタブレットで流しながら作戦会議をする。
「みひろコラボみたいなでっかい仕事があれば、うーちゃんも元気出るんじゃないかな」
梶木さんは優雅にコーヒーをすすった。大変絵になる。
「あのときは本当に楽しそうだったからなあ……でも僕らが作ろうとして作れる仕事じゃないし」
「それはそうなんだよね……みひろも引退するんじゃないかって噂だし」
「……え?」
知らなかった? と梶木さんはキョトンとする。
「SNSでときどき言ってるよ。配信は近いうちにやめて、ダンジョン学に貢献する仕事がしたい、って。こないだのダン博が大きかったみたい。ただしはっきり辞めると言ったわけではない」
「そうなんだ」
まあ僕らの親に近い世代ならダンジョン配信を辞めるのも仕方がないことかもしれない。だとしてもそれを知ったらうーちゃんが落ち込むのは必至だ。
うーちゃんは最近少し元気を取り戻したものの、糠床をかき混ぜ忘れて死なせたり、夕飯のおかずにスーパーのお惣菜が増えたり、あきらかに不調のようである。
もちろん100パーセント手製のおかずにせよというわけではない、お惣菜だってぜんぜん構わない。でも以前は楽しくやっていたことをできなくなってきたというのは心配だ。
ダンジョン配信のほうも最近は口数が減ってしまい、ちょっと寂しいねとファンにも言われていた。げんに、いまテーブルの上で流れているうーちゃんの配信のチャットは、うーちゃんに楽しいおしゃべりを望む声がたくさん流れている。
うーちゃんは戦っているのだ。自分が無事にダンジョン配信をしている、という罪悪感と。
うーちゃんの孤独は僕には分からないし埋められない。あの景気よく絶叫する蓮太郎という配信者のことを、うーちゃんは好きだったと認めた。好きな人と同じ志で繋がっていたのに、それが絶たれた絶望感や罪悪感は想像すらできない。
あの楽しそうに自宅でおしゃべり配信をしていたうーちゃんとは、別人になってしまったような気がする。
なにか気合いの入る大きい仕事をぶつければ、うーちゃんも張り合いというものを取り戻すのではないか。梶木さんと僕はそう結論して、喫茶店から解散した。
◇◇◇◇
帰ってくるとうーちゃんはまだ戻っていなかった。そろそろ第4層にアタックするつもりなのかもしれない。
思えば最近、新しい装備品を見せびらかすこともなくなった。梶木さんのタブレットで見たうーちゃんは見慣れない装備品を着ていたのに、僕に見せびらかすことはなかったように思う。
課題のレポートやらなんやらをやっていると、ガチャガチャと玄関が開いてうーちゃんが帰ってきた。
表情は暗くない。でも疲れた雰囲気がする。もしかしたらダンジョン配信そのものに疲れてしまったのかもしれない。
「うーちゃんおかえり」
「ただいま、あーくん」
うーちゃんは手を洗ってから、糠床を混ぜ始めた。ストレスをぶつけるようにぐいぐいと糠床をかき混ぜている。
「無理にやることないんじゃないの」
「糠床は毎日かまさねば死んでしまうのだあ」
「そうじゃなくて。ダンジョン配信」
「……え?」
「だから、やっててつらいなら無理にやらなくてもいいんじゃないの、って話。東京はいろんな仕事があるから、高卒でも勤められるところがいっぱいあるんじゃない?」
「いや……あたしは……ダンジョン配信がしたい」
「じゃあ視聴者のチャットとかそういうの見るべきだよ。興味ないならいいよ、その程度の覚悟しかなかったってことなんでしょ?」
「なして、そんたら冷たいこと言うんだ?」
「ダンジョン配信は夢なんだよ、ダンジョンに行けない人間が見る夢なんだよ。うーちゃんはその夢の一部なんだよ。僕はうーちゃんのおかげでダンジョン配信に興味を持ったし実際観た、それで思ったのがダンジョン配信は夢ってことだ!」
うーちゃんは気圧されているようだった。ちょっとでっかい声を出しすぎた気がする。
「ごめんうーちゃん、でっかい声で」
「いいんだ。あーくんは間違ってない。あーくんは正しい。んだな……ダンジョン配信は夢。んだな、やるしかない……でも、ちょっとこやいんだ」
「こ、こやい?」
「あー……秋田の言葉で『疲れた』ズ意味だ。あたしは少し疲れてらんだ。本当は元気いっぱいダンジョンに潜りたいよ、でも疲れてしまった。だから……ごめんね、あーくん」
「……いいんだよ。うーちゃんは悪くない。強く言った僕がよくなかった」
「うん……ちょっとスマホ見ていっか?」
「いいよ。なにも遠慮しなくていいんだよ?」
「なんか通知がぴこぴこ来てあったんだ。ん? みひろさんからDM来てらな。……え?」
「どうしたの?」
「みひろさん、ダンジョン配信引退するんだどや……んだべな……で、最後の配信サ出てほしいって……カジーさんとひこまろにーさんサ会いに行くって……蓮太郎さんも誘うって……これ、すこたま大きい案件でねの?」
梶木さんが仕組んだのだろうか。
そこは分からないが、カジーさんというのは梶木さんのお父さんだ。なにかが起こる予感がする。
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