20 従姉、寂しげに笑う
うーちゃんはいささか空元気気味にダンジョンに向かった。きょうは学校の創立記念日で僕はお休みだ。
梶木さんからメッセージが来ていた。
「一緒にダン博いかない?」
ダン博?
一瞬なんのことかわからなくて、でも「ダンジョン博物館」とかそういうものがあることはうっすらわかった。
「ダン博って博物館かなにか?」
「かはくでダンジョン博っていう企画展やってて虻川くんなら行くって言うかなって思って」
「面白そう 行くよ」
「よしきた」
愉快な語彙だ。
というわけで梶木さんと上野駅で待ち合わせをして、国立科学博物館、通称かはくに向かった。でっかく「ダンジョン博」と看板が出ている。
けっこう賑わっている。それこそ老若男女問わずいろいろな人が企画展のチケットを買っている。
博物館なんて小学生以来だ。なんとなくウキウキワクワクする。
企画展「ダンジョン博」は、第6層までの探索で得られたアイテムが解説つきで展示されている。レッドドラゴンの鱗とか、ファイアグリズリーの毛皮とか、あやしい果物とかそういうものから始まって、どんどんすごいアイテムが並ぶようになっている。
解説を担当したのはみひろのようだ。結構頭のよさそうな、ちゃんとした文章で綴られている。
「みひろはダンジョン配信者としては最古参の部類に入るし、奥に進んでる人だからね。ああ見えてけっこう一流の大学出てるんだよ」
「へえ……」
見ていくとガルダの爪が展示されていた。火炎袋とやらも一緒だ。火炎袋はともかく爪は実に禍々しい。これに引っかかれたら絶対死ぬ。そういう感じだ。
こういうやつとうーちゃんは戦ったのか。
蓮太郎さんはこの火炎袋から出た火で大怪我したのか。
涙がわいてきた。必死でこらえる。だって目の前では梶木さんが楽しそうにしている、「これがガルダの爪かあ」なんて言っている。
「……うん」
気付かれないように涙を拭いた。ダンジョン博は少々センチメンタルな気持ちにこそなったものの、とても楽しく見ることができた。レストランでコラボメニューをやっていて、そこで僕と梶木さんは「あやしい果物風パンケーキ」を注文して食べた。バナナとクリームの挟まったパンケーキ、というだけだったが、小さいころ秋田の祖父母の家で食べたバナナボートにわりと似ていた。田舎甘くはなかったが。
食事のあと、上野公園に向かう。適当なベンチに腰掛けて、梶木さんはタブレットを取り出した。
「うーちゃんねる観ようよ」
「うん」
うーちゃんが第3層をコツコツ進む様子を見る。わりと大きめのモンスターを相手に戦っている。梶木さんが言うには「このグレイキメラは第3層の分水嶺だからね」とのことだった。
うーちゃんはグレイキメラとやらをめためたにやっつけて、アイテムを剥がしはじめた。
「思うに、蓮太郎が足手まといだったんだと思うんだよね」
「……え?」
梶木さんは持論を展開しはじめた。
「うーちゃん一人なら後ろを気にしたりしないでガルダ相手にも戦えたんだと思うんだ」
「そういうものなの?」
「そうなんじゃないか、って話だけど……みひろがソロ探索しはじめてからどんどん奥に行くようになったのは確かだよ。仲間と潜るってやっぱり難しいんだよ」
「そっか」
「でもだれも守ってくれないのは、きっと寂しいよね」
「……そうだね」
配信をしばらく観たあと、僕と梶木さんは解散した。アパートに帰ってきて、僕はまた「うーちゃんねるを語るスレ」を見る。みんなパソコンで二窓しながら書き込みしているらしい。淡々と実況が流れてくる。
「うーちゃんめっちゃ口数減ってる……訛ったしゃべりが好きだったのに」
「そりゃ口数減るほどショックだよあんな放送事故」
「うーちゃんの訛りと蓮太郎の絶叫、もうお馴染みだったもんなあ……」
「それでもダンジョンに潜るっていうのは熱いよね」
「すごく熱いと思う」
「うーちゃんがんばれ……!」
みんなうーちゃんを応援している。
うーちゃんだって頑張っている。
僕も、頑張らねば。
勉強しているところにうーちゃんが帰ってきた。夕飯の食材もいろいろ買い込んである。うーちゃんは楽しそうに、でもちょっと頑張った調子で、きょうのダンジョンの話だとか料理の話だとかをし始めた。
僕はなるべく穏やかに、その話に相槌を打ったり笑ったりした。心配だったからだ。
「心配してらべ」
「そりゃ心配するよ。無理してない?」
「無理してらわけでねんだばって、どうしてもやっぱりな……」
うーちゃんはちょっと寂しげに笑った。
うーちゃんに発破をかけねばならない、と僕は思った。そう思っていると梶木さんからメッセージがきた。
「蓮太郎ダンジョン配信廃業するんだって」
だろうなあ、聞かされた怪我の規模を思うと。
僕は梶木さんに尋ねてみた。
「それを聞いたらうーちゃん落ち込むと思うんだ なにかで発破をかけなきゃいけないんだと思う」
「いいね 発破大作戦だ ニチアサのヒーローの背景みたいに盛大に火薬を爆発しないと 近いうちに作戦会議しよう」
「了解」
梶木さんとメッセージのやり取りをしているうちに、うーちゃん特製のチキンステーキとナスの味噌炒めが出来上がった。梶木さんの言っていたことは伏せたまま、うーちゃんと夕飯を食べた。うーちゃんはやっぱりまだ頑張っている笑顔だった。
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