19 従姉、カップ麺をすする
だんだんと季節は夏に向けて進んでいた。
うーちゃんは最近では金属スライムを狩りにいって、装備品代を稼いだり、蓮太郎さんとときどきコラボ配信をしたりしていた。蓮太郎さんは別にうーちゃんに都会女子を求めてはいないらしかった。
僕は平和に高校生をやっている。なんの問題もない平和な生活である。
ただ学校からの帰り道、いつも列車のなかで「うーちゃんねるを語るスレ」を見ている。シンプルにうーちゃんが心配だからだ。きょうはどうしているかな。見てみるとなにやらざわついていた。
「このスレで話すことじゃないけど蓮太郎これヤバいのでは……?」
「再起不能クラスの怪我じゃない? うーちゃんその現場にいて蓮太郎担いで逃げたわけでしょ? うーちゃんきっとすごくショックだよ」
「まさかうーちゃん配信やめたりしないよね……?」
何かあったらしい。アパートにたどり着くと梶木さんからメッセージが来ていた。
「蓮太郎がコラボ配信の最中にガルダに叩きのめされた 第3層にガルダが出るなんて聞いたことない」
「ガルダってどんなやつ?」
「バカでっかい鳥人間のモンスター 火噴いたりする ふつうは第4層より奥にしか出ない」
そんなの相手ではうーちゃんと蓮太郎では勝てないのは目に見えている、いや見てないけど想像がつく。とにかく制服から部屋着に着替えて、うーちゃんの帰りを待つ。
うーちゃんは深夜になっても帰ってこなかった。もしかしたらきょうは帰ってこないのかもしれないな、と、勉強で夜更かししつつ思った。いちおうカップ麺のデカ盛りのやつを食べたので胃は満たされているが、むしょうにうーちゃんの料理が食べたかった。
だめだ。もう寝よう。僕が心配してどうにかなることじゃない。そう思っていると玄関がガチャガチャ鳴った。うーちゃんだ。
「おかえり」
「ただいま」
うーちゃんは泣き腫らした目を隠すようにして俯いていた。手洗いをして、やかんでお湯を沸かし、カップ麺をすすって、ぱったりと寝てしまった。
深く話は無理に聞くまい。話すことがあるのであれば、その気持ちになったとき自分から話すだろう。
次の日起きてきたらうーちゃんはまだ寝ていた。起こすのも可哀想なのでそっとしておき、トーストを焼いてインスタントコーヒーで流し込み、昼はコンビニ飯にしよう……とアパートを出た。
近くのコンビニでカレーパンを買い学校に向かう。梶木さんが心配そうな顔をしていた。スマホのメッセージアプリで話をする。
「うーちゃんどうしてた?」
「きのうの日付が変わったころに帰ってきてその後はずっと寝てた 僕が家を出るときも寝てた」
「そっかあ……蓮太郎SNSに再起は厳しいかもしれないって書いてた」
「どういう怪我をしたの?」
「右脚の膝から下が消し炭になった」
聞くだけでゾッとするような怪我であった。うーちゃんはすごくショックだろうな……と思う。
「ただちぎれただけならくっつけられるらしいんだけど」
そういう問題ではないのだ梶木さんよ。
「たぶんうーちゃんはうちの父が引退したときのみひろみたいな気分だと思うよ」
そうだろうな……。
僕は思った。
「そういう人たちを救うためにダンジョン学やるよ」
「そうだね わたしもそうだ」
その日もふつうに1日過ぎた。アパートに帰ってくるとうーちゃんは布団に寝転がって、スマホで蓮太郎さんのアーカイブを観ていた。蓮太郎さんの動画は景気よく絶叫するのですぐに蓮太郎さんだとわかる。
「ただいま」
「あー……おかえり」
「晩に食べたいものなにかある?」
「……え? きょうは昼に終わったんでねえんだか?」
「うーちゃん、いま昼じゃないよ。もう夕方」
「あいしか……午後からちゃんと買い物行こうと思ってあったのに。あっ、糠床かましてない」
うーちゃんはのそのそと起きてきた。いつもの部屋着を着ている。
糠床を丹念にかき回し、普段着に着替えて、うーちゃんは買い物に出かけた。そして珍しく、お惣菜のアジフライを買ってきた。
「お惣菜でごめんしてけれな」
「うん、大丈夫」
アジフライを食べるうーちゃんの手はたびたび止まる。ショックだったのがよくわかる。
「結局蓮太郎さんのことが好きであったんだなあ。やまたろうから庇ってけだし、優しいし、ずっと励ましてけだし」
「なんだ、素直に認めるんだ」
「んだ。そうとしか言いようがない」
「……ダンジョン、怖くなった?」
「イレギュラーが起きるのがダンジョンだズことは分かってらんだ。なにが起きても自己責任。だばって……怖くはねえけどしばらく行きたくないかなあ」
僕は少し考えて言う。
「うーちゃんとみひろさんがあやしい果物食べる配信観てるときに思ったんだけどさ、ダンジョン配信って『ダンジョンに入れない人にダンジョンっていう冒険の世界を見せる』ものだと思うんだよね」
「……ほう」
「だからたぶんさ、蓮太郎さんは仮にダンジョンに戻れなくなっても、うーちゃんがダンジョンに行くのを喜んでくれると思うんだよね」
「んだべか」
「いや断言はできないんだけどさ。ダンジョンって、ダンジョン配信って、そういうものだと思うんだ」
「……んだな。よし! 明日から頑張ってみる!」
「でも本当に無理はしないでね。こっちは怖くてしょうがないんだから」
「結局ダンジョンに行けばいいのかいかねばいいのか分からねえでねっかあ、あーくん」
うーちゃんは笑顔になった。でもそれは頑張っている、とわかる笑顔だった。
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