18 従姉、糠漬けを作る

 さて。

 うーちゃんが来て僕のアパートに居着いて、しばらく経った。僕は高校2年生になり、親と電話で相談して進路調査にダンジョン学を学べる大学の名前を書いた。なんと梶木さんも同じ大学を志望しているらしい。

 その話を聞いたときはウキウキとドキドキが同時にきた。ドキドキのほうは「僕には分不相応な難関校選んじゃったんじゃないの……?」というあまり嬉しくないドキドキだ。

 しかし梶木さんが進路指導の先生に「梶木、お前ここなら楽すぎるんじゃないのか? もうちょっと難しいところでも行けるんじゃないか?」と言われているのを見かけたので、梶木さんにとって楽すぎるなら僕にはちょっと難関くらいの感じなのであろうと納得した。進路指導の先生にもやっぱり「ちゃんと頑張れば大丈夫だと思うぞ」と言われた。


 さて、うーちゃんは第3層へのアタックを成功させ、蓮太郎さんとのコラボ配信もときどきやるようになった。

 うーちゃん曰く「恋人でねぇ。仲間だぁ」とのことだが、どこまで本当やらさっぱりわからない。

 きょうも帰り道、「うーちゃんねるを語るスレ」を見ていると、なにやらまたやまたろうと出くわしたのであろう、という話題が並んでいた。


「蓮太郎見直したよ、ただの顔と絶叫のいい配信者だと思ってた」


「やまたろうって昔そこそこの実力者だったから、パワーで脅されたら蓮太郎ビビると思ってた」


「なんでやまたろうは真っ当な配信やめちゃったんだろうな……それはそれとしてきょうの蓮太郎はカッコよかった」


 うぬぬ……。

 蓮太郎さんがなにかかっこいいことをしたらしい。帰ったらうーちゃんを詰めよう。そんなことを考えながら帰宅した。


「あーくんおかえり」


「ただいま。きょうはダンジョンどうだった?」


「それがや、やまたろうと出くわしてや……したっけ蓮太郎さんがやまたろうからあたしを庇ってくれたのだぁ。蓮太郎さん、やまたろうがあたしに触ろうとするのを『それはセクハラじゃないすか』って追っ払ってくれたのだぁ」


 なるほど……。


「もう付き合っちゃえばいいじゃん」


「おん?」


「……なんでもない。それよりなにそのジップロック、土?」


「糠床。これサ野菜を漬けるとあら不思議、絶品の漬物サ化けるのだ」


 うーちゃんはにっと笑った。糠床なんてどこで手に入れたのだろう……。

 うーちゃんは糠床にドンドコドンドコ春野菜を押し込んでいく。うーちゃんの漬物は現実離れしておいしいので、期待しかない。

 しかし糠漬けってジップロックでできるのか。てっきりツボとかそういうのが必要だとばかり思っていた。


 その日の夕飯はカレーライスだった。けっこうからい。うーちゃんはからい食べ物が好きらしい。がっつり牛肉の入った立派なカレーである。ありがたくいただく。

 うーちゃんのおかげで食生活の水準が大きく上昇した。うーちゃんが来るまで、自炊する食材や調味料を揃えることを考えると、赤札になっているスーパーやコンビニの出来合いの食品を買ってくるほうが圧倒的にコスパがよかったのである。

 うーちゃんはそもそも料理が好きだから、うまく続けていけるのだろう。


「あしたはどうするの?」


「第3層で安定してきたったいに、無理のない程度にドロップ品集めだぁ。蓮太郎さんに教わったんだばって、第3層のはずれのあたりに金属スライムが大量出現するエリアがあるらしいんだ」


 金属スライム。強くはなさそうだが貴重そうだ。話を聞くとまさにそういうモンスターらしく、いま鉱物資源として研究が進んでいるそうだ。


「あしたも、蓮太郎さんと行くの?」


「うんにゃ? 1人だぁ。蓮太郎さんは明日は本業があるんだどや」


 本業。なんの仕事をしているかちょっと気になるがそれはうーちゃんも知らないらしい。

 カレーライスを平らげたらスパイスでおだやかな気持ちになり眠気がこみ上げてきた。すかさずうーちゃんはコーヒーを淹れて出してきた。いい匂いがする。ほのかな酸味ときりっとした苦味がおいしい。


「おいしい」


「そいだばよかった」


 コーヒーで目が覚めたところで課題を始める。なんとしても梶木さんと同じ大学に入りたい。そう思うと勉強がはかどる。

 最近ではもううーちゃんがダンジョン配信を観ているリビングでも勉強ができるようになった。授業解説動画はスマホで観ている。

 うーちゃんは僕の知らない配信者の動画を観ていた。うーちゃんとあまり歳の変わらない、いかにも東京の若い女の子然としたダンジョン配信者だ。

 長い髪を金と青のグラデーションに染めていて、かわいいピアスをつけて、カラコンで目をバチバチにしている。うーちゃんみたいな日本美人とは正反対のタイプで、海外のアイドルのような印象を受ける。


「やっぱりネココちゃんは可愛いな……あたしも髪こういういんた色にせばいいんだべか」


「うーちゃん、それはだめだ」


「なしてだ?」


「うーちゃんのいいところはいかにも清楚な黒髪と日本美人の顔だ。無理に派手にする必要はない」


「んだか? 蓮太郎さんにこのチャンネルおもすれえがら観れってオススメされたんだばって、それってこうなれってことでねんだか?」


「……わからないけど、仮に親しい女の子を自分の好みに変えてやりたいって思うやつなら、そいつはやなやつだよ」


 僕は真面目に話した。うーちゃんはしみじみと納得していた。


 そんな感じで、平穏に毎日が過ぎていった。

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