16 従姉、ポジティブに頑張る
うーちゃんはさっさと寝てしまった。結局ろくな注意喚起ができなかったので、ルーズリーフに走り書きしておく。
「有識者さんによるとうーちゃんに絡んできた迷惑系は戦利品泥棒をやったりするらしいので、できれば明日から違う入り口で潜ったほうがいいそうです」
そう書き残して、そろそろ寝るか、と布団に入る。なんとなく疲れていたせいかよく眠れそうだな……と思ったら4時半にシャッキリと目が覚めてしまった。このまま二度寝したら寝坊不可避なので、なんとか起きてコーヒーを沸かして飲む。
気になったので「うーちゃんねるを語るスレ」を覗いてみる。
「うーちゃん、やまたろうに目つけられたってマ?」
「よりによってやまたろうかあ……」
「やまたろうはマジでヤバいからな……目立ってる配信者見つけると徹底的に潰してくるよな」
「俺いまも昔の推しがやまたろうに潰されたの恨んでるよ」
「やまたろうのなにが悪質ってボディカメラだけで撮影して自分の顔映さないところなんだよな」
「うーちゃん、みひろとコラボして急に人気配信者になっちゃったからなあ」
「まだ第2層で頑張ってるだけなのにここまで人気になるからうーちゃんはやっぱりすごいんだよな」
「すごいからやまたろうに目ぇつけられたんだよなあ……」
そんなにヤバいのかやまたろう。こんなのどかな名前なのに……。
おっといけない。勉強をする。課題だけでなく自習用のプリントも進める。
勉強というのは僕にとって行きたいところに行く手段だ。ダンジョン学を学べる大学はどこも難関である。頑張らねば。
「おはようあーくん……もう起きてらんだか。早起きだなあ」
「うん、なんだかぐっすり眠れなくて、変な時間に起きちゃって。二度寝したら寝坊するから」
「そっかあー。いま朝ごはんと弁当こしぇるから待ってれ」
うーちゃんはやっぱりてきぱきと料理を始めた。うーちゃんも早起きするなら書き置きを残す必要はなかった。ので、書いたことを説明する。
「えっ、あの迷惑系ってそんたヤバい輩なんだか」
「うん。掲示板見てみたら流行りの人気配信者を潰して回るやつだって話題になってた。実際に廃業した配信者もいるみたいだ」
「うへえ……」
「たぶんいつも潜るところが同じだったから行動を読まれたんだよ。今日からは適宜変えるのがいいと思うけど」
「東京、電車の路線が多すぎて何が何やら分からねんだ……」
グーグルマップを使え、と言っておいた。うーちゃんは解せぬ、の顔をしている。
「あ、でも預けた武器取りに行かなきゃいけないのか」
「武器だば預かり所サ連絡せば別の入り口サ運んでもらえるよ。そうだなあ……スカイツリーの入り口から潜ってみるべかの」
ポジティブに頑張っている。すばらしい。うーちゃんは預かり所に連絡を入れたようだ。
さあ、きょうもきょうが始まる。うーちゃんの作った新玉ねぎの味噌汁と納豆ご飯をもぐもぐ摂取して、僕も家を出た。
◇◇◇◇
学校に着いたら卒業式の看板が出ていた。そうか、きょうって卒業式だったのか。さっぱり忘れていた。まあ卒業式は3年生だけで1、2年生はふつうに授業である。そういうところなのだ、この学校は。
部活というシステムはなく、学園祭や合唱コンクールや弁論大会や運動会や球技大会もない。ひたすら勉強するところ。それがこの学校である。
それくらい頑張らないと未来はないということだ。あ、でも2年生の秋に修学旅行はあるな。京都奈良を巡る、実質日本史の授業みたいなやつが。
なんにせよ楽しいイベントというのはほぼ皆無だ。うまくいけばの話だが、進学がこの学校におけるいちばんの楽しいイベントなのだと思う。
梶木さんとすれ違う。梶木さんは一瞬僕のほうを向いたので、目線を返しておいた。
ささやかな交流だがとても幸せだ。みながライバルだと教え込まれるこの学校のオアシスだ。
勉強、頑張ろう。ダンジョン学を目指そう。それが僕のやりたいことだからだ。
きょうも昼休みにうーちゃんの作ったおいしい弁当をモグモグした。全体的に茶色いのだが期待を裏切らない味だ。
食事のあと図書室に向かうと梶木さんが本を読んでいた。速読というやつなのか、すごいスピードである。
「あ、虻川くん」
「こんにちは」
「うーちゃんどこから潜るって言ってた?」
「スカイツリーだって」
「そっかあ。あそこからなら第2層はわりと近いから、奥に進んでいくチャンスかもね」
「そういうものなの?」
「うん。スタート地点で次の層までの距離は変わるから……」
「掲示板見てみたらやまたろうがヤバいやつみたいでビックリしたんだけど、潰されて廃業した配信者がいるって本当?」
「そうなの!? 迷惑系は見ようと思わないからなあ……あっほんとだ。3年前にネオンっていう若手配信者が潰されてる」
梶木さんはすごい速度でスマホを操作して、やまたろうが潰した配信者について検索した。どうやら一人二人でなく、結構な数の若い配信者が、やまたろうの執拗な嫌がらせと恐喝行為で潰されているようだ。
「これ警察は動けないの」
「ダンジョンは『理』が違うから警察の手が及ばないんだ。ダンジョンを出たところで絡まれたなら別なんだろうけど……」
うーちゃんがなんとか人気者になって安心したというのに、心配のタネが増えてしまった。その日もなかなかの上の空で過ごしたが、5時間目6時間目は自主的な復習だったので叱られずに済んだのだった。
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