15 従姉、ぼんやりする
月曜日の学校は、どんなに学びへの意欲に溢れた生徒ばかりでもどうしてもドヨンドヨンする。しょうがないことなのだと思う。先生がたもドヨンドヨンしているように思う。
廊下で梶木さんとすれ違った。相変わらず娯楽に読むにはハードそうな哲学書をかかえている。周りに気づかれない程度にサムズアップを向けてきたので、サムズアップを返した。
新学期には進路調査があるのだろうか。ダンジョン学を学ぶのによさそうな大学をいくつかピックアップしてはいる。それでもダンジョン学と言ったら怒られるのだろうか。
もう3学期も今週で終わりだ。なんだかすごくあっという間だった。それもこれもすべてうーちゃんのせいだ。
きょうもいつもどおり詰め込み教育の犠牲にされて(もっとも復習の部分も多いのでそこは問題はないのだが……)、昼休みになった。梶木さんを見る。やっぱりゼリードリンクをぐびぐび飲んでいる。あんなのでお腹は空かないのだろうか。
僕はうーちゃん手製の弁当をぱくぱく食べながら、その茶色いながら栄養バランスの整った弁当に愛を感じていた。
うーちゃんは確かに勉強の妨げだし、無茶なことばっかりするから心配だし、できればダンジョン配信をやめて真っ当な職につくか自分でアパートを探してそこで一人暮らししてほしいのだが、ここまで愛の詰まった弁当を用意されるとそれも酷な気もする。
食後、図書室をふらふらしていると、梶木さんと出くわした。これまた難解そうな本を返却して難解そうな本を借りていた。
「あ、ちわ」
梶木さん、「ちわ」て。すごい挨拶だ。
「なんかいいね、ちわ」
「うん。ちわ。『こんちー』でもいいよ。昔のみひろの配信開始のあいさつ」
「あははは……」
「うちの父がさ、土曜日のみひろとうーちゃんのコラボ動画泣きながら観てたんだ。家に帰ったら手料理持って遊びにきてた彦谷さん……ひこまろにーと泣きながら観てた。母も泣いてた。だからよそで、家族じゃないひとと観たかったんだ」
「それは……なんていうか」
「すごいよね、みんなの夢なんだよ、ダンジョンって」
「……みんなの夢」
そんな壮大なものに関わっていいのか分からないけれど、ダンジョン学を学びたい、というのは僕の人生に灯った灯りだ。
僕は、みんなの夢の一部を背負うのだ。この灯りは消したくない。
「それはそれとしてバナナボートおいしいね。なんていうかレトロな味」
「ああいうのは『田舎甘い』って言うんだよ」
「田舎甘い、かあ。新しい語彙を獲得したぞ」
ああ、もうすぐ午後の授業が始まるなあ。僕と梶木さんは少し距離と歩調をずらして教室に戻った。
そのあともしっかりと勉強して、放課後になった。自習のプリントをもらって帰る。
家に帰ってくるとうーちゃんもいた。きょうはダンジョンに行かないのだろうか。訊いてみる。
「なんかやー、迷惑系配信者ズやつだか? そういうのと鉢合わせしてネチネチネチネチ悪口言われて気分悪かったったいに帰ってきた」
それはいやだな……。まだカメラは回していなかったらしい。うーちゃんはぼーっとニュース番組を観ていた。なんでも秋田県のアンテナショップで、たけや製パンのバナナボートが激しく売れているらしい。ダンジョン配信で取り上げた配信者がいたから話題になった、と報じていた。
やっぱりダンジョンはみんなの夢なのだ。
みんなの夢をもっと広げることが、僕のやるべきことなのだと思う。
うーちゃんに、梶木家での出来事を説明すると、うーちゃんは瞳を潤ませていた。
「みひろさんに恩返しさねばねな」
「恩返しかあ」
「んだ。ダンジョンの楽しさを教えてくれたのがみひろさんだ。あたしもいちおう新人では期待株って言われてらったいに、もっとたくさんの人にダンジョンの楽しさを広めねばなんねえ」
志が高い。ダンジョン配信者なのに。
僕もダンジョン学を通じてダンジョンの楽しさを知らしめたいと思う。それくらい梶木さんと観たダンジョン配信は衝撃だったし、ダンジョンにはまだ見ぬ発見という希望がある。
極端に単純な言い方をすれば、もしかしたら梶木さんのお父さんだって、ダンジョンで未知の薬が発見されて健康体に戻れるかもしれないのだ。
その思いは心に秘めておくとして。
うーちゃんが夕飯の支度を始めたころ、なにやら梶木さんからメッセージがきた。なんだろう。見てみると、「うーちゃん、迷惑系配信者の配信で晒し者にされてる」とのことだった。
動画のURLが添付されていたので観てみる。「ダンジョン荒らしやまたろう」という配信者のチャンネルだった。
見ると「いま話題の美人新参配信者をからかってみた結果www」というお寒いタイトルの動画だった。どうやらいつも雷門のダンジョン入り口から入ることが把握された結果、待ち伏せされたらしい。
そのごく短い動画を見終わって憤慨していると、梶木さんからまたメッセージがきた。
「このやまたろうって迷惑系配信者、とにかく悪質で戦利品掠めたりするって噂だから気をつけたほうがいいよ」
夕飯のアジの干物と切り干し大根、白いご飯が食卓に並んだところで、うーちゃんに梶木さんに言われたまま忠告しておいた。うーちゃんはよくわからない顔をした。
「朝ドラアンチみでったもんだか?」
なんだかぼんやりしたコメントを呟くうーちゃん。疲れていたのだろう。
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