12 従姉、あやしい果物を食べる
梶木さんが、「あした一緒にみひろとうーちゃんのコラボ配信観ない?」とメッセージをよこしたのは、金曜日の夕方のことだった。
これが映画のお誘いだったらまだロマンがあるのだが、いかにビッグイベントとはいえダンジョン配信だ。観てもいいのだろうか。
しばらく返事に悩んでいると、梶木さんからメッセージがきた。
「別にダンジョン配信視聴禁止って校則があるわけじゃないし、なによりわたしの成績を見てもらえれば勉学に影響することでないのは明白だと思うけど」
ぐうの音も出ないど正論であった。
だがしかしどこで観るのか、僕の部屋は女の子を入れていい感じじゃないし、梶木さんの部屋にお邪魔する勇気もない。なので尋ねた。
「どこで観る?」
「ポケットワイファイ持ってるからいつもの喫茶店で見よう」
最高の落とし所だった。
◇◇◇◇
というわけで土曜日、僕は梶木さんと「カフェ アルペジオ」にいた。コーヒーとプリンを注文し、タブレットにつないだイヤホンを二人で分けるという明らかな恋人仕草をしつつ、梶木さんはみひろチャンネルとやらを開いた。
お待ちください画面ののち、ダンジョン第1層らしい風景が広がった。地底にあるというのに空があって、草花が風に揺れている。これが「理が違う」ということなのだろうか。
「おはようございまーす! きょうはうーちゃんと一緒に、第2層のファイアグリズリーぶっ倒していきたいと思います! ほらうーちゃんも自己紹介!」
「は、はずめますて! うーちゃんといいます! よろすぐお願いすます!」
のっけから激しい訛りぶりである。梶木さんはニコニコしながら画面を見ている。なんというか変な感じがする。
「みひろも歳とったなあ……まあうちの父さんとタメだもんなあ……こうやって後進の育成にあたるのかな」
梶木さんはそう呟いた。よく見るとみひろという人は、表情に自然なシワのある、ちょうど僕たちの親くらいの世代の人だった。
「意外と歳いってるんだね」
「うん。ダンジョン最初期からの配信者だからね。まさに嚆矢ってやつ。最近はダンジョン探索者試験の問題作成にも関わってるんだって」
なるほど、まさに「後進の育成にあたる」立場なのか。
みひろとうーちゃんは第1層を進んでいく。目の前にレッドドラゴンが現れても、うーちゃんは問題なくやっつけてしまった。
「やっぱりうーちゃんはすごいなあ……みひろの正統後継者かもなあ」
梶木さんがうっとりと言う。僕はプリンをもぐもぐする。
「うーちゃん、剣道部と柔道部とフェンシング部から助っ人を頼まれる美術部員だったらしいよ、高校のとき」
「なにそれ……カオスがすぎるよ」
梶木さんもプリンを口に運んだ。
画面ではレッドドラゴンからアイテムを剥がしていた。剥がしたアイテムは換金でき、ダンジョン学の研究に使われるそうだ。
「これさ、モンスターってアイテム剥がさないとどうなるの?」
「30分程度で消滅しちゃう。それも初期にみひろが検証動画をUPしてたらしいよ」
「へえ……」
なかなかダンジョン学というのは面白そうだな、と思ったが、もしフィールドワークが必要なのであれば運動神経の死んでいる僕は第1層でやられてしまうだろう。僕がそう言うと梶木さんはコーヒーを噴きそうな顔をしていた。
そうする間にもみひろとうーちゃんは第2層に進んでいく。草原だった第1層とは打って変わって大森林という風情。なるほど熊が出るわけだ。
おもむろにみひろは木登りを始めた。うーちゃんもどうにか登っていく。日本の杉林のようなまっすぐな木でなく、枝のくねった木なので登るのは簡単らしい。
「これが第2層一番の楽しみ」
みひろはそう言うと、木になっていた得体のしれない果物をむしりとり、うーちゃんに渡した。うーちゃんは恐る恐る匂いをかいでから、それにかじりついた。
「うんめぇー!!!!」
それを見た梶木さんが興奮気味に言う。
「でた! 第2層名物あやしい果物!」
「そ、そんなのあるの?」
「うん。初期の配信者で『ダンジョン美食王ひこまろにー』っていう人が食べられることを発見したの。ひこまろにー、第5層でアシッドオクトパスに中って胃を切除する大手術になって、それで配信やめちゃったんだけど……」
なんでアシッドオクトパスを食べようとするのか。名前だけで充分食べられそうにないのに。
でもそういう発見が積み重なって、ダンジョン学は発展していくのだなあ、としみじみと思う。ただダンジョンのものをなんでも食べてみようというのはちょっとばかし悪趣味な気もする。
「でもみひろがあやしい果物食べるのは知らなかった。最近の動画だともっと深いところに潜ってるから……みひろが第2層にいたころ、わたしたち幼稚園児だもんなあ……」
画面のなかのうーちゃんは「あやしい果物」とやらをおいしそうに食べている。どんな味がするのだろう。
「ほらうーちゃん、食レポ! 食レポ!」
みひろに促され、うーちゃんは答えた。
「たけや製パンのバナナボートさ似てらスな」
秋田県民にしか通じない例えだった。みひろも梶木さんも困惑している。僕は祖父母の家に行ったときに食べたことがあって、こういう味、と梶木さんに説明した。
「たぶんこれたけや製パン? のバナナボート? とかいうのめちゃめちゃ流行るよ」
梶木さんはそう言って肩をすくめた。すっかりぬるくなったコーヒーをすすり、うーちゃんの冒険を見守る。
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