13 従姉、ファイアグリズリーを仕留める

 うーちゃんとみひろは第2層を進んでいく。すでにチャットでは東京で「たけや製パンのバナナボート」を買えるお店の情報で盛り上がっている。

 そうなのだ、こうしてダンジョン配信を観ているのは、ダンジョンに潜れない人間たちなのだ。ダンジョンの中の食べ物に似た味のする食べ物を食べてみたいと思うのは当然なのだろうと思う。


「そうか……秋田県のアンテナショップで買えるのか……探してみようかな」


 梶木さんまで「たけや製パンのバナナボート」に興味を示していた。きっと梶木さんは、「あやしい果物」をずっと食べてみたい、と思っていたのだろう。

 ダンジョンで手に入るものはすべて出口で換金するか研究者に譲渡するかしなくてはならないそうなので、当然梶木さんが小さいころにお父さんが「あやしい果物」を手に入れていても、梶木さんが食べることはできなかったわけである。梶木さんは懐かしむように笑う。


「父がいつも『あやしい果物はうまいぞ〜』って言っててさ。いつかダンジョン探索者になって食べてみたいと思ってたんだ。でも父がああいうことになって、とてもじゃないけど無理だなって」


 梶木さんにとってもダンジョンというのは怖いところらしい。それでもダンジョン配信が好きなのは、やはり小さいころから観ているからなのだろう。

 そう、最初に言ったとおり、ダンジョン配信というのはダンジョンに入れない人間にダンジョンを見る、という夢を与えてくれるコンテンツなのである。

 そんなことを考えていると、なにやら巨大な熊がうーちゃんとみひろの前に立ちはだかった。


「出た! ファイアグリズリー!」


 梶木さんはワクワクの口調だが僕にはただただ恐ろしいモンスターにしか見えない。爪から炎をめらめらと燃やしながら、ファイアグリズリーは突進してきた。

 そこにみひろの、年齢を感じない飛び膝蹴りが刺さる。うーちゃんも剣を構えてファイアグリズリーに斬りかかる。体勢としては完全に剣道の「面」である。

 ファイアグリズリーの顔面にうーちゃんの剣がぐっさりと刺さる。みひろの自律ドローンカメラがグロ画像と判断して自動でモザイクを入れた。どうやらファイアグリズリーをやっつけたようだ。


「剥がしたもの、ぜんぶうーちゃんが持ってっていいよ」


「ありがとうございます!」


 うーちゃんはアイテムを剥がしている。やはりみひろという人は後進の育成にあたるつもりなのだろうな、と僕は思った。

 それに、みひろはもっと深いところまで潜れる人なのだ。ファイアグリズリーから剥ぎ取ったアイテムを売ったところで、ふだんと比べれば大した儲けにならないのであろう。

 うーちゃんとみひろはダンジョン探索を続けていた。第2層は広いようだ。森の中を、いろいろおしゃべりをしながら進んでいく。


「蝕の王、あれってどんた感じなんだすか?」


「なんていうかねー、不定形モンスターの王様って感じだねー。たぶん剣の攻撃は通らない。ステゴロで戦うか新しい武器が開発されるのを待つかのどっちか」


「はえー……蝕の王の動画、すこたまおもへがったっす」


「そう? 倒せなかったけどねー。ダンジョン学の進歩を待つばかりだね。まだ蝕の王までたどり着いた探索者ってそんなに多くなくてさ」


「みひろさんはすげぇすな」


「まあダンジョン最初期からひこまろにーとかカジーとダンジョン潜ってたからね。ひこまろにーもカジーも探索やめちゃったけど……どっちも残念な理由だから寂しいよね。ひこまろにーは自業自得みたいなとこあるけど」


 梶木さんの頬を、涙がつうっと流れるのに気付いた。

 そうか、カジーというのは梶木さんのお父さんか。みひろは続ける。


「ひこまろにーはアーカイブ残してるから観てみるといいよ。おいしい食べ物いろいろ紹介してるから。ダンジョン内で食べて休めるのは大事なことだからね。カジーはもうアーカイブも残ってないんだよね」


「わがったっす」


 ちらっとコメント欄を見てみると、なにやら異様な盛り上がり方をしていた。


「みひろがカジーさんの話をしてる……!」


「ここにきてひこまろにーさんとカジーさんの話とか泣いちゃうよ、俺ダンジョン老人だから」


「カジーさんはやっぱ偉大だったよね……」


 僕はハンカチを梶木さんに差し出した。梶木さんは泣き顔のままくしゃりと笑って、自分のハンカチで涙を拭った。

 梶木さんのお父さんは偉大な配信者だったのだ。それを知れただけでも、コラボ動画を観た甲斐があったというものだ。


 そのあとうーちゃんとみひろはファイアグリズリーを何体か倒し、うーちゃん一人で仕留められるようになったところで帰還するようだった。梶木さんはタブレットの動画アプリを終了し、イヤホンと一緒にカバンにしまった。


「ありがとう虻川くん。いいものを観た」


「僕もだ。ありがとう梶木さん」


「泣いたりしてごめんね、まさか父の名前が出てくるとは思ってなくて」


 そこで喫茶店を出ることにした。コーヒーとプリンの代金を支払いアパートに戻る。

 アパートにはまだうーちゃんは帰ってきていなかった。きっといまごろアイテムを換金しているのだろう。

 強い人と一緒に潜ったのだから安心して待てる。少し待つとホクホクした顔のうーちゃんが帰ってきた。

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