11 従姉、コラボ配信が決まる

「やめて。あさっての方向の女子力発揮するのやめて。漬物なんて食べないから」


「あーくん、『女子力』は女性蔑視だで」


「そうなの?」


「んだよ。女はだれでも身綺麗にしておいしいものこしぇねばなんねえって呪いだ、ってみひろチャンネルでみひろさんが言ってあった」


「へえ……」


 ダンジョン配信者なんて人たちにも、そういうジェンダー平等みたいなことを言う人がいるのか。

 そう思ったが口には出さないでおいた。うーちゃんはダンジョン配信で生きているひとだ、僕の勝手な差別を聞かせてはいけない。

 でもきっとみひろさんとやらはうーちゃんみたいに訛ってはいないと思う。


「最近モンスター対策にしかダンジョン配信観てねぇものなあ……たまにゆっくりもっと奥に潜ってらひとの配信観たいなあ」


「見れば? ここのテレビ、ネット見られるよ」


「あー! 実家でもそういうテレビにすべしって父さんサ何度も言ったんだばって、結局たぶんまだ地上アナログのボタンのあるテレビ使ってると思う」


 どれだけ古いの。


 うーちゃんはリモコンをぽちぽち操作して、動画サイトを開いた。僕のアカウントでログインしているので、授業の解説動画ばかり並んでいる。


「うへえ。動画サイトを勉強サ使うひと初めて見た」


 うーちゃんはぽちぽちいじって、自分のアカウントでログインしたようだ。「みひろチャンネル」の「第7層で蝕の王とステゴロしてみた」という動画を見始めた。


「みひろチャンネルの最新動画だ。蝕の王、ヤバいらしいものなあ」


 うーちゃんはウキウキで動画を見ている。僕はなるべく見ないようにして課題を進める。なるべく見ないのも見ていないうちに入るはずだ。

 しかし、その「蝕の王」という不定形モンスターを殴ってボコボコにやっつける動画はとてもとても刺激的で、小さいころ初めて映画に連れて行ってもらったときのことを思い出した。結局「蝕の王」は倒せなかったようだが、それでもダンジョン配信というジャンルがとてつもなく面白いものであることがわかった。

 そして代わりに課題はブレーキしてしまった。夕飯を食べた後、イヤホンでうーちゃんの楽しそうな笑い声とダンジョン配信の音声を遮りつつ課題を進めた。なんとかきょうのうちに提出できる体裁が整い、たいへん安堵したのだった。

 時計を見るとすっかり真夜中だ。寝よう。変な趣味の扉が開いてしまう前に。


 朝、寝坊寸前の時間に起きた。うーちゃんがすでに朝ごはんを用意してくれていた。なにやらざく切りのキャベツが鎮座している。


「うーちゃん特製ざく切りキャベツの浅漬けだあ。うまいど」


 漬物。浅漬けってこんなにすぐできるのか。恐る恐る口に運ぶ。おいしい、でもちょっとしょっぱい。ご飯がゴヘゴヘと(うーちゃんのよく使う表現である)進む。おいしい。

 漬物というのが最強のご飯のおかずであることを理解したところで、僕は急いで歯磨きして顔を洗って着替えて、課題をかかえてアパートを出た。


 ◇◇◇◇


 学校で梶木さんと顔を合わせた。国防婦人会やゲタ子が見ていると面倒なのでメッセージを送る。


「きのう従姉が部屋のテレビで配信観てて、うっかり僕まで夢中で観た ダンジョン配信って面白いんだね」


「よっし沼への第一関門突破! ちなみにだれの動画?」


「みひろチャンネルとかいうやつ」


「蝕の王とステゴロするやつ?」


「そうそれ」


「あれは本当に屈指の面白さのやつだよ いわゆる神回ってやつ」


 神回。

 娯楽と無縁の生活をしているとなかなか体験できないものだ。

 梶木さんはちょっと興奮した調子で、もう一つメッセージを送ってきた。


「生まれて初めて食べるお寿司が銀座の回らない寿司、くらいの贅沢だよ 初めて観るダンジョン配信がみひろの蝕の王というのは」


 カジュアルに呼び捨てしたぞ。


「そうなんだ でも観てると興奮して疲れるね、ダンジョン配信」


「まあね みひろはよくしゃべるしね 勉強のお供には向いてない配信者だね」


 そういうやりとりをしているうちに教室に着いた。スマホをしまう。

 参考書としばし戦った。チャイムが鳴る。きょうもきょうが始まる。


 さて、家に帰ってくるとうーちゃんの姿はなかった。まだダンジョンにいるらしい。陽が暮れるのがずいぶん遅くなったなあ、と思いながらカーテンを閉める。

 漬物がおいしいということを学習したわけであるが、どれが食べごろかよくわからないので漬物に手だしせずにふつうに夕飯をこしらえた。うーちゃんが来てから食生活がかなり改善されたものの、ときどきコンビニ弁当が恋しくなる。


「ただいま!」


「おかえり」


「大変だ、あーくん。コラボ配信が決まってしまった!」


「コラボ配信?」


 うーちゃんは力強く頷いた。ダンジョンの入り口でみひろチャンネルのみひろさんに出くわし、大ファンですと頭を下げたところ、じゃあ一緒に潜る? といたってカジュアルにコラボ配信が決まってしまったらしいのだ。

 配信をするのは次の土曜だという。確か学校は先生たちの研修とやらで自習教室はお休みだ。よし、うーちゃんの勇姿をしっかり見よう……と思って、でもダンジョン配信を観るのはあの学校だと異端なんだよな……と黙り込む。

 少ししてみひろチャンネルのSNSから公式に発表があったらしく、梶木さんからメッセージが来た。


「すごいねうーちゃん みひろとコラボってなかなかないよ」


 なんだか誇らしい気持ちになったのだった。しかしやはり観なければならないようだ。勉強したいのだが。

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