10 従姉、ロマンを語る

 喫茶店で午後を過ごしたあと、アパートに帰ってきていつも通り夕飯を食べた。

 夕飯の味付け肉を焼いたやつとサラダ、白いご飯を食べながら、僕はうーちゃんに尋ねた。


「明日もダンジョンに潜るの?」


「んだ。防火装備も用意したし、ファイアグリズリーの弱点も他の人の動画観て把握した。簡単にはやられないよ」


「そっか。うーちゃんがダンジョンを好きな気持ちはよく分かったから、……そうだね、僕も目指すべきロマンについて考えてみる」


「人はロマンを持って生きねばなんねえからな」


 壮大なのであった。

 さて翌日、うーちゃん手製の弁当をカバンに押し込んで学校に向かうと、梶木さんがなにやら廊下のすみで何人かの女子生徒に囲まれていた。

 囲んでいる女子生徒には見覚えがある。僕が勝手に「国防婦人会」とあだ名している連中だ。勉強することこそ正しくて、それ以外のことを楽しむ余裕のあるやつを攻撃するやつら。それもいじめとは言われない程度に。

 こういう悪いことの現場を見てしまうのはさすがにゲンナリする。それに国防婦人会の連中はただやっかんでいるのだ、ダンジョン配信を観、漫画を読み、それでも成績一位を独走する梶木さんを。

 僕は割って入ることにした。うーちゃんならそうするだろうな、と思ったからだ。


「何してるの?」


「虻川君、二人揃ったからいうけど、恋愛なんかしてる場合じゃないのよ」


 ……はい?


「梶木さんと虻川くんが付き合ってるって聞いたんだけど。書店でデートしてるの見たって。そんなことしていいとおもってるわけ?」


「別に付き合ってないけど。おすすめの本があるっていうから見に行っただけ」


「……そう。ならいいのよ」


 国防婦人会は去っていった。


「ありがとう虻川くん。変ないちゃもんつけられるわこっちの話は聞いてもらえないわで」


「まあしょうがないよ。この学校も嫌なところになってきた。きっと梶木さんが羨ましいんだよ、あの子たち」


「羨ましい? なんで?」


「梶木さんは観たいもの観て読みたいもの読んでるのに、自分がそういうことをするとついていけなくなるのが悔しくて羨ましいんだよ」


「なるほどねえ」


 梶木さんはため息をついた。教室は相変わらず静かだ。

 それぞれ席について勉強する。そうしないと置いていかれるからだ。ついていかないと置いていかれる。それがこの学校のルールだ。


 廊下からいつぞやの気難しい女教師の声がした。どうやら国防婦人会が叱られているらしい。変な噂を信じて当事者を詰める暇があるなら勉強しろ、と言われているようだ。ざまあみろ。

 ちょっと嬉しくなりつつ自習を進める。

 そう思って蛍光ペンを握ったときだった。


「虻川くん、ちょっといいかしら?」


 ◇◇◇◇


 噂は事実無根だと説明するのに1時間目開始ギリギリまでかかってしまった。確かに最近は会話がちょっと増えていたし、書店に一緒に行ったのも本当だ(ただし喫茶店は伏せておいた)。

 でもそこにそういう、分かりやすい恋愛感情のようなものはなく、ただの友達だ。そう説明したが女教師、通称ゲタ子は「男女の友情は成立しない」論者らしく、結局確実な納得は得られなかった。


「まあもう1時間目も始まるし、教室に戻りなさい。まったく」


 ギリギリ1時間目に間に合った。はあとため息をつく。

 そして放課後には梶木さんがゲタ子に呼び出されていた。なんと答えるのか大変心配したのだが、ゲタ子の表情から察するに梶木さんも僕と似たような説明をしたようだった。


 家に帰るべく下足入れの前のスノコで靴を履き替えていると、梶木さんと出くわした。流石にこの状況でいろいろ喋るのはちょっと気まずい。

 無言で上履きをしまい、カバンを担ぎ直して校舎を出る。


 梶木さんと気まずいのは、いやだな。

 でも梶木さんだって、変な噂立てられたら迷惑だろうしな。


 だいいちこの学校でこの手の噂が流れるなんて、「大事件」というやつではないのだろうか。少なくとも僕はそう思うぞ。

 アパートにまっすぐ帰ってきた。うーちゃんはまだ帰ってきていない。ちょっと心細い。

 梶木さんにメッセージを送ろうとして、でもな、と悩んでしまう。何を言えばいいんだ?

 そう思った瞬間梶木さんからメッセージがきた。


「きょうは災難だったね」


 なんてスマートな言い回しだろう。


「ゲタ子が『男女の友情は成立しない』論者だったのちょっとビックリした」


「だよね あの学校きっと生徒間の関係はぜったいにライバルであれって思ってるんだよ」


「いや僕梶木さんとライバルになれないよ」


「それどっちの意味?」


「成績のほう」


「デスヨネー」


 知らないキャラクターのスタンプがでんと貼られた。そして梶木さんはこちらから答える前にメッセージの続きを送ってきた。


「まあきょうのことは気にしないで なるべく学校では話さないようにしよっか メッセージ送るからさ」


「分かった そうしよう」


 そこでメッセージのやりとりは終わった。ため息をひとつついているとうーちゃんが帰ってきた。大量の食材を抱えている。単身者用冷蔵庫にそんなに大量の野菜は入らんぞ、と思ったらなにやらジップロックで漬物を漬け始めた。

 それはもう女子力でなくおばあちゃん力だ。またため息が出るのだった。

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