9 従姉、おでかけする
うーちゃんは無事、レッドドラゴンを狩って装備代を稼いだようだと掲示板の情報で確認した。
よかった。安心する。できれば耐火装備も持っていってほしい。
そんなことを考えているうちに休日がやってきた。土曜日は自習しに学校に行くのだが(もちろんうーちゃんには呆れられた)、日曜日くらいのんびりしようと梶木さんに勧められた小説を読む。面白い。
一方でうーちゃんは退屈そうな顔をしている。せっかく東京にきて1日フリーなのだからどこかに遊びに出かけたい、そういう顔だ。
でもうーちゃんはどこに遊びに出かけるのだろうか。秋葉原? 原宿? どっちも違う気がする。渋谷? それとも巣鴨?
「うーちゃんさ、どっか出かけたい感じ?」
「なして分かる?」
「見れば分かるよ。退屈してるでしょ。そんなにダンジョンって刺激的なの?」
「ダンジョンは刺激的だよー。でものんびりするのも体に良さそうだし……」
「じゃあ間をとって喫茶店にでも行く?」
「高校生が行っていいんだか?」
「いいんじゃない? 大人のうーちゃんと一緒だし」
◇◇◇◇
というわけで「カフェ アルペジオ」にやってきた。うーちゃんもこういう喫茶店には馴染みがないらしく、初めて来たときの僕と同じくキョロキョロしている。
コーヒーとプリンを注文する。うーちゃんも同じものを注文した。
「ここも有識者さんと来たんだか?」
「なんでそう思うの?」
「あーくん1人でこういういんたところサは行かねえべした」
ぐうの音も出ない。正直にそうです、と答える。
「有識者さんって女の子でねっか?」
「なんで……いや。そうだよ。梶木さんって言って、学年で屈指の成績の女子」
「へえ。屈指の成績の子がダンジョン配信観るんだか」
「うん。勉強するときラジオ代わりに流すんだって」
「あたしもそうであったよ。勉強しながら『みひろチャンネル』のアーカイブ見てあった」
そうなのか。まあ僕は「みひろチャンネル」なるものを知らないのだが。
「特に第5層のアシッドオクトパスとの戦闘が面白れくてや、もう5、6回見たと思う」
第5層。ずいぶん深いところまで潜るのだなあ。うーちゃんもそういうのを目指すのかな。危ないことをしないように釘を刺しておく。
「その有識者さ、お父さんがダンジョン配信をやってて、なんとかってモンスターに襲われて大怪我して引退したんだって」
「あいしか」
よくわからないリアクションだがどうやらビックリして哀れに思ったらしい。
僕は続けた。
「だからさ、僕もうーちゃんが怪我したとき、本当にビックリしたんだよ。怖かったんだよ。だからダンジョン配信とかやめてほしいんだ」
「せば何して稼ぐってや。あたしはダンジョン配信しか取り柄がねんだよ」
それは重々承知なのだが、もうちょっと真っ当な仕事につくことはできないのだろうか。そう訊ねる。
「やだ。あたしはダンジョン配信に惚れたのだあ。誰に何を言われてもダンジョン配信を続けますぁ」
そこまで強固な意志をお持ちだとは思わなかった。もう一つ、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「ダンジョン配信者の目標ってなに? なにかみんな達成したい目標とかってあるの?」
「そこはまだ分からねんだよ。ダンジョンの一番奥にたどり着いた人はいないし、底があるかもわからない。『理』が違うったいに」
プリンとコーヒーが出てきた。プリンのしっかりした味わいを楽しみつつ、うーちゃんの話を聞く。
「みひろさんみたいなものすごい配信者だば相当奥さも行くばって、それでも底が見つかってねんだ。すごいべ? ロマン感じるべ?」
ロマンかあ。ずいぶん前に忘れた言葉だった。
僕は一流の人生を送ろうと頑張ってきた。一流の大学に行って一流の企業に就職し、この国を動かす。
しかしそれはロマンがあるのだろうか。高校に入ったころはそれにロマンを感じていた気もするが、学校に馴染むにつれそれは当たり前のことになって、ロマンもくそもなくなってしまった。
うーちゃんはプリンをもぐもぐしながら窓の外をちらりと見た。観葉植物がたくさん飾られている。
「うーちゃんは、ダンジョンの底が見たいの?」
「うーん。見たいけどそんなに憧れはしない。あたしより先に誰かが成し遂げるだろうから」
そうか。
「あーくん、もしかして有識者さんのこと好きなんだか?」
コーヒーを噴きそうになった。うーちゃんはニコニコしている。僕は必死で誤魔化したが、嘘とも言い切れなくて、なんだか複雑な気分になった。
うーちゃんは従姉だ、それもあって異性として好きになる感じではない。でも梶木さんは紛れもない異性だ。そんなことを言われたら意識してしまうではないか。おのれうーちゃん。
「……恋愛とか、してる暇ないから……」
「あいしかぁ。まだ高校生だのにそんなこと言って」
「高校生だからだよ。恋愛してる暇なんてないんだ。将来この国を動かす人間になるために、勉強しなきゃいけないんだから」
「それはそれでロマンだな。いいな、政治家になってダンジョン配信者を優遇する法律作ってけれ」
「別に政治家になりたいわけじゃないよ。技術とか金融とか目指せるものはいろいろあるから……」
「つまり夢は定まってねんだな?」
痛いところを突かれた。コーヒーをすすって誤魔化す。もちろんそれは見抜かれていた。
結局その日は「カフェ アルペジオ」でコーヒーを飲むだけで午後を使ってしまったのだった。
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