7 従姉、おしゃべり配信をする

 うーちゃんはその夜、ずっと寝言で痛い痛いと言っていた。ファイアグリズリーというのがどういう生き物なのかは知らないが、火傷と打撲というのは相当痛いことが想像される。スマホで天気予報を確認したら、あすはもうすぐ春だというのに季節外れの雪が降るようだった。

 やだなあ。電車止まらないといいけど。そう思いながら布団に潜り込む。疲れていたらしくうとうととすぐ眠りに入った。


 翌朝起きてくるとうーちゃんはまだ寝ていた。顔色はどうにも青白い。心配だ。

 一人で、最近食べていなかったフルグラを用意してしゃくしゃくと食べた。うーちゃんの作ってくれる温かい朝ごはんのありがたみをひしひしと感じた。

 弁当を用意する余裕はなかったので、投稿途中コンビニで菓子パンを買おう。そう思ってアパートを出ると、あたりは見事な雪景色だった。

 転ばないように慎重に歩いてコンビニで菓子パンを買い、学校に向かう。

 登校時間には太陽が出て雪が解け始めた。せっかくきれいだったのに。

 学校につくなり梶木さんに捕まった。梶木さんは開口一番うーちゃんの様子はどうだ、と聞いてきた。


「火傷と打撲だって。痛いらしくて痛い痛いって寝言言ってたよ」


「そっかあ……最近ちょっと無理してそうだったもんなあ。SNSでとうぶんお家から配信するって言ってたけど」


「ほんとうにうーちゃんねるが好きなんだね」


「ダンジョン配信はだいたいなんでも好きだよ? 迷惑系とかでなければ」


 そういうものなのだろうか。


「アルバイトとかで収入があれば治療費投げ銭するんだけどね……ここ校則的に無理じゃん?」


「しょうがないよ。そのかわりちゃんと大学出ていい仕事に就けばいいのさ」


「そういう考え方もあるか。まあいいや」


 梶木さんは自分の席についた。僕もそうした。きょうもきょうが始まるのだ。


 ◇◇◇◇


 いつも通りきょうを終えた。放課後に自習教室からプリントを持ってきてリュックサックに詰める。

 家にまっすぐ帰るのも味気ないので、イチゴフェアをやっているコンビニでイチゴエクレアをふたつ買って帰ることにした。

 アパートに着いて、ドアノブを握ろうとして考える。もしうーちゃんが配信してるところに乱入したら炎上するんじゃないのか。ドアに耳をつけると楽しそうな訛ったおしゃべりが聞こえてくる。配信真っ只中であった。

 さてどうしようか。

 梶木さんに連絡を取ってみることにした。梶木さんは近くの書店にいるらしい。行ってみることにした。ちょうどなにか読むものも欲しかったし。

 そういうわけで書店にやってきた。なにやら並んでいる。きょうはよく知らないのだが、超人気漫画の単行本発売日らしい。梶木さんは書店に併設のカフェで、コーヒーを飲みながらニコニコと漫画を眺めていた。


「漫画読むんだ」


「うん。これ面白いよ。お話も面白いし絵もきれい。でもちょっと引きが弱いかな」


「引き」


「次の巻とか次のエピソードに繋げる力が弱いってこと。でも概ね面白いから単行本は最後まで揃えるつもり」


「すごいね」


「なにが?」


「僕、そんなふうに何かのお話をちゃんと追おうと思ったことなんてないよ。中学のころはライトノベルとかもちらちら読んだけど、結局最後まで追った作品はないんじゃないかな」


「いいんじゃない? それもまた一つの楽しみ方。それよりうーちゃんどうしてる?」


「帰ったら配信してて、僕のせいで炎上されたら困るから……」


「なるほど。うーちゃん、熱狂的な男性ファン多いからね……秋田でとれたんだっけか。秋田じゃきょうの東京みたいな雪なんて大したことないんだろうな」


 梶木さんは書店の大きな窓から外を見た。ちょうど日陰なので雪が残っていた。

 梶木さんにおすすめの小説を教えてもらって手にとる。文庫本なのでお財布に大したダメージはない。無事に買ってアパートに戻ると、ようやく配信が終わったようで、うーちゃんはなにやら歌いながら掃除機をかけていた。


「ただいま」


「おかえり。もしかして配信してあったから遠慮していったん引き返したんだか?」


「いや? そんなことはないよ」


「……まあいいか。ふつうのおしゃべり配信がこんなに盛り上がるとは思わねくてや、つい遅くなってしまったのだぁ」


 もうゆっくり夕飯の時間だった。エクレアはデザートに食べることにした。うーちゃんはテキパキとありものでおいしい夕飯を用意してくれた。


「火傷どう? 打撲は?」


「なぁんも心配さねってもいいー。きのうはひたすら痛かったばってきょうは平気だぁ」


「それならいいけど」


 食後イチゴエクレアを食べて、他愛のないおしゃべりをしながら、僕は掲示板を開いてみた。なにやら盛り上がっている。


「うーちゃん年下のいとこの家で暮らしてるのか。スケベな姉概念だ」


「ちくしょう俺もうーちゃんに子供時代のあだ名で呼ばれたい」


 ちょ、なに僕の存在バラしてるの!?

 思わずそんな声が出かかった。


「んー? なしたー?」


「いやなんでもない」


「そうかー。あたしそろそろ寝るー」


 うーちゃんは寝てしまった。火傷の範囲が広くて風呂には入れないのだそうだ。

 スレッドを眺めるに、うーちゃんは「あーくんという従弟のアパートで暮らしている」ところまでバラしたらしい。どうしたものだろう……。

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