6 従姉、負傷する

 明け方にちゃんと目が覚めた。ノートを広げ課題のプリントを広げ、一つ一つ丁寧に潰していく。

 うーちゃんはまだ寝ている。実にだらしない顔だ。これが本当に新進気鋭のダンジョン配信者なのだろうかというほど緩んだ顔だ。


「あーくん……」


 寝言で名前を呼ばれ、ドキリとした。どんな夢を見ているのか気になる。課題を進めているうちにうーちゃんは目を覚まし、目をこすりこすりして、むくっと起き上がった。


「おはよううーちゃん」


「おはようあーくん。お弁当こしぇるね」


 そう言ってうーちゃんは当たり前みたいに弁当を作り始めた。ちゃんとおかずはいったん冷やしてから入れる徹底ぶりだ。

 弁当のおかずを休ませているあいだに朝ごはんの味噌汁まで手早く作っていく。ありがたすぎて涙が出そうだ。


「あーくんはアルバイトとかってしてねぇんだか?」


「学校がバイト禁止だからね」


「へえー。超エリート校ちゅうのはやっぱり違うんだな」


 味噌汁と漬物と白飯というシンプルながら破壊力抜群の朝食を食べて、僕は学校に向かった。電車で少し揺られればすぐだ。


 学校の最寄り駅で降りたら、梶木さんと鉢合わせした。梶木さんはにこりと微笑む。


「虻川くんおはよう」


「梶木さん、おはよう……ここで会うの珍しいね」


「今日は寝坊したから一本遅い電車で来たの。数分しか差がないとはいえ数分って大きい差だよね」


「そうだね」


「うーちゃんどうしてる?」


「きょうから第2層に潜るらしいよ」


「おお、それは期待しかない」


「……梶木さんは、ダンジョン配信が好きなんだね」


「うん。ダンジョン配信にはロマンがあるよ」


 そうなのだろうか。


 そんなことを考えながら校舎に吸い込まれる。校則を破るやつなんていない。おしゃれしたい盛りなのに、だれも「バレないメイク」だとか「最先端の着崩し」とか、そういうことをするやつはいない。

 ある意味、この学校はとても変なところなのではないだろうか、と僕は思う。

 まあそんなことはどうだっていい。きょうも、きょうが始まる。


 ◇◇◇◇


 きょうはわりとぼーっとせずに過ごすことができた。

 うーちゃんのお弁当はきりっと味がついていておいしい。ふと梶木さんを見ると、ゼリー飲料をちゅるちゅる飲んでいた。栄養はこれで十分、ということらしい。

 うーちゃんが心配ではあるが、心配したところでなにもできないのだ。だから心配するのは無意味なので心配しない、と頭の中で理路整然と考えて結論づけた。結果、授業に集中できて、ちゃんと当てられたときに答えることができた。

 理性の勝利だ。きょうも無事放課後になった。自習教室からプリントをもらってきて、しっかりと学年末の対策をすることにした。

 さて帰るか、と支度をしていると、梶木さんがタタタと小走りで近づいてきた。


「虻川くん、急いで帰ってあげて」


「……どうしたの?」


「うーちゃんねるのアーカイブ観てたら、怪我したから引き返しますって言ってた」


 えっ。

 心臓がどくん、と大きく鳴ったような気がした。帰り道を急ぐ。道中掲示板を見てみることにした。


「うーちゃん怪我したってマ……!?」


「配信をみる限りファイアグリズリーに思いっきり火炎パンチ喰らった感じだな……」


「うーちゃん秋田県民だからふつうのクマだと思って近づいちゃったんじゃないかな」


「いや秋田県民クマには近寄らないでしょ」


 火炎パンチ。すごく痛そうだ。アパートに帰ってくるとうーちゃんはまだ帰ってきていなかった。

 うーちゃんに「怪我したって本当?」とメッセージを送る。


「なんも大したことないよー 防刃ジャケットを破かれてちょっと火傷と打撲しただけ」


 すぐ返信がきてホッとした。で、いまはどこにいるのか、と尋ねると、大事をとって、ついでに使い慣れるためにダンジョン入り口の救急外来にいるのだという。

 ほっと安堵した。でも火傷と打撲って結構な怪我なのではないだろうか。


「ダンジョン配信は見ないんでなかった?」


「クラスに有識者がいて教えてくれた」


 とにかくうーちゃんの帰りを待つことにした。そうだ、夕飯を作ろう。冷蔵庫を開けると切り干し大根が戻してあったので、調理のしかたを調べて、それを料理し味をつけた。豚肉の味噌漬けも仕込まれていたので、それも焼く。ちょうど焼き上げたところにうーちゃんが帰ってきた。


「ただいまぁ……」


「おかえり! 大丈夫!?」


「なぁんも大したことねえ。ファイアグリズリーを少々なめてただけだ」


 うーちゃんはきのう見せてくれた防刃ジャケットでなく、別の羽織りものを着ていた。ふつうにファストファッションのお店で買えるようなジャケットだ。さすがに防刃ジャケットを買い直す余裕はなかったらしい。手には火傷治療用のパッチが貼られている。


「防刃ジャケット、第3層までイケるんじゃなかったの?」


「それがや、爪とか牙なら防げたんだばって、パンチであったんだよ……炎めらめらの。それで焼けてしまったのさ」


 そういう弱点があるのか。

 とにかく食事をすることにした。さっきこしらえた料理をテーブルに並べる。


「あーくんも案外料理得意なんだな」


「調べればなんでも出てくるよ」


「そっか。とにかくしばらく休業さねば……そんでまたレッドドラゴン狩りから始めねばなんねえな」


 ダンジョン配信は気楽な商売だとばかり思っていたが、ぜんぜん気楽な商売ではなかった。これは多くの人が漫画家とか小説家とか声優に抱いているイメージと同じなのではないかな、と思った。この世に楽な仕事などないのだ。

 当面、うーちゃんはこのアパートから配信をするのだという。なんだか心配だ。

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