5 従姉、先に風呂に入る

 もしかして、「レッドドラゴンばかり倒していて単調」と言われているのを気にしているんだろうか。そんなうーちゃんの作る手羽元のコーラ煮はたいへんおいしそう、かつしょっぱそうだった。

 どうも秋田県民というのは甘い食べ物は徹底的に甘くするししょっぱい食べ物は徹底的にしょっぱくする癖があるような気がする。青森にいくともっとすごいと聞いたが僕は東京都民なのでとりあえずそれは関係ない。

 しょんぼりするうーちゃんに声をかける。


「ただいま。どうしたのしょんぼりして」


「おかえり。初めて配信にアンチのコメントきたでば」


 アンチとな。それは聞き捨てならない。どんなの、と聞くと、うーちゃんは配信した動画のコメント欄を見せてくれた。


「顔で売ろうっていう魂胆が丸見え。動画も大して面白くない。見る価値なし」


 そのアンチのコメントはずいぶんと浮いているように感じた。他のコメントは素直に「すげー!」とか「何者だこいつ」とか、そんな感じなのだが、それもあってそのアンチのコメントはとても目立っていた。

 レッドドラゴンばかり倒していることを「単調」と言われて落ち込んでいるのかと思ったら、もっとやばい輩が絡んでいた。僕は少し考えた。それから口を開く。


「うーちゃんさあ、アンチのコメントひとつで落ち込むなら、ダンジョン配信やめた方がいいんじゃないの?」


「……あい?」


「だから、アンチが沸いてるってことは、それだけたくさんの人がうーちゃんの動画を観てるわけで、落ち込む理由にはならないんじゃないの? このアンチは見る価値なしとかいいつつ見てるわけだから」


「……んだな。よおし、きょうは手羽元食べて元気出して、明日は第2層に潜るどぉ」


 なんだかんだ励ましてしまった。うーちゃんはるんるんでキャベツを刻み始めた。単純だ。

 キャベツのおひたしの味噌マヨ味と、手羽元のコーラ煮ができた。白いコメもある。いただきまぁすと手を合わせてもぐもぐパクパク食べる。

 手羽元のコーラ煮は予想どおりキリッと味がついていた。白いコメが進むったら進むったら。キャベツのおひたしの味噌マヨ味も無限にイケる味だ。うーちゃん、めちゃめちゃ料理得意なんだな……。


「ここで帰ったら女がすたる。ダンジョン配信でテッペンとる。田舎の親にももう帰らないって言ってまったし」


「え、事実上の絶縁?」


「まあそんなところだぁ。ダンジョン配信なんて危ない仕事しないで、医療機器工場できっちり勤めて退職金をもらえるまでやれって言われて、いやだって東京サ飛び出したんだものよ。いまさら、帰ってこいって言われるばって、あっこサ帰ったらろくな職がないったいに」


 なるほど。「ダンジョン配信者になるために仕事をやめて田舎を飛び出しました〜親が帰ってこいって言うけど絶縁したのはそっちなんでどうでもいい〜」ということか。

 でもいつまで僕のアパートに住みついているつもりなんだろう。早いとこ出ていってもらわないと体面上なにかと問題があるのだが。

 洗濯物には当たり前みたいにうーちゃんの下着が干されている。恥じらいというものはないのか。


「そうだ! これ見てけれ! いいべ!? 最新式の防刃ジャケット!」


 うーちゃんは真新しいジャケットを見せてきた。首までぴっちり体をカバーできる装備品だ。第3層までのモンスターの爪や牙は通さないのだという。


「へえー……」


「つまんねぇ反応だぁ……田舎の死んだバさまだば洋服買ってくれば『いいの買ってきたこと』って必ず褒めてけであったのに」


 田舎の死んだ婆さんと僕を比較されても困る。

 うーちゃんはきょうの稼ぎでいろいろと装備を整えたようで、武器の画像も見せてくれた。武器はダンジョンにおいてはだれでも持っていいものだが、ダンジョンから一般社会に持ち出すのは禁止されているので、ダンジョン入り口のロッカーに保管しなくてはならない。

 ダンジョンの入り口は東京の至るところにあるのだが、うーちゃんはいつも雷門の入り口からダンジョンに入る。なぜかと聞いてみたら、単純に雷門はどこからどう見ても雷門なので、迷子にならないからだそうだ。

 話がそれた。うーちゃんの武器は軽そうな素材の剣だった。なるほどよく似合うだろう。


「そうだ、あーくん。風呂入るか?」


「う、うん、まあ……」


「あたしはダンジョンで汗ぐっしょりになって、それでもう入ったから、上がったらお湯っコどご抜いておいてけれ」


 えっ。

 うーちゃんの浸かったお湯に、僕が浸かるのか? いままでそう言われて入った事がないのでなかなかショッキングだ。

 なんだかむやみにドキドキしてきた。すっごく悪いことをする気分。

 でも冬だからシャワーで済ますというわけにもいかないし、どうしたものか逡巡する。

 僕が逡巡なんていうなかなか使わない単語を頭に思い浮かべているうちに、うーちゃんは風呂の追い焚きのボタンをぽちっと押した。

 つまり何分もしないうちに「お風呂がわきました」と風呂釜に言われて風呂に入ることになるのだ。

 せめて、せめて考える余裕を、考える余裕をくれ……!!!!


 考える余裕もなにもなく風呂に入ることになってしまった。しょうがなく着替えを脱衣所に置いて服を脱いで、掛け湯して風呂に浸かる。

 お湯にはうーちゃんお気に入りの入浴剤が入っていて、なにやらカレーみたいな匂いがした。いつの間にやら増えているシャンプーリンスやボディソープのボトルを一瞥し、風呂に浸かってムムムと考えた。

 まあ今までもそう言われて入ったことがなかっただけで、わりと普通にやっていたのだろう。気にしなくていいのだ。

 頭や体を洗いサッパリと風呂から上がる。体がほどよく温まっている。うーちゃんは先に布団を敷いて勝手に寝ていた。

 僕も湯冷めしない程度に勉強してから布団に入った。課題は明け方にやろう。きょうはもう疲れた。

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