4 従姉、しょんぼりする

 一日中、うーちゃんはどうしているだろうと、ぼーっと考えていた。

 レッドドラゴンを狩るとか言っていたけど、そんなこと簡単にできるのだろうか。もっとおっかないモンスターに出くわしたりしていないだろうか。

 そうやってぼーっとしていたので、授業中指されたことに気付かず先生に叱られてしまった。しかもすごく面倒な英語表現の女教師だ。この先生は端的に言ってヒステリーの塊みたいなひとだ。結果放課後に補習を受けることになってしまった。まあ英語表現はわりと得意なのですぐ終わるだろうと思ったが、なにやら様子がおかしい。


「虻川くんはどうもここのところ上の空になってることが多いけど、なにか心配なことでもあるの?」


 女教師はなにやらおっかない顔をしている。


「あ、いや、その……ちょっと悩みがありまして」


「あなたがたは国を動かす人になるのだから、恋愛だとか性自認だとかで悩む暇はないのよ?」


「わかってます。もっと大きな問題なんです」


「病気にでもなった? それともメンタルの不調?」


「いやそういうのじゃなくてですね……ええと。僕がアパートで一人暮らしをしているのはご存知ですよね」


「ええ。立派だと思うわ」


「そのアパートにですね、いとこが転がり込んできまして」


「いとこ?」


「そうなんです。田舎を出て都会でビッグになるぞって転がり込んできて、毎日おいしすぎるご飯をドシドシ作って、夜遅くまで『東京のテレビはチャンネルが多い』とか言ってザッピングしたりして……」


「追い出しなさいよ。勉強が第一なんだから」


「追い出したいのはやまやまなんですけど、朝早くに起きてお弁当を作られてしまうと……」


「弁当と勉強どっちが優先なの? 別に韻を踏んだわけじゃないけど」


 ギャグの解説をするという寒い行為にため息をつきそうになるのをこらえる。

 僕はしばらく悩んで答えた。


「ビジネスは軌道に乗ったみたいなので、なるべく早く追い出します」


「そうしなさい。帰っていいわよ」


 やっと解放された。

 廊下で梶木さんが心配そうな顔をしていた。


「ゲタ子に詰められてたけど大丈夫?」


「うん。ありがと……梶木さんは帰らないの?」


「自習のプリントもらってきて、ついでに図書室に娯楽を求めに行ってたとこ。相変わらず面白い本でびっちり」


 梶木さんが抱えていたのはどう考えても娯楽として読むものではなさそうな哲学書だった。

 梶木さんはすごいなあ、と思う。


「うーちゃんが心配?」


「うん……」


「いいなあ、虻川くんに心配してもらえるなんて。さっきちらっとスレを見てみたら」


「それはここだと」


「わかった。わたしのお気に入りの喫茶店にいこうか」


 というわけで、梶木さんお気に入りの喫茶店に連行されてしまった。


 ◇◇◇◇


 そこは「カフェ アルペジオ」という、レトロな印象の素敵な喫茶店だった。豪奢なシャンデリアやゴブラン織りの張られた椅子、きれいな一枚板のテーブルに古風なカップや食器……という、レトロ純喫茶を絵に描いたような喫茶店だった。

 正直こういうところとはずっと縁がないと思っていたので、ちょっとキョロキョロしてしまう。梶木さんは迷わずブレンドコーヒーとカスタードプリンを注文したので、僕も同じものを注文した。

 少ししてコーヒーとプリンが出てきた。コーヒーは酸味が好ましい味だ。眠気覚ましのインスタントコーヒーとは当たり前だがぜんぜん違う。プリンのほうはぎゅっと硬めで、口に運ぶと凝縮された卵の味がする。


「うーちゃんねる、動画は家に帰ってからアーカイブで観るつもりだけど、スレを見る限りではレッドドラゴンとばかり戦っててちょっと単調だ、って話になってる」


「そうなんだ……」


「でもまあ初期の『みひろチャンネル』もそんな感じだったからなあ……人気配信者だと誰もが通る道、って感じかな」


「そっか。あのさ、梶木さんはなんでダンジョン配信を観てるの? あの学校だと観てたら村八分にされると思うんだけど」


「んー、わたしの父親がダンジョン配信者でさ、毎日家族と観てたんだ」


 過去形が気になるがあまり突っ込まないことにしよう、と思っていると、梶木さんは小さく肩をすくめた。


「まあわたしの父は第4層のメタルゴーレムに叩きのめされて一生車椅子なんだけどね」


「そんな」


「いいのいいの。ずっと誰かに打ち明けたかっただけから。なんていうかね……父がすごい額のお金を毎日持ち帰ってくれたから、いまああやってあの学校に通えているわけだし、それがきっかけでダンジョン学をやってみようって思ってるし」


「ダンジョン学……梶木さん理系だっけ?」


「んーん、数学とか物理はあんまり得意じゃないんだけど、ダンジョン学の一つにダンジョン言語学というのがあって。ダンジョン内の生物には一定の言語があるらしいってことが分かってて」


 まあ梶木さんの「あんまり得意じゃない」はふつうの人の「かなり得意」だと解釈したほうがいいのだと思う。でもダンジョン言語学というのは梶木さんにピッタリだな、と思った。

 喫茶店でしばらくダンジョン配信の話を聞いた。「みひろチャンネル」を嚆矢としてボコボコ増えたダンジョン配信者の話や、「ダンジョン考察班」という勢力の話も聞いた。

 たいへん勉強になった。喫茶店のレトロなレジでお金を払って(びっくりするほど安かった)帰路につく。

 アパートに帰ってくるとうーちゃんが帰ってきていて、しょんぼり顔で手羽元のコーラ煮を作っていた。

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