3 従姉、ラブコメの波動を発する

 うーちゃんはお財布のなかのお金を数え始めた。えらくニコニコしている。はたから見てもちょっとまとまった額だ。


「ダンジョン配信ってそんな稼げるものなの」


「これは配信の利益は含まれてねぇよ? 純・ダンジョンの戦利品を換金した額だぁ」


 パチンコ屋じゃないんだからさあ……。しかしとにかくすごい稼ぎだった。コツコツ勉強しているのがバカらしく思えるが、僕は体力が死んでいるのでダンジョンに入るのは自殺行為だし、子供がむやみにダンジョンに入るのを防ぐために20歳になるまでダンジョン内部で得たものを持ち帰ったり換金したりすることはできない。


「よくわかんねーばって、ダンジョン内部からは現代文明をさらに進歩させるような発見が相次いでらんだど」


「ダンジョンに潜っている人自身は分かんないんだ」


「そらそうだべ、博士でねんだからよ」


 博士って。学問をするひとの解像度が低すぎる。

 まあうーちゃんは高校までで学歴を積むのをやめた人だ。少々解像度が低くても仕方がないかもしれない、と考えて、これはちょっと差別的だったな……と反省する。

 ダンジョン学なる学問も生まれつつあるそうだが、ダンジョン内部の理というものが現実と違いすぎるゆえにあまり進展していない、という話だった。

 とにかくダンジョンなんて危ないところに行って、配信なんていう儲かるのか儲からないのかよく分からないことをして食べていこうなんていうのは、あまりにも現実味のないことだ。

 だからうーちゃんにはもうちょっと真っ当な仕事をしてほしいのだが、僕の思いとは裏腹に、うーちゃんはいま台所で麻婆豆腐とコロッケを作っている。脈絡がない。

 僕は完全に、胃袋を掴まれてしまっているのだった。


 夕飯を食べて、気が済むまで勉強したあと、梶木さんが教えてくれた掲示板を見る。

 恐ろしいくらいわいせつな漫画の広告がバンバン出るのをなるべく見ないようにスクロールし、「新人ダンジョン配信者を語るスレ」の話題である「方言女子うーちゃんねる」の様子を伺う。


「まさか第1層に出る個体とはいえレッドドラゴンを一撃でやっつけるとは……」


「うーちゃん、みひろ以来の超大型新人って感じがする」


「もううーちゃんについて語るスレ立てちゃう?」


「おk」


「スレ立てたよー」


「乙」


 その「うーちゃんねるについて語るスレ」とやらを、恐る恐る開いてみる。


 やっぱりわいせつな漫画やゲームの広告がドシドシ出るが、ちょっと慣れてきたので無視してそのスレッドを見てみた。


「顔だけじゃなく実力が伴ってるのがうーちゃんのすごいところなのよな レッドドラゴンを一撃で倒すとは……」


「きょうの配信でレッドドラゴンを一撃でやっつけたの、フェイクかと思って解析にかけたけど100パーリアルでしたわ……」


 レッドドラゴンを一撃で倒すってどれくらいすごいことなんだろう。「うーちゃんねるについて語るスレ」をブックマークして、ちょっとググってみる。

 レッドドラゴンというのはダンジョンのわりといろいろなところに出没するやや強めのモンスターらしく、特に第1層に出る個体は弱いものの、ダンジョン探索者の最初の難敵になるらしい。

 すごいんだな、うーちゃんは。

 そのうーちゃんはいま茶の間の座椅子に寄りかかってぐうすか寝ている。ぜんぜんすごそうに見えない。


 ◇◇◇◇


 勉強は明け方が一番はかどるので朝早起きして勉強していると、台所から料理する音が聞こえた。

 うーちゃんはもう起きて朝ごはんを作っているのか。すごいなあ。勉強を終わらせて台所に様子を見にいくと、なんと弁当をこしらえていた。


「コンビニとか学食で済ますのに……」


「それだばだめだあ。お金余計に出ていくんだよ! うーちゃんのお弁当を食べれ!」


 それから一瞬間が空いて、うーちゃんは穏やかに微笑んだ。


「あーくん、おはよう」


「う、うん……うーちゃんおはよう」


 ものすごいラブコメの波動を浴びてしまった。

 うーちゃんの言った「あーくん」というのは、僕の小さいころの呼び名だ。僕とうーちゃんは僕たち家族が秋田の伯父の家に行くたび、に、「うーちゃん」「あーくん」と呼び合う関係だった。

 それは本当に子供のころの話だ。だからそのころは、そこに恋愛感情なんて発生していなかった。

 だけど16歳と20歳でその呼び方をするのはちょっと恥ずかしい。でもすごく親密な関係という感じがしてセロトニンとオキシトシンがドバドバと出る。

 ふわふわした気分で、しっかり冷ましてある弁当を受け取った。それから朝ごはんを食べる。味噌汁と漬物と白いご飯だ。うまい。


「うーちゃんきょうはどうするの?」


「んー? 雷門の入り口から入ってレッドドラゴンを地味に狩る。もうちょっと稼いでおいてから第2層に入ろうと思ってら」


「やっぱり第2層に入るとモンスターって強くなる?」


「んだな。レッドドラゴンの討伐、地味に稼げるったいに、ちゃんとした防刃ジャケットとかそういう防具を買ってから下の層サ挑もうと思ってらんだ」


「あれで地味な稼ぎなんだ……」


「んだよ。ダンジョンは奥サ行けば行くほど稼げる」


「危ないことはしないでね」


「大丈夫だぁ。あたしだって危ないこととそうでないことくらいはわきまえてらよ」


 だったらダンジョン配信なんてやめなよ……。

 そう思ったが、とりあえず止めても無駄なので、きょうも大人しく学校に向かった。

 そしてきょう一日、うーちゃんがどうしているか気になってずっとソワソワしていたのであった。バカか僕は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る