2 従姉、居着く
僕のアパートに、完全に空蝉ねーちゃんが居着いてしまったと気付くのにはさほど時間はかからなかった。
そもそもハナっから空蝉ねーちゃんは自分の稼ぎでアパートを借りる気などさらさらなかったのだ。急に中身が充実した冷蔵庫を見てそう思った。
家賃を半分出したいと言い出したが、このアパートの家賃はうちの親が払っているのでとりあえず大丈夫、と言うと、それなら食費を出させてくれ、と言い出した。毎月親から1ヶ月分食費が振り込まれているのだが、それをまるっと可処分所得にできることになる。なんてありがたい申し出だろうか。参考書が買えるではないか。
そう言うと空蝉ねーちゃんは完全にうええの顔をした。
「そんなに勉強ばっかりしてあったら馬鹿になってしまうよ」
「勉強して馬鹿になるってどういうことなのさ」
「学校で経験することなんて現実ではあんまり役に立たないものだよ? 経験でねくて歴史から学べって言うべ」
「役に立つことを勉強できるところに行くために、役に立たないことを勉強してるんだよ。空蝉ねーちゃんだって、」
「いちいち空蝉っていうのめんどくさぐね? 子供のころみたいに『うー』でいいよ」
「……うーちゃんだってさ、あっちじゃそこそこいい学校行ってたんでしょ? なんで進学しなかったのさ」
「学校でやりたいことがなかったからだぁ。あたしはダンジョン配信者として稼ぐって、高3の5月に決めたんだ。だから就職して、医療機器工場でしばらく働いて道具を一式揃えた」
まあ計画的犯行だった、ということなのだろう。口論してもどうにもならないので、その日もうーちゃん手製の夕飯を食べる。ホイコーローと海鮮サラダと白いご飯。このちゃんと炊飯器で炊いた白いご飯というのが異様においしくて困るのだった。
完全に胃袋を掴まれている……。
うーちゃんは最近週4のペースでダンジョン配信をしている。本人が言うには「新人としてはPV数もサルベージ品も稼げている」とのことだった。動画なんて学校の授業で気になったところを確認するためにしか使わないものだったが「方言女子うーちゃんねる」をちょっと見てみる。
収益化に必要な登録者数をらくらくと超えていた。動画はけっこう再生されている。
しかし流石に観る勇気はなかった。従姉とはいえダンジョン配信を観ていることが学校でバレたら村八分にされてしまう。
そんなことを考えながら風呂に入って寝た。うーちゃんは東京のたくさんチャンネルのあるテレビが面白いらしくずっとザッピングをしていた。いいからもう寝ろ、と思った。
◇◇◇◇
授業開始前に参考書を見ていると、ふいに変わり者で有名なクラスメイトの梶木瀬奈さんが話しかけてきた。
梶木さんはとても可愛いし、成績もすごくよくて模試の国語で日本一を取るようなひとなのだが、ゲーセン通いしていることを公言したり漫画雑誌を学校に持ち込んだりすることで知られていた。なのでみんなが変人だと思っている。
「虻川くんってさ、従姉とか、それに類する親戚のおねいさんっている?」
「え、な、なんで?」
「そのおねいさんって、秋田県民?」
「え、な、え? なんで?」
「いまいちばん注目してるダンジョン配信者の、『方言女子うーちゃんねる』のうーちゃんって、虻川くんの親戚とかだよね?」
「な、なんでそう思うの?」
「単純に顔がソックリだから。色白で眉目秀麗なところがまじでそっくり」
そう言って梶木さんはスマホを見せてきた。うーちゃんがこれから雷門の入り口からダンジョンに挑む様子が映っていた。
「掲示板でも話題になってたけど、これだけの可愛い顔がフィルタなしっていうのはちょっとないよ。それでその顔が似てるんだから親戚の筋を疑うしかないじゃん?」
「あの。それはクラスのみんなとか先生とかには黙っておいてもらえるとうれしい」
「わかってる。この学校そういうところだもんね」
梶木さんはくしゃっと笑った。えくぼがかわいい。
自分の席に戻って、梶木さんは配信をしばらく観たあと、授業の支度をした。
まさかこんなに身近なところにうーちゃんねるの視聴者がいるとは。ドキドキする。しかし梶木さんは変わり者ゆえ誰ともつるまないので、同居人のことがバレることはなかろう。
その日は気もそぞろで1日過ごした。アパートに帰ってきてスマホを見るとメッセージが来ていた。梶木さんだ。どこでメッセージのアカウントを知ったのだろう。
「動画本編観ないならこれ見るといいよー」
という文章に、なにやら掲示板らしきURLが貼られている。恐る恐る開くと、「新人ダンジョン配信者を語るスレ」というところに飛んだ。
表示される広告のいかがわしさにドギマギしながら、そのスレッドを読んでいく。
「うーちゃん、マジで加工なしであの顔なん?」
「そのうちテレビドラマからお呼びがかかりそう そんで訛るせいで棒の演技をして叩かれそう」
「かわいいだけじゃなく異様に強いとか反則でしょ……しかもフェイクじゃないって判定結果出てるし」
「ときどき訛りがすごくて何言ってるかわかんないけど、そういうところも含めて推せる」
概ね好意的な感想ばかりで、なんとなくホッとしたのであった。ホッとしたところで、玄関からうーちゃんがドアを開ける音がした。
「ただいまー。きょうもドッサリ稼いできたよー」
「お、お疲れ様です……」
慌ててスマホのブラウザを閉じるが、ブクマするのは忘れなかった。
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