従姉がダンジョン配信者なのは秘密
金澤流都
1 従姉、あらわる
突然、何年も連絡などとっていなかった従姉から、メッセージアプリで連絡がきた。従姉からのメッセージはどうにも要領を得ないので、あとで返信します、とスタンプを送って、そのまま従姉からメッセージがきたことなど忘れてきょうも明日の授業に向けて勉強をした。
勉強はどんなにやっても更なる高みがある。そういうところが勉強の好きなところだ。僕の通う高校は生徒の半分が東大に入るところで、僕もそこそこの高望みをし、ゆくゆくは国を動かす人間になるつもりでいる。
もうすぐ春だ。次の学期からは2年生になる。ここからが高校生活の本番だ。ラブコメしている場合ではないことはクラスのだれもが承知していることなので、学校で浮かれた噂話を聞いたことなど一度もない。
従姉からのメッセージから数日。きょうも授業のあと、自主補習クラスで苦手な現代国語と戦ったのち、ふらふらとアパートに帰った。僕をそういう人材に育てたい両親なので、「独立心が何より大事」と高校生になってからずっと一人暮らしをしている。両親に気を使わなくてよくてすごく楽だ。
……アパートのドアの前に、誰かがしゃがみ込んでいる。しかもすごい荷物だ。誰だろう。やだなあ、不審者……?
「――雨雪くんだか!?」
その人物は、従姉の虻川空蝉だった。相変わらず白雪姫もかくやというばかりの白い肌に黒い髪に赤い唇。端的に言ってとんでもない美人。ただし秋田県北部の方言を話す。しかも訛りがかなりきつい。
「う、空蝉ねーちゃん……なんでここに? しかもすごい荷物だけど」
「メッセージ送っても何の返事もねぇがらOKズことだと思ってあったんだばって」
慌ててスマホを取り出す。数日前に空蝉ねーちゃんから届いたメッセージを読み返す。
よくよく読むと「東京にいきたいのだが、住めるところが思いつかないので、一緒に暮らしたい」というあんまりにあんまりなメッセージが来ていたのだった。
「だったらもうちょっと読みやすいメッセージ送ってよ」
「しょーがねえべ国語の成績はだいたい死んでらんだから。ほかに行くアテもねえしよ、アパート借りれる稼ぎが手に入るまで住んでいいべか」
「なにで稼ぐつもり? まさかダ」
「ダンジョン配信!」
食い気味に言われた。ダンジョン配信っつったか、いま。
「まさかと思うけど、本気でダ」
「ダンジョン配信、あれおもしれーものなぁ。あたしも高校のとき剣道部と柔道部とフェンシング部に助っ人として呼ばれる美術部員であったからよ、腕っぷしには自信あるのや」
なんだ、剣道部と柔道部とフェンシング部に助っ人として呼ばれる美術部員、というのは。でも確かに当時の記憶ではどれもけっこういい結果だったような気がする。腕っぷしがすごいのは確かだと思う。
「空蝉ねーちゃん、ダンジョン配信なんてごろつきのやることだよ。まだ科学的な解明が進んでなくて危険なんだよ、ダンジョンっていうのは」
「そこがおもしれぇんでねっかぁ。さすがに『みひろチャンネル』は観てるんだべ?」
「……なにそれ」
「えっ、雨雪くん、『みひろチャンネル』知らねんだか!?」
空蝉ねーちゃんが言うには、「みひろチャンネル」というのはかなり古参の、かわいい顔でモンスターを素手で薙ぎ倒していくダンジョン配信者らしい。その配信を見て、空蝉ねーちゃんはダンジョン配信者になると決めたようだった。
もちろんダンジョン内部に入るのは危険なことだし、だからライセンスを得ないと入ることはできない。
しかしそう反論したものの、そのライセンスというのが原チャリの免許レベルという話も、空蝉ねーちゃんは把握していた。
とにかくいくアテもないというので、しょうがないのでアパートに入れた。カプセルホテルにでも泊まれと追い出すことも考えたのだが、空蝉ねーちゃんは高速バスや配信機材の代金でお財布がスッカラカンのスカンピンらしい。
かなり用意周到に、空蝉ねーちゃんはダンジョン配信者になろうとしていたのだと思われる。事実、荷物からはダンジョン配信者御用達だという自律ドローンカメラやボディカメラ、そのほか配信機材が続々出てきた。それに混じって下着やらなにやらが出てくる。
「よし。ばんげままこしぇるべかの」
要するに「晩ご飯つくるね」という意味である。訛りがキツすぎる。空蝉ねーちゃんは台所に立つと、冷蔵庫を開けた。いきなりよその冷蔵庫を開けるとか、遠慮はないのか。
「あいっ。なんも入ってないでねっか」
男子高校生の一人暮らしだ、食卓に並ぶものはだいたいコンビニ弁当かカップ麺だ。そういうと空蝉ねーちゃんは小鼻を膨らませた。
「しかたねぇ。近くにスーパーあるべ? 適当におかずの材料買ってくるから、財布貸して」
空蝉ねーちゃんは強引なのであった。財布を預けて数分後、空蝉ねーちゃんは食材をいろいろ抱えて帰ってきて、てきぱきと夕飯をこしらえた。焼きビーフンとポトフだ。脈絡がない。
しかし久々に他人の作ったものを食べて、僕は完全に胃袋を掴まれていた。
そういうわけで、空蝉ねーちゃんは、僕のアパートに居着いてしまったのである。
◇◇◇◇
ダンジョン。
それは東京のいたるところに出入り口のある、この世とは違う理によって支配された世界。
虻川空蝉は、そこに一歩を踏み入れるべく、東京にやってきたのである。
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