十年以上会えなかった幼馴染と同窓会帰りにコンビニで再会した話

月之影心

十年以上会えなかった幼馴染と同窓会帰りにコンビニで再会した話

 俺は小寺こでら政人まさと

 始業ちょっと前に出社して、事務仕事片付けて外回りして戻って日報書いて、定時ちょっと過ぎに退社する……どこにでも居る退屈なサラリーマン、28歳。


 今日は高校3年の時の学年同窓会がある。

 特別会いたい奴が居るわけでは無いが、卒業後5年目にあった同窓会は仕事が忙しくて参加出来なかったので、10年目くらいは出ておこうと思っただけ。


 「お先に失礼します。」


 定時を10分程過ぎた時、俺はパソコンをシャットダウンして席を立ちあがり、タイムカードを押してオフィスを後にする。

 同窓会は19時から。

 オフィスのある最寄り駅近くのホテルが会場になっていたのは有難かったが、始まるまでまだ1時間以上あるのは暇を持て余しそうだ。

 俺はオフィスビルの横にある自動販売機でコーヒーを買うと、会社と会場の間にある公園のベンチに腰を下ろして時間を潰す事にした。


 (も来るかな……)


 コーヒーを一口飲んで空を見上げながら、ひと時たりとも消える事の無い一人の女の顔が浮かんだ。



 竹中たけなか弘果ひろか

 幼稚園から高校2年までずっと同じクラスメートで、高校3年で俺は大学進学組、弘果は専門学校進学組になった事で初めて別々のクラスになった唯一の女子だ。


 「政人は将来何になりたいの?」


 「んー、そうだなぁ……プログラマーとかかっこ良くね?」


 「言葉の響きはいいけど大変な仕事だって聞くよ?」


 「大変じゃない仕事なんか無いだろ?そういう弘果は何がしたいんだ?」


 「私はお嫁さんかな。」


 「園児かよ。」


 「いいじゃん。好きな人とずっと一緒に居て、その人の為にお料理したり洗濯したり出来るんだよ?」


 弘果は自分のなりたい事の為に、高校を卒業したら調理師の専門学校に行くと言っていた。

 専門学校に行きながら清掃業社やクリーニング店でバイトもしたいと言っていたので、俺が思っていた以上にかなり本気で『お嫁さん』になりたいと思っていたのだろう。


 だが、高校3年になって1ヶ月も経たない内に、弘果は学校に来なくなった。

 LINEを入れても未読のままだし、電話を掛けても出てくれる事は無かった。

 周りの噂話好きな連中が『他校の男子生徒と付き合っている』『騙されて大勢にレイプされた』『風俗に売られて廃人みたいになっている』なんて話を聞いたが、弘果に限ってそんな事は有り得ないと耳を塞いでいた。


 そんな弘果が姿を現したのは、学校に来なくなって1ヶ月程経った頃だった。

 綺麗な黒いストレートだった髪は明るい茶髪でぼさぼさになっていて、耳にはいくつもピアスが着いていた。

 派手なメイクと着崩した制服に学校が騒めいていた。

 当然、生徒指導の先生に捕まって指導室に連行されていたが、こっそり覗きに行ったクラスメートが『先生の怒鳴り声しか聞こえなかった』と戻って来て拍子抜けしたのを覚えている。


 その翌日、弘果は無理矢理染めたような黒髪にピアスを外し、メイクも最低限という感じになっていたが、一度あの姿を見た弘果のクラスメートはすんなり受け入れる事が出来なかったようで、昼休みにこっそり覗きに行った弘果の居る教室で、弘果は窓際の席で孤立していた。


 「何があったんだよ?」


 授業が終わった後、俺は弘果が出てくるのを校門の外で待ち、出て来た弘果を捕まえて尋ねた。


 「何もないよ。」


 「何もない奴があんな派手な格好になるわけないだろ?」


 「何もないったら何もないんだよ。政人の気にする事じゃないんだから。」


 「……っ!」


 「いいじゃんか。私がどんな格好しようと政人には関係ないじゃん。」


 俺には関係ないと言われ、何故か俺は落ち込んだ。

 確かに幼稚園から高校2年までずっと同じ組で過ごして来た幼馴染とも呼べる間柄ではあるが、友達以上の関係かと言われると何も言えない。


 「そんな事よりさ……政人ってまだ童貞だよね?」


 「なっ!?」


 「あははっ!その反応!やっぱまだかぁ。」


 「わ、悪いかよっ!?」


 「悪いなんて言ってないじゃん?それなら私が童貞貰ってあげようか?」


 「!?」


 弘果とは友達として長い付き合いがある。

 俺の仲良くしていた弘果はそんな事を言う女じゃなかった。

 俺の頭の中には(あの噂は本当だったのか……)という思いで埋まっていった。


 「お、お前……な、何言って……」


 「何狼狽えちゃってんのよ。男子高校生の頭の中なんてテキトーに声掛けた女とセックス出来ればいいやくらいなモンでしょ。ほら、今アンタが『うん』って頷けばこの体、好きに出来るんだよ?」


 弘果は着崩した制服の胸元に手を持って行き、ボタンを外したブラウスの首元を引っ張って胸の谷間を見せ付けてきた。

 正直に言えば、中学生くらいの頃から弘果の事は異性として見ていた。

 ぶっちゃけ、初めて好きになった異性でもある。

 清楚系美少女という言葉がよく似合う弘果は男子からの人気もあったし、年々女性らしい体付きになっていく弘果に欲情した事もある。


 だが、今の弘果は違う。


 「ば、馬鹿にすんな!何がセックス出来ればいいだ!俺にだって選ぶ権利はあるんだからなっ!」


 そう言った俺に、弘果は口角をニヤッと上げると俺に背中を向けて右手を頭の高さまで上げてひらひらと振った。


 「ならもう話は無いね。いい子チャンはしっかり勉強するんだよ。」


 弘果はそれだけ言うと、固まったままの俺を残して家の方へと駆けて行った。


 その後、弘果のクラスメートに聞いたところ、弘果は学校へは来るもののロクに授業も受けずに教室を抜け出してサボってばかりだったそうだ。

 先生も弘果に対してはまるで腫れ物にでも触るかのように口だけの注意をし、寧ろ教室を出て行ってくれた方が気を遣わずに済んでいるようだと言っていた。


 大学受験を終え、合否発表までの間に執り行われた卒業式に弘果は姿を見せなかった。

 周りの連中も弘果の事は一言も口にせず、弘果が来なくてホッとしている雰囲気すら感じられた。


 大学に合格した俺は、春から大学生となって真面目に講義を受ける日々を送ったのだが、弘果とは高校卒業前に学校でちらっと姿を見掛けて以来会っていなかった。



 「おぉ!小寺か!?久し振り!」


 「え?小寺君、来たの?わぁ!ホント久し振り!」


 「何かお前、全然変わってないのな!」


 高校時代の元クラスメートたちが俺の姿を見て声を掛けて来る。

 半分くらいのメンバーは『誰だったっけ?』という感じではあったが、話をしている内に誰だったか思い出し、それを気取られぬように話を合わせる……という時間が過ぎていた。


 「ん?小寺、誰か探してんの?」


 俺は無意識の内に会場内をぐるりと見回していた。


 「え?あ、いや、誰が来てるのかなぁと思ってさ。」


 「あー、受付に戻れば参加者の名前は分かるだろうけど……俺が聞いて来てやろうか?」


 「いや、そこまでしてくれなくてもいいよ。」


 3年の時のクラスメートだったそいつは『そうか?』とだけ言って他の連中に呼ばれ、俺の傍を離れて行った。

 俺は小さく息を吐いてもう一度会場内を見回したが、やはり弘果の姿はどこにも見えなかった。


 (やっぱ来てない……か……)


 同窓会はそれなりに盛り上がり、やがて当時生徒会長をしていた奴が壇上から挨拶と一本締めをして閉会となった。


 (さて、帰るか……)


 氷の融けたグラスをテーブルの上に戻し、会場を出ようとした時、俺は元クラスメート数名に声を掛けられていた。


 「おぉぃ小寺ぁ!お前、二次会行くだろぉ?」


 「いや、明日も仕事だから今日はもう帰るよ。」


 「えぇ~今日くらいいいだろぉ~?折角再会出来たのによぉ~!」


 「悪いな。また次の時に誘ってくれよ。」


 「ンだよぉ……次っていつだよぉ?」


 (絡み酒かよ……めんどくせぇな……)


 随分酔っているソイツを、周りの連中が宥めるように俺から引き剥がしてくれた。


 「ゴメンね小寺君。コイツ酒癖悪くてさ。明日になったら忘れてるだろうから気にしないで。」


 「すまない。」


 「ところで小寺君、『竹中さん』て覚えてる?」


 俺は弘果の苗字が唐突に出て来た事に驚いたが、努めて平静を装いつつ、またネガティブな噂を聞かされるのではと身構えた。


 「あ、あぁ覚えてるよ。」


 「連絡先とか知らないかな?小寺君、竹中さんが学校来てた頃は仲良かった気がしてたからさ。」


 「え?」


 「同窓会の案内が彼女だけ届かないのよね。来てくれてもアレだけどさ……案内だけはしておかないと後で色々言われても困るし。」


 嫌な噂話では無かった事に安堵しつつ、あの頃の弘果の印象は引き摺ったままのようで、お世辞にも好意的とは言えなかった。


 「あー、悪い……俺もその……高校卒業してからは連絡取ってないから……」


 「そうなんだ。あ、じゃあ私もう行くね。また皆で集まる時も来てよね。」


 見覚えはちゃんとあるけど最後まで名前を思い出せなかった彼女は、俺に笑顔で手を振りながらさっきの連中の方へと走って行った。


 (はぁ……疲れた……)


 俺は会場を後にすると、心地よい夜風の吹く夜の街を最寄り駅へ向かって歩いた。



 酔い覚ましついでに少し歩こうと、最寄り駅から線路沿いに歩いて行くと、隣の駅が見えて来た辺りでどこにでもあるコンビニの看板が目に入った。

 水でも買って行こうと自動ドアをくぐる。


 「いらっしゃいませぇ。」


 平坦な挨拶が聞こえる普通のコンビニだ。

 俺は冷蔵庫の並ぶ棚から水の入ったペットボトルを取ってレジへと向かい、支払いを済ませて店の外へ出た。

 店の外ではそのコンビニのユニフォームを着た女性がゴミ箱の袋を入れ替えているところだった。


 「あ、すぐ済ませますねぇ。」


 そう言った女性店員の横顔を見て、俺は開けたペットボトルの蓋を落としてしまった。


 「弘……果?」


 「え?」


 顔を上げて俺の方を向いたその女性は間違いなく弘果だった。


 「あ、政人?久し振りだね。」


 弘果はあまり感情の起伏を見せず、『こんばんは』とか『おやすみ』みたいなトーンでそう言った。


 「な、何で弘果がここに……?」


 「何でって……私、ここでバイトしてるから。政人は?仕事帰り?」


 俺は同窓会の事を言って良いものかどうか迷いつつ別に隠す事でもないと、さっき同級生が弘果の所在を訊いてきた事も含めて正直に話した。


 「あー、私高校卒業してから何度か引っ越してるから住所誰も知らないよね。まぁ案内来ても行かないけど。」


 「バイト、何時までだ?」


 「今日は22時までだよ。」


 「もし時間あるならバイト終わってから少し話さないか?」


 「いいよ。この店の裏手に公園あるからそこで待ってて。」


 「分かった。じゃあ22時にまた。」


 そう言った俺に弘果は少し疲れたような顔を笑顔にしてひらひらと手を振って店内へと消えて行った。



 温くなったペットボトルの水を飲み終え、空になったペットボトルをぷらぷらと揺すりながらベンチに座って空を見上げているところに、私服の弘果がやって来た。


 「お待たせ。」


 弘果は右手に買い物袋を提げていた。

 俺の隣に座った弘果は、袋の中から廃棄予定だったであろう弁当を取り出すと、がシャガシャと袋を破いて弁当を食べだした。


 「すぐ済ませるからもうちょっと待って。もうお腹空きすぎて吐きそうだった。」


 「ゆっくりでいいよ。」


 俺はベンチから立ち上がってゴミ箱にペットボトルを捨ててきた。

 振り返ってベンチに座ってコンビニ弁当を美味しそうに食べる弘果を見ると、何だか無性に悲しい気持ちになっていた。

 そんな感情を見せまいと、俺は公園内をぐるりと見回してベンチの辺りをゆっくりと歩き回っていた。


 「ふぅ、ご馳走様っと。」


 弁当を食べ終えた弘果が満足そうな顔をして手を合わせていた。


 「毎晩そんななのか?」


 「ん?まぁ結構多いかな。帰って作るのも面倒だし。」


 分からなくも無いが、あれだけ『お嫁さんになる』と言いながら家事全般頑張ろうとしていた弘果の口から出た言葉だという事に違和感を持った。


 「それで、話って?」


 「え?あ、いや、何か用事があるとかじゃないんだ。久し振りに会ったから話がしたいと思っただけで。」


 「そっかそっか。と言っても私は話せるような事なんか何も無いし。政人の話でも聞かせてもらおうかな?」


 「俺?普通に大学出て会社入って毎日仕事してるだけだぞ?」


 「それ言ったら私だって高校卒業して家出てあちこち転々として毎日バイトしてるだけだよ。」


 「いやいや、十分アグレッシブだろそれ。」


 弘果は『ふふっ』と笑って立ち上がると、ゴミ箱に弁当のプラケースを押し込んで戻って来た。


 「色々あったのよ。」


 「聞かせて欲しい。」


 「あんまり面白い話じゃないよ?」


 俺が弘果の方を見て無言で頷くと、弘果は小さく息を吐いてからぽつりと口を開いた。

 高校2年の時に両親が離婚して扶養能力のある父親に引き取られた事。

 高校3年の時に父親が再婚した相手と折り合いが悪く勉強が手に付かなかった事。

 成績が落ちた理由を話しても継母の言い分ばかり聞いて自分の事は一切信じてくれない父親に反抗して派手な格好をしていた事。

 益々関係が悪くなっていく父親と継母から離れる為に家を出た事。

 居場所がバレないように方々を転々としながらバイトをして食い繋いでいた事。

 弘果は身の上に起きた事を淡々と語ったが、平々凡々な生活を送ってきた俺には全てが衝撃的だった。


 「ね?つまんない話でしょ?」


 弘果の中ではもう吹っ切れているのか、その表情に暗さや陰りは無かった。


 「うん。呆れるほどつまらなかった。」


 「そう言われると何か腹立つなぁ。」


 「あははっ。悪い悪い。それで、前言ってた『お嫁さんになりたい』っての、頑張ってるのか?」


 弘果はキョトンとした顔で俺の方を見ていたが、少し間を空けて何かに気付いたようにくすくすと笑いだした。


 「そんな事覚えてたんだ。んー、そうだね。バイトが休みの日に家の事やってたら『頑張ってるなー』って思う程度だね。政人はプログラマーになれたの?」


 俺は目を閉じて首を左右に振った。


 「世の中そんなに簡単じゃないってね。でもソフト開発してる会社に入社は出来たんだ。そこで営業やってる。」


 「半分叶ったって感じ?」


 「やってる事は全く違うから全く叶ってないし、だからってプログラムの勉強してるわけでもないから叶う事も無いと思う。」


 「そっか。お互い夢は叶ってないんだ。」


 そう言った弘果は『んしょっ』と言ってベンチの上で腰の位置をずらして座り直した。


 「それで、彼女はできたかい?」


 「は?いきなり何だよ?」


 「高校の時は政人って童貞だったからさ。ちゃんと捨てられたかな?って。」


 「久々に会ってド下ネタかよ。言わねぇ。」


 「えー?教えてくれたっていいじゃん。」


 「そ……」


 「そ?」


 『そう言う弘果は……』と言いかけて口を噤んだ。

 信じているわけではないが、高校時代に流れた弘果の噂が本当なら、弘果は俺なんかよりもずっと早く経験を済ませていた事になるし、その後の事も……。


 「何でもない。」


 「えー残念……っと、もうこんな時間。そろそろ帰ろうかな。」


 「え?あぁ、随分話し込んでたんだ。送ろうか?」


 「大丈夫だよ。アパートすぐ近くだから。」


 そう言って弘果はベンチから立ち上がってお尻をパンパンと叩いた。


 「偶然だったけど今日は会えて嬉しかったよ。」


 「うん。私も嬉しかった。それじゃ……」


 「あ……」


 振り返って立ち去ろうとする弘果に、俺は思わず声を掛けていた。


 「ん?どうしたの?」


 「その……また今度、飯でも行かないか?」


 そう言う俺に、弘果は体を俺の方に向けて柔らかい笑顔を見せた。


 「行かない。」


 「え?」


 「政人に会うのは今日が最後。」


 「え……ど、どういう事?」


 「ん?そのまんまだよ……」


 弘果は顔をぐっと寄せて下から俺の顔を見上げるようにして口を開いた。


 「次会ったらまた火が点きそうだからさ。」


 「火?え?」


 戸惑う俺からゆっくり離れた弘果は、くるりと体を回して俺に背中を向けた。


 「私、政人のこと好きだったんだよね。」


 「え……」


 「告白しようかなーって思ってた時期に色々あって結局言えなかったけど。」


 「ちょっ……え……?」


 言いかけた俺を弘果が左手を上げて制した。


 「その頃に私の有りもしない噂も流れてたみたいだし。告白してたら政人に迷惑掛かってたかもーなんて思ったら告白しなくて正解だったよね。」


 「……」


 「どこから出て来た噂話か知らないけど、『妄想乙~』って思ってたよ。今思うと馬鹿馬鹿しい内容で嘘だってすぐ分かるようなモンだけど。」


 俺は10年来の胸のつっかえが取れたようで少し冷静になれた。

 やっぱり弘果は噂されていたような事は何も無かったのだと。


 「ま、もう10年以上前の話。最後に言えてスッキリした。じゃあ元気でね。」


 のように、弘果は右手を頭の上に上げてひらひらと振りながら公園の出口へと足を向けた。

 デジャブのような感覚に包まれる視界に、俺の体が動いていた。


 「え?」


 俺は立ち去ろうとした弘果がひらひらと振っていた右手首を掴んでいた。

 驚いた表情の弘果が俺の目を険しい眼差しで見ていた。


 「離してよ。」


 「離さない。」


 弘果の俺を鋭く睨む目が、外灯に照らされてキラキラと輝いていた。


 「俺……お前に会えなかった間、ずっとお前の事ばかり考えてたんだ。」


 「だから……何よ?」


 「俺は……今でも弘果の事が好きだ。」


 「はぁ?」


 弘果が掴まれた右手首をぐぐっと引き寄せて俺の手を振り解こうとするが、俺は振り解かれまいと更に力を加えた。


 「ちょっと、痛いってば。」


 「あ……悪い。」


 加減を誤ったと分かった俺は素直に弘果の手を離した。


 「離すじゃん……離さないって言っときながら簡単に離すじゃん!」


 「え……」


 「何!?私の事が好き?昔はそんな素振り一切見せなかったくせに!?そんな取って付けたみたいに言わないでよっ!私が政人の事好きだったのを知って流されたみたいに告白されても嬉しくないわよっ!」


 弘果は次第に大きくなる声を抑えようともせず、次第に涙声になり、やがてその大きな目から大粒の涙を流しだした。


 「弘果、聞いてくれ。」


 「聞かないっ!」


 「いいから聞いてくれ!」


 俺は一旦離した弘果の右手を、今度はそっと掴んで体の横に下ろした。

 弘果の右腕に力はもう入っていなかった。


 「俺はずっと弘果の事が好きだったし今でも好きだ。弘果が10年前の事とは言え、告白してくれた事に流されたわけじゃない。」


 「だったら何で今さら……」


 「ホント、今さらだと思うけど、今言わないと後悔するから。」


 「知らないわよそんな事……」


 「弘果の家でごたごたあった時、俺は何も知らず、何もしてやれなかった事とか、それが原因で学校に来なくなって変な噂が流れた時も、弘果が嫌な思いをしてただろうに何も出来なかった事とか、ずっと後悔してたんだ。」


 「家の事は誰にも言ってなかったんだから仕方ないじゃない……」


 「それでもだ。ずっと一緒に居たのに俺は弘果に何もしてやれなかった。だから、もうこれ以上、後悔はしたくない。俺は弘果を幸せな『お嫁さん』にしてやりたいんだ。今は1馬力じゃキツい給料しか貰ってないけど、その内俺だけの収入で楽させてやれるように頑張る。弘果には料理の腕磨いてもらって、高級食材を気にせず買ってこれるようにする。部屋も2人暮らしするのは狭いから広い部屋に引っ越さないといけないけど今の給料じゃキツいからもっと頑張る。それから……」


 「わ、分かった、分かったから……」


 気が付けば俺は随分興奮していたようで、弘果の右手を掴んでいた手をいつからか弘果が撫でてくれていた事に気付かなかった。


 「弘果……あ、すまん……」


 「はぁ……まったく……」


 弘果は俺の胸に額をコツンと当ててきた。


 「弘……果……?」


 「今の時代、1人で頑張るなんて流行らないよ。」


 「え……でもそれじゃ弘果のなりたい『お嫁さん』には……」


 「ばぁか……」


 弘果が俺の胸に額を当てたまま、俺の背中に両腕を回して抱き着いてきた。

 俺は弘果の体を両腕で包み込み、そっと抱き締め返した。

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