星降る夜に王子様が降ってきました

仲瀬 充

星降る夜に王子様が降ってきました

星降る夜に王子様が降ってきました。

(ここはどこ?)

360度、見渡す限りの砂漠です。

視線を足元に落とすとすぐ横にお爺さんとお婆さんがいました。

二人とも砂の上に座り込んでいたので気づかなかったのです。

王子はとりあえず挨拶をしました。

「こんばんは」

「ボンソワール!」

「え?」

「わしらはフランスのリーヴルから来たんじゃ。少年、君は?」

王子は指を上空に向けました。

「ジョード星から。あの、ここどこなんですか?」

「キューチ星のサラバ砂漠だ。ジョード星からわざわざこんな星に?」

「父さんの命令なんです。国王の位を継ぐために社会勉強をしてこいって」

「君はジョード星の王子様なのか。それならこの星は社会勉強にうってつけだ」

王子は座るように促されました。

お爺さんは長いあごひげを生やしています。

お婆さんは星明かりではよく分かりませんが赤い顔をしているようです。

(恥ずかしがり屋さんなのかな?)

「あの、どうしてうってつけなんですか?」

きよらかなジョード星と違ってこの星は混乱の真っただ中にあるからさ。名称も以前はチキューだったのに窮地におちいってからはキューチ星に変わった。このサラバ砂漠も以前はサハラ砂漠と呼ばれていた。全て混乱のなせるわざだ」

「混乱っていうよりダジャレみたいですけど」

「バカなことを言うな! わしはダジャレほど嫌いなものはない!」

王子はすごい剣幕で怒られました。

「すみません。でもチキューはどうして窮地に陥ったのですか?」

「自由のせいだ。個人も国も自由を求め過ぎて不自由になったのじゃ」

王子は少し眠くなりました。

「難しくて分かりません」

「簡単に言えば皆が自分のことしか考えなくなったのだ。するとどうなる?」

「けんか?」

「そうだ、世界中が戦争になりかけた。だが人間もバカではなかった。国連が中心になって世界連邦を結成したんじゃ。国がなくなれば戦争は起こらないからな」

「窮地を脱したんですね」

「いや、やっと法律ができたところだ。世界がまとまるには簡単な法律がよいということでモーセの十戒を採用しようとした。結局もっと簡単な仏教の五戒になった」

「ゴカイ?」

「五戒を知らんのか?」

「釣りのエサ?」

「それは誤解だ。殺生せっしょう(生き物を殺すこと)、偸盗ちゅうとう(他人の物を盗むこと)、邪婬じゃいん(不健全な男女関係)、妄語もうご(嘘をつくこと)、飲酒おんじゅ(酒を飲むこと)、この五つをしてはならんといういましめが五戒だ。飲酒は多少許されるが」

王子は頭をひねりました。

(ダジャレ嫌いなら「誤解」がダジャレなはずないよね?)

「何を考えておる?」

「ゴカイが、あ、いえ、妄語の戒め以外は当たり前すぎて意味ないなって」

お爺さんは長いあごひげをしごきながら笑いました。

「その程度の理解では国王になれんぞ。嘘だろうが殺人だろうが五戒の根本原因はみな同じだ」

「どういうことですか?」

「それはだな」

お爺さんは喜んで説明しようとしました。

するとお婆さんが怖い顔をしてお爺さんの膝をぴしゃりと叩きました。

「あなた、あんまり言うと王子の社会勉強の先取りになりますよ!」

(お婆さんの顔が赤いのは怒りんぼさんだからなのかな?)

「それでは王子よ、最後に一言だけ。むさぼるな、これを呪文のように唱えることだ」

「ありがとうございます。それで社会勉強をするのはどこがいいでしょう?」

「日本あたりがいい。ここに降ってきたようにテレポートすればよい」

「分かりました。まだいろいろと教えてもらいたかったのですが」

「それならジョード時間で1か月後にまたここで会おう。わしも王子の勉強の成果が知りたい」


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


星降る夜に王子様が降ってきました。

(この人たちはたぶん日本人だろう)

ダイニングテーブルで家族が3人食事をしています。

空いているイスに王子は突然姿を現しました。

「いらっしゃい、お腹が空いてるのね。亜里沙お皿を」

混乱しているキューチ星では何が起きても驚かないようです。

母親に言われて娘の亜里沙が王子に取り皿と箸を用意しました。

「この茶色の切り身は何ですか?」

「君は何者だ? 土用のうしの日に現れてウナギのかば焼きを知らないとは」

父親が王子を不思議そうに見ました。

「ジョード星の王子です」

「そうか、ひょっとしてジョード星にはドジョーしかいないんじゃないか? ハハハ」

父親のダジャレに母親と亜里沙が眉間みけんにしわを作りました。

「さあ食べてみたまえ。今日は金曜だが土用のウナギはうまいぞ。ハハハ」

母親と亜里沙は今度は小さく舌打ちをしました。

(二人ともどうしたんだろう? いやムサボルナ、ムサボルナ。興味本位で立ち入っちゃいけない)

黙り込んだ王子に亜里沙が声をかけました。

「どう、初めてのウナギの味は?」

(ムサボルナ、ムサボルナ)

「ボンノー」と王子は呟きました。

母親が別の大皿を勧めました。

「このハンバーグも食べてみて。私の手作りよ」

王子は一口かじって飲みこむとまた「ボンノー」と呟きました。

「ボンノー? ボーノじゃないの?」

「ジョード星人が食べ物に執着すればジゴクに落ちる、味の正体はみな煩悩ぼんのうだ。父さんにいつもそう言われてます」

母親はつまらなさそうな顔をしました。

(正直に言うのはムサボルことになるのかな?)

食べ終えた王子の手を取って亜里沙が立ち上がりました。

「オージ君、私の部屋に行こう」


亜里沙はベッドに腰かけ王子をソファーに座らせました。

「オージ君はいくつ?」

(亜里沙ちゃんは「王子」を名前だと思ってるのかな?)

「さあ、僕の星では年齢は気にしないんで。親にはよく中二病って言われます」

「中2には見えないよ。私は高3だけど同じくらいじゃない? あっ、中2って言えば!」

亜里沙はパンと両方の手の平を打ち合わせました。

「弟の信夫が中2なの、しかも引きこもり。で、オージ君にお願いだけど」

「何ですか?」

「私、お風呂に入ってくるからその間弟と話をしてみてくれない?」

亜里沙はまた王子の手を取って部屋を出ました。

(亜里沙ちゃんの気持ちも分からないのに手を握られただけでドキドキするなんて。ムサボルナ、ムサボルナ)

「ここよ、じゃお願い」

隣の部屋をノックして王子を入れると亜里沙は浴室に向かいました。


「君が信夫くん? 僕はジョード星の王子、よろしく」

「何しに来たの?」

「お姉さんが君と話してみろって」

「じゃなくてジョード星からキューチに来た理由」

「それは社会勉強」

「ふうん、国王になる前の修行ってわけだ」

王子は微笑んで頷きました。

(この子は「王子」の意味が分かってる)

「修行の参考になるかもしれないからあげる」

信夫は机の本立てから本を1冊抜き出しました。

「ありがとう」

王子が礼を言って受け取ると信夫は言いました。

「でも社会勉強なら他の家に行けばいいのに」

「どうして?」

「ここはろくな家じゃないからさ。姉ちゃんはパリピで僕は引きこもり、母さんの料理は超まずいし父さんは最悪」

「お父さんが最悪?」

「下手なダジャレばっかりでみんなウンザリなんだ。聞こえたよ、さっきも言ってたろ? ジョード星にドジョーがどうとかって」

「うん。ところで信夫くんはどうして引きこもっているの?」

「だから父さんさ、顔も見たくない。反抗期に入ったらぶん殴られ続けて引きこもったら今度はへらへらしてダジャレの連発。でたらめなオヤジさ」

(ムサボルナ、ムサボルナ。困ったお父さんだねって言っても何の解決にもならないぞ)

「オージ君、お風呂あがったよ」

もらった本に王子が目を通していると廊下から亜里沙の呼ぶ声が聞こえました。


王子は亜里沙の部屋に戻ってソファーに座り、亜里沙はベッドに腰かけてタオルで髪を拭き始めました。

「信夫と何か話した?」

「はい」

「えっ、ほんと? すごい! あの子、誰とも口をきかないんだよ!」

亜里沙は勢いよくベッドからソファーに移り王子の横に腰かけました。

そして王子の腕を取って揺さぶりました。

「ねえ、どんな話をしたの? 聞かせて聞かせて!」

「いろいろです」

(ムサボルナ、ムサボルナ。教えてあげたいけど内容が内容だ。あれ?)

王子は口をつぐんで亜里沙の胸に目を止めました。

きつめのTシャツなので胸の形がはっきりと分かります。

「やだオージ君、ジョード星人じゃなくてオッパイ星人なの?」

亜里沙は王子の腕に絡めていた手を自分の両胸に当てました。

「怪我したんですか? 胸が腫れていますね」

「腫れてる? ジョード星の女の子も同じじゃないの?」

「僕の星では男と女の体つきは殆ど変わりません」

「それで恋愛感情がわくの?」

「心です。心の浄らかな人に会えばドキドキしてもっと深く心の中を見たくなります」

そう言いながらも王子には亜里沙の胸がまだ珍しいようです。

「気になるんなら見せてあげようか?」

王子は思わず頷きました。

(しまった、ムサボッた!)

「ンなことするわけないじゃん」

亜里沙はめくりかけたTシャツを下ろして悪戯いたずらっぽく笑いました。

「さあてと、オージ君はこのソファーでいいよね。そろそろ寝よか」

キューチ星に来てから王子は何度も眠い思いをしていたのですぐに目を閉じました。

瞼の裏にお爺さんとお婆さんの顔が浮かびました。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


星降る夜に王子様が降ってきました。

目を開けると王子はサラバ砂漠に戻っていました。

「お爺さん、お婆さん、お久しぶりです」

「別れてからまだ1日も経ってないんじゃがな」

「僕も不思議です」

「目まぐるしく自転する小さなジョード星と違ってこのキューチの1日は24時間もあるからな」

「はい、テレポート先での夜の数時間が何日も徹夜しているように感じられました」

「うむ。それで社会勉強の成果はどうじゃったかな?」

「ムサボルナ作戦で頑張りましたがうまくいきませんでした」

「うまくいかなかったとは?」

王子は4人家族との接触の模様を話した後でこうまとめました。

「ムサボルナと唱えると消極的になってしまって何もできません。かといって積極的に出るとムサボルことになってしまいます」

風呂上がりの亜里沙の姿を思い浮かべながら王子は話し終えました。

そんな王子にお婆さんがじっと視線を注いでいました。

「恋をしたの? 顔が赤くなっているみたいね」

(ふん、いつも顔の赤いお婆さんに言われたくはないよ)

お爺さんは腕組みをほどいて言いました。

「いい経験をしたみたいだな。目上の人間や目下の人間との接触、同年代の娘さんとは恋愛の勉強まで。それでも悔いが残っているならもう一度行ってはどうじゃ?」

「やり直してみます。今度はどんな呪文を唱えればいいですか?」

「柳に風作戦でいくがよい。何事も柳に風と受け流すのじゃ」


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


星降る夜に王子様が降ってきました。

ダイニングテーブルで家族が3人食事をしています。

空いているイスに王子は突然姿を現しました。

「いらっしゃい、お腹が空いてるのね。亜里沙お皿を」

どうやら王子は1日前の同じ場所、同じ時間にテレポートしたようです。

母親に言われて娘の亜里沙が王子に取り皿と箸を用意しました。

「この茶色の切り身は何ですか?」

「君は何者だ? 土用のうしの日に現れてウナギのかば焼きを知らないとは」

父親が王子を不思議そうに見ました。

「ジョード星の王子です」

「そうか、ひょっとしてジョード星にはドジョーしかいないんじゃないか? ハハハ」

父親のダジャレに母親と亜里沙が眉間みけんにしわを作りました。

(面白くなくても柳に風、柳に風)

王子はにっこり笑って言いました。

「そうなんです。ドジョー、いや同情して頂いてありがとうございます」

「ん? ドジョーに同情をかけるとは中々やるな。今日はうしの日なのに君とは馬が合いそうだ。ハハハ」

母親と亜里沙は箸を休めて父親と王子の顔を交互に見ました。

「そんなにほめられると土用だけに動揺します」

「ハハハ、愉快愉快! さあどんどん食べたまえ」

父親につられて母親も笑顔になりました。

「このハンバーグも食べてみて。私の手作りよ」

王子は一口かじるとすぐに飲みこみました。

「どう、味は?」

母親は不安げに王子を見つめます。

(真正面から答えれば「超まずい!」だけど柳に風、柳に風)

「手作りって聞くと有難味ありがたみという味が加わりますね」

喜んだ母親は残っていた1個も王子の皿に移しました。

(これは有難迷惑だ!)

食べ終えた王子の手を取って亜里沙が立ち上がりました。

「オージ君、私の部屋に行こう」


亜里沙はベッドに腰かけ王子をソファーに座らせました。

「オージ君はいくつ?」

(亜里沙ちゃんは「王子」を名前だと思ってるのかな?)

「さあ、僕の星では年齢は気にしないんで。親にはよく中二病って言われます」

「中2には見えないよ。私は高3だけど同じくらいじゃない? あっ、中2って言えば!」

亜里沙はパンと両方の手の平を打ち合わせました。

「弟の信夫が中2なの、しかも引きこもり。で、オージ君にお願いだけど」

「何ですか?」

「私、お風呂に入ってくるからその間弟と話をしてみてくれない?」

亜里沙はまた王子の手を取って部屋を出ました。

(亜里沙ちゃんの気持ちも分からないのに手を握られただけでドキドキするなんて。柳に風、柳に風)

「ここよ、じゃお願い」

隣の部屋をノックして王子を入れると亜里沙は浴室に向かいました。


「君が信夫くん? 僕はジョード星の王子、よろしく」

「何しに来たの?」

「お姉さんが君と話してみろって」

「じゃなくてジョード星からキューチに来た理由」

「それは社会勉強」

「ふうん、国王になる前の修行ってわけだ」

王子は微笑んで頷きました。

(この子は「王子」の意味が分かってる)

「修行の参考になるかもしれないからあげる」

信夫は机の本立てから本を1冊抜き出しました。

「ありがとう」

王子が礼を言って受け取ると信夫は言いました。

「でも社会勉強なら他の家に行けばいいのに」

「どうして?」

「ここはろくな家じゃないからさ。姉ちゃんはパリピで僕は引きこもり、母さんの料理は超まずいし父さんは最悪」

「お父さんが最悪?」

「下手なダジャレばっかりでみんなウンザリなんだ。聞こえたよ、さっきも言ってたろ? ジョード星にドジョーがどうとかって」

「うん。ところで信夫くんはどうして引きこもっているの?」

「だから父さんさ、顔も見たくない。反抗期に入ったらぶん殴られ続けて引きこもり出したら今度はへらへらしてダジャレの連発。でたらめなオヤジさ」

(柳に風、柳に風。困ったお父さんだねって言っても何の解決にもならないぞ)

そう思った王子でしたが信夫や父親の身になってみるとだんだん悲しくなってきました。

信夫が不審そうに王子の顔を覗き込みました。

「何を考えてるの?」

「実のお父さんを悪く言わなきゃならない君の心はどんなに苦しいだろうって…」

信夫のハッとした顔はすぐに泣き顔に変わりました。

王子は信夫が落ち着くのを待って語りかけました。

「君は本当はお父さんを嫌ってなんかいない、きっと自分を分かってほしいだけなんだ。でもね、それならお父さんみたいに少しは君も動かなくちゃ」

信夫は涙を指で拭いながら聞き返しました。

「父さんみたいにって?」

「お父さんがダジャレを言い出したのは君が引きこもり始めた頃だよね? 恥も外聞も捨ててお父さんは必死なんだと思う、君や家族の気持ちを和ませたくて。結果は完全に裏目に出てるみたいだけど」

信夫の顔にまた涙が流れます

「じゃ、じゃ、僕はどう動けばいいの?」

(それは自分で考えなきゃ。でも柳に風、柳に風、突き放すのも可哀そう)

「適当な思いつきだけど、とりあえずお父さんが無理して頑張ってるダジャレを受け止めてあげれば?」

「オージ君、お風呂あがったよ」

もらった本に王子が目を通していると廊下から亜里沙の呼ぶ声が聞こえました。


王子は亜里沙の部屋に戻ってソファーに座り、亜里沙はベッドに腰かけてタオルで髪を拭き始めました。

「信夫と何か話した?」

「はい」

「えっ、ほんと? すごい! あの子、誰とも口をきかないんだよ!」

その時、隣の部屋のドアが開く音がしました。

亜里沙は自室のドアを細目に開けて覗きました。

ダイニングルームにまだ座っていた父親が驚いた顔で信夫を見ています。

「お腹空いた」

久しぶりに我が子の声を聞いて父親はうろたえました。

「ドジョーが、いやドジョーじゃない、ウナギがまだ1匹残ってるぞ」

信夫もこわばった顔で父親を見ました。

「1匹は多いよ、父さんも一緒にドウジョー」

亜里沙は笑いをこらえてドアを閉めるとソファーに王子と並んで座りました。

そして王子の腕を取って揺さぶりました。

「ねえ、信夫とどんな話をしたの? 聞かせて聞かせて!」

「いろいろです」

(柳に風、柳に風。教えてあげたいけど内容が内容だ。あれ?)

王子は口をつぐんで亜里沙の胸に目を止めました。

きつめのTシャツなので胸の形がはっきりと分かります。

「やだオージ君、ジョード星人じゃなくてオッパイ星人なの?」

亜里沙は王子の腕に絡めていた手を自分の両胸に当てました。

「怪我したんですか? 胸が腫れていますね」

「腫れてる? ジョード星の女の子も同じじゃないの?」

「僕の星では男と女の体つきは殆ど変わりません」

「それで恋愛感情がわくの?」

「心です。心の浄らかな人に会えばドキドキしてもっと深く心の中を見たくなります」

そう言いながらも王子には亜里沙の胸がまだ珍しいようです。

亜里沙がTシャツに手をかけました。

「気になるんなら見せてあげようか?」

王子は縦に振りそうになった首を慌てて横に振りました。

(ムサボルナ、ムサボルナ。柳に風、柳に風)

「服を脱いでも僕の知りたい亜里沙ちゃんの心の中は見えません。本当に大切なものは目には見えないんです」

そう言って王子は目をきつくつぶりました。

瞼の裏にお爺さんとお婆さんの顔が浮かびました。


◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


星降る夜に王子様が降ってきました。

目を開けると王子はサラバ砂漠に戻っています。

お爺さんとお婆さんは王子の報告を聞いて拍手をしました。

「わしの嫌いなダジャレが今回の修行では折々に役立ったようだな。それにしても…」

お爺さんは言葉を切って星空を見上げました。

「本当に大切なものは目には見えない…懐かしいなあ。わしも昔キツネさんからそう教えられた。飛行士さんもこの砂漠で同じことを言った」

(待てよ? キツネ、飛行士、砂漠、それに僕が亜里沙ちゃんに言った最後の言葉…)

王子は突然思い出しました。

(信夫くんがくれた本だ!)

「今お爺さんが言ったこと全部、本に書いてありました! フランス人のサンテグジュペリが書いた『星の王子さま』!」

「だからわしらはフランスのリーヴルから来たと言ったろう」

「リーヴルって?」

「フランス語で本、英語のブックに当たる言葉だ。『星の王子さま』の著作権が切れたんでわしらも自由の身になった。それで時々本を抜け出して思い出のこの砂漠に来ておる」

王子はびっくりしてしまいました。

「じゃお爺さんは『星の王子さま』の主人公の王子様?!」

「だいぶ年を取ってしまったがの」

お爺さんは愉快そうに笑うとお婆さんの肩に手を置きました。

「わしらの本当の故郷はサンテグジュペリ君が書いているとおりB612という小惑星じゃが、この婆さんはそこにたった1輪咲いていたバラの花なのだ」

(そうか、バラの化身けしんだから顔が赤いのか)

東の空が白み始めました。

そろそろジョード星へ帰らねばなりません。

王子は最後にダジャレ嫌いのお爺さんにちょっとしたイタズラをしかけてみました。

「お爺さんたちはB612に帰らないんですか?」

「あの星はなにせ狭すぎるんでな」

「じゃ僕と一緒にジョード星に行きませんか?」

「ありがとう、気持ちだけ頂こう。わしらはこれからリーヴルの中に戻る」

「そしたら僕とお爺さんたちとは今日限りこのサラバ砂漠で?」

「うむ、さらばじゃ」

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星降る夜に王子様が降ってきました 仲瀬 充 @imutake73

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