第5話 剣と魔法の世界

 やがて街に到着して御者席から飛び降りた俺は、街を眺めてすぐに妙な違和感を覚えた。


「……本当に二千年後の世界か?」


「何か言ったか?」


「いや、なんでもない。それより、ここまで送ってくれて助かった」


 俺は商人の男からの問いかけを適当に流すと、一つ頭を下げて謝辞を述べた。


「いいっていいって、まあ、精々目ぇつけられてように気をつけな。冒険者の中には野蛮な奴もいるからな。んじゃ、またな~」


 商人の男はそんな俺の言葉を軽く受け止めると、ひらひらと片手を振りながら馬車を走らせていった。


 良い人だったし、また会えたら嬉しいな。

 全く知らない世界だからこそ、ああいった商人と良い関係を築くのは大切になりそうだ。


 俺が今のこの世界でどのくらい通用するかわからないしな。


「さて、まずは……どうすればいいんだろうな」


 正直言って何から始めたら良いのか全くわからない。


 俺が初めて村を出て街に来た時は十歳だったが、その際はすぐに冒険者ギルドへ向かい、登録を済ませてからはただがむしゃらにモンスター討伐だけをこなしていたのを覚えている。

 今はもうそんな幼くはないし、当時のような野心も情熱もない。


 ましてや、ここは二千年後の世界だ。

 過去しか知らない俺にできることなんてあるのだろうか。


「……うだうだ考えても仕方ないな。まずは街を散策してみて、今を生きる冒険者たちの実力を把握するところから始めようか」


 俺はまだ見ぬ未知の不安に心を曇らせつつも、多くの人々で賑わう大きな通りへと足を踏み入れた。


 いざこうしてじっくり街を見てみると、やはり最初に覚えた違和感に間違いはなかったのだとわかる。

 

 街に立ち並ぶ大小多くの建物の外観はどれも木や土、レンガ、石造りになっており、それらは二千年前と変化はない。

 加えて、行き交う人々の服装を見ても、特に大きな変化はなさそうだった。冒険者であろう者たちは重厚な鎧を装備し、腰元には剣、背中にはバックパックを背負っている。


 見慣れた光景だ。


 しかし、その見慣れた光景こそが異様なのだ。


「なぜ二千年も経過しているのに、文明が発展していないんだ?」


 俺は周囲に視線をやりながら呟いた。


 本来、人間のみならず魔界に住まう魔族たちだって、長い月日を経て進化を遂げていくものだ。

 新たな素材を発見したり、ゼロから生み出したり、装いに変化が現れ、異端だったことがいつしか常識になり、そうして時の流れとともに移り変わるのが当たり前である。


 だが、なぜか二千年後のこの世界は二千年前とほとんど変わらない。


 いや、むしろ……一面だけ見ると衰退しているとも言えるか。


「……冒険者たちの実力が以前と変わらないようだが、魔法使いの姿が全く見当たらないな」


 商人の男が言っていたが、バトロードタウンは昔から冒険者が多い街らしい。

 それにしては、冒険者たちが体内に秘めた魔力量は異様に少なく、佇まいにすら覇気を感じない。

 短剣や長剣、細剣や斧、大型のハンマーや鎖鎌など皆多様な武器を装備しており、おそらく前衛であろう冒険者連中の実力はそれなりだ。


 しかし、俺が探しているのは、杖を手にローブを纏うありし日の懐かしい魔法使いの姿だ。


 そんな彼らの姿はない。


「どういうことだ」

 

「———おにーさん、何かお困りですか?」


 一人思考を続けていると、建物間の暗い路地から、茶髪の少女が顔を出した。

 少女はにこやかな顔つきで首を傾げていたが、その身に纏うほつれたベージュ色の衣服とやや痩せ気味の肉体から察するに、きっと物乞いかスラムの住民、あるいは金に飢えた貧民か何かだろうと想像がつく。


 適当にあしらって取り合わないので吉だな。

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