第4話 流れ過ぎた年月

 それなりのスピードで走ることで、俺はすぐさま馬車の背後を取っていた。


「ふんふーん……るんるるーん……」


 商人の男はご機嫌な様子で鼻歌を奏でており、こちらには気がついていない様子だ。

 

「すまない、同行してもいいだろうか?」


「うわぁっ!? な、なんだ、人間かよ! びっくりさせんじゃねぇ!」


 近寄った俺が声をかけると、商人の男はギョッと驚いて手綱を強く引いた。同時に馬が嘶き、馬車が左右に揺れる。


「そんなに驚かなくてもいいだろ。それで、お供してもいいか? 実はこの辺りの地理には疎いから、いくつか聞きたいことがあるんだ」


「んぁ? まあ、別にいいけどよ。あんた、名前は?」


 商人の男は少し不信がりつつも、横にずれて座り直してくれた。

 俺は軽く会釈をして彼の隣の位置に腰を下ろすが、商人の男は恰幅が良いからか些か狭く苦しく感じる。

 まあ、同乗させてもらっている身なので贅沢は言えない。感謝する。


「俺はジェレミー。ジェレミー・ラークだ」


 馬が歩き出すと同時に俺は簡潔に自己紹介をした。

 しかし、それを聞いた商人の男は呆れたような顔つきだった。


「おいおい、冗談はよしてくれ。魔王を討伐した稀代の天才魔法使いを名乗るなんて不敬にも程があるぜ?」


「ん? その話を知っているということは、もうこの世に魔王はいないんだな?」


「何寝ぼけたこと言ってんだよ。魔王なんて二千年前に滅びてるじゃねぇか。今じゃあ、魔族の生き残りと増え続けるモンスターしかいねぇよ。ったく、魔王だけじゃなくてそいつらもついでに滅ぼせっつーの」


 商人の男はまるで変人を見るかのような視線を向けてきた。嘆息しているところ悪いが、勝手に話を完結してもらっては困る。

 俺には確認したいことが山ほどできたのだから。


「ま、待て! 二千年前って言ったか!?」


「おう。魔王グラディウスが滅んだのは二千年も前の話だ。世界の常識だぜ?」


「……そうか」


 今一度確認してみたが、答えは同じだった。


 二千年前って……長命種と言われるエルフだって、五百年から千年で寿命を迎えるので、もはや俺のことを知っている人間は誰一人として存在していないだろう。


 ショックだな。


 まさか二千年も眠り続けていたなんて、少しくらいは想定していたが流石に現実になると気が休まらないな。


「なんだ? まさか本当にあんたは何も知らずに、たまたまあのジェレミー・ラークと同姓同名なのか?」


「いや、さっきのは冗談だ。忘れてくれ」


 頭を抱えてショックを隠せずにいると、商人の男が心配そうに覗き込んできたが、俺は咄嗟に誤魔化して表情を取り繕った。

 これについて考えるのは後にしよう。今はもう少し別のことを知りたい。


「そうかい。ところで、なんであんたはこんな草原にいたんだ? ここにはモンスターなんて現れねぇし、賢者の森の側だから近づく奴なんてあんまりいねぇぜ?」


「賢者の森?」


「それも知らねぇのか。向こうにでっけぇ森があったろ? ありゃあ賢者の森っつって、二千年前に賢者ジェレミー・ラークと魔王グラディウスが相討ちした場所だよ。変なオーラが出てんのか知らねぇが、なぜか魔族もモンスターも近寄らねぇし、あそこだけ土壌が良すぎて昔からずっと大森林が広がってんだ。ちなみに、俺ら人間も見えない壁みてぇなもんに阻まれて立ち入ることはできねぇ。これも世界の常識だ」


 商人の男は珍しい物を見つけたような不思議な顔つきでこちらを一瞥した。

 確かに、あそこは俺と魔王グラディウスが戦いを終えた地だ。


 となると、単なる予想になるが、あの場に大森林ができたのは俺のせいかもしれない。

 地中深くで眠りにつき、氷を伝って溢れ出る微弱な魔力が土壌に蓄積し、長い年月を経てあの辺り一帯の植生を変化させたのだろう。

 魔族やモンスターが近寄れないのは、本能的に危険を察したからか。偶然ではなさそうだ。


「色々と教えてくれてありがとう。ところで、馬車はどこへ向かっているんだ? 目の前に見えるあそこか?」


「ああ。ぐるーっと高い外壁で囲われてるだろ。あそこはバトロードタウンっていう、昔っから冒険者が多くて中々血気盛んな街だ。俺は近くの別の街からバトロードタウンにモノを売りにきたってわけさ」


「聞いたことがない街だな」


 バトロードタウン。知らないな。


 かつて、あの場所には魔界へ赴く屈強な冒険者たちが利用する休憩施設ブレイクスポットがあった。魔界から程近いので危険も多く”死のエリア”と呼ばれていたはずだが、二千年も経つとすっかり変わっているようだ。

 

「行きゃあわかるさ。モンスターを倒せる冒険者が華の世の中だし、当然のように腕っぷしが全てだからな。あんたは見たところ冒険者っぽいが、丸腰みたいだし気をつけろよ」


「わかった」


 わざわざ警告してくれるとは、この商人の男は中々優しい性格だな。

 だが、俺だって一応数々の死線を潜り抜けてきた冒険者の一人だ。二千年も経てば魔法の技術なんかも異様なまでに進歩しているだろうし、正直俺が通用するかすらわからない。


 油断することなく、街を散策してみるとしよう。





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