第16話 戦闘シーン
言われた通りに外に出てみると、トイレに直行した氷室を除く全員が待機していた。
「あ、明平君! ムロランどこに行ったか、知らない?」
切羽詰まった様子の氷華に現状説明をしようと口を開いた瞬間、背後に突然気配を感じて明平は驚いた。
「遅れてすまない! すぐに送る!」
脈を乱された心臓を休ませる間もなく、皆が輪になって手を繋ぎだした。
「ほら、君たちも!」
氷華にそう言われ、明平と天降も慌てて輪に入った。
彼の右手は氷華にぐいっと掴まれ、左手には急いでいたせいで中途半端に繋がれている天降の手があった。
ああ、これが女の子の手の感s
一面の海と、荒れた歪な海岸。
日は既に姿を隠してしまい、漏れ出る光が空に奇妙な色を作っていた。
「全員位置について! 天降は迎撃と光源の準備!」
「はい!」
視界に映るものをはっきりと認識できた頃には、準備が始まっていた。よく分からないが、きっと出動要請とやらがあった現場に到着したのだろう。氷室があちこち飛び回って指示を出している。
「波留、敵の位置は?」
「東の方向、およそ3km先、船が一
恐らく肉眼で遠くを見ることができる能力だろう。いつもはゆるゆるな雰囲気の彼女も、このときばかりは真剣である。
「冴苫、通信を傍受したら教えてくれ!」
「はいなのです!」
今度は目の前にやってきた氷室が、明平の名を呼んだ。
「明平!」
「うおあっ!?」
「お前は……お前は、あっちに隠れてろ!」
彼女は後衛の波留らがいる地点よりも海から遠く離れた岩陰を指さした。
それならなぜ連れてきたのだろうか。
「すみません、何もできなくて……。」
きっと、倉庫閉じ込め事件の際に大した能力を使えていなかったことが彼女の中で念頭にあったのだろう。
「気にするな。今後のためだと思って見学してくれ。」
今は落ち込んでいる余裕はない。彼にできることといえば、足手まといにならないこと、それだけだ。
「はい、わかりました。」
明平のしっかりとした返事を聞いて、氷室は彼の左肩に触れた。その感触を捉えたときにはもう既に、彼は別の場所にいた。
すれ違いざまの「死ぬなよ。」という彼女の言葉だけが、彼の鼓膜に残っていた。
それを言うべき相手は他にいるだろう。
「明平さんも、ここにいましたか……。」
慣れ親しんだ声に振り返ると、そこには霞が座っていた。
「俺は邪魔になるから、待機ってことになってる。いつかのために見学しておけってさ。」
「私も、そんな感じです。」
「おやおや、セパタクローを極めるならこれを見る必要はないのでは?」
「いつの話を掘り返してるんですか!?」
「あはは、冗談冗談。」
それで会話は終わりだった。
二人はただ陰に隠れながら、最前線にいる彼女たちを見つめているだけだった。
「じゃあ、手始めに壁を作っておきますか!」
氷華が右手を大海に向けると100m先のあたりで帯状にじわじわと海面が凍っていき、さらにその上に数万もの氷の矢が降り注いだ。氷の粒が宙に舞い、ダイヤモンドのような輝きが奇妙な色の空を演出していた。
空気中の水蒸気を凍らせて生成しているらしい。矢は海を凍てつかせながら、次第に堤防のような塊を形作っていった。
S級能力者の彼女といえど能力の効果範囲には限界がある。その時は氷室の出番だ。氷華と手を繋ぎながら
その間にも、彼女は司令塔としての役割を忘れない。
「天降、明かりを頼む!」
日がほとんど沈んでしまったので、辺りがどんどん暗くなってきた。高台で待機していた天降がそれに応えて月明かりを屈折させ、氷華たちがいる場所が真っ暗にならないように淡い光を照射する。
「すごいな……。」
霞と岩陰に隠れている明平は、彼女らの実力を見て呆気にとられるばかりであった。
「おい、どうしたんだよ。」
隣に目を遣ると、霞がひどく怯えた表情で震えていた。
「大丈夫か? 調子が悪いなら俺が先輩に伝えるよ。」
そう言って表へ出ようとする明平を、彼女が制止する。
「ダメ、です……ここにいないと、危ないですよ。」
「でも……」
「心配しないで、ください……。大丈夫、ですから……。」
きっと詳細不明の海外船の侵入に怯えているのだろう。これ以上詮索するのはやめておこうと、彼なりの気遣いをしておいた。
それにしても、ここに来てから割と時間が経ったが、相手が攻撃を仕掛けてくる様子が一切ない。果たして彼らの目的は何だろうか。度々侵入を受けていると聞いたが、なぜ一度も武力行使をしてこなかったのだろう。攻撃のために様子を窺っていたにしても、あまりに慎重すぎる。
挑発、あるいは……?
――そのようなことを彼なりに考えていると、目の前にいきなり5人が現れた。
「うおあっ!?」
「何だ? これくらいでまだ驚いていたらどうしようもないな。」
「いきなり来られたら誰だって驚きますよ!」
見くびったような表情で微笑む氷室に、必死で反論する明平。
「――まあいい。ビビりなお子ちゃまはおいておくとして……」
「先輩、あんまりからかうようなら、資料室のことバラしますよ?」
「ひぃッ!? わ、わるかった、悪かった、余計なことを言わないでくれ、おねがいだ!」
顔を赤らめる彼女を見て、冴苫が顔を火照らせながら目を輝かせる。
「ま、まさか、えちえちなのですか!? 叡智なことがあったのですか!?」
「断じてないッ!!」
氷室が全力で否定する。
まあ、変な嗜好がある人間からすれば、あれが「叡智」だと思うことはあるかもしれないが……。
「と、とにかく、この件は海上自衛隊に引き継がれることになった。連絡が入り次第、私たちは退却する。」
「はあー、毎回そうなるよねー。あたしたち、行く意味ないんじゃないかって思っちゃうよ。」
「その程度で済むのはいいことだ。」
「そうだけどさあ……。」
トイレを我慢中に警報が鳴った最も可哀想な人が「いい」と言うのだから、言葉の重みがまるで違う。
「大丈夫なのですか? 顔色が良くないのですよ?」
冴苫が震えている霞に声をかける。
「だ、大丈夫です……。すみません……。」
彼女は未だ怯えている様子であったが、こらえがちに言葉を振り絞った。
そして氷華はそんな彼女の様子を、心配そうに見つめていた。
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