第15話 ラッキースケベありました。

「――つまり、私の瞬間移動テレポートが暴発してしまったせいでドアノブが飛んだわけだ。」

「まあ、そうでもないと、こんな取れ方はしないでしょうね。」

 根本の金具を残して、取っ手の丸い部分だけがきれいに外れている。能力を使うかあるいはゴリラ並みの腕力で引きちぎらない限り、このような事態にはならないだろう。

「ときに明平よ。」

「はい?」

「ここから出るにはどうすればいい?」

「それは俺が聞きたいですよおっ!」

「お前は予知能力者だと聞いたぞ? 私達がここをどのように脱出するのか、未来を視てみれば分かるだろう。」

 その手があったか!!

 いやダメじゃん。

 予知能力者というのはあくまで設定なのだから。

「うーん、えーっと……」

 嘘がバレないようにどう誤魔化すか、彼が能力を使うフリをして時間稼ぎをしていると、何を察したのか氷室の顔が次第に青ざめていった。

「ま、まさか、一生ここに閉じ込められる未来が視えているのか? それは困難を極めるぞ。」

 彼女は少々取り乱しているが、さすがにそうはならないだろう。出られないにしても雪見たちが探しに来ることは想像に難くない。。

「いや、俺の能力、そこまで先の予測はできません。――でも大丈夫ですよ、先輩たちに連絡して、来てもらいましょう。」

「そうするしかないな。明平、頼む。」

「え? 俺スマホ置いてきちゃったんで、お願いします。」

「奇遇だな。」

 氷室が清々しい微笑を見せる。

「ちょうど私も、生徒会室に忘れてきたんだ。」




――「来ませんねえ。」

 閉鎖的な空間に二人きりでいるのは何とも気まずい状況である。沈黙の中でおよそ10分以上が経過した頃、とりあえず彼は話題を振ってみるのだが氷室の返答が聞こえない。

「あのー、えっと、無視はちょっと傷つくんですが……。」

 隣に座る彼女は肩をこわばらせ、涙目になりながら顔を赤くしている。

「その、ちょっと、あ、あの、ここを早く出る必要が、できた……。」

 彼は数秒間の思考を経て、ようやく察した。そして思った。今日こそが、「彼女を救う日」だったのだ、と。

 男は立ち上がった。今日初めて一定時間の会話をした、たった一人のドアノブ破壊女の尊厳を死守するために……!


 ドンッ!


 ドアを目掛けて走っていき、

 

 ドンッ!


 己の全体重をかけて現状の打開を試みる。


 体当たりで開けようとするが、金属製の扉がそう簡単に破れるはずが無い。

「やめるんだ、明平! 怪我をしてしまう!」

「俺は、このくらいじゃ怪我しませんよ。」

 そう言いながらまた突撃をかますが、無慈悲にもその扉は微動だにせず佇んでいる。

「アザができてしまってはいけない、嫁入り前の体なのに。」

「俺は婿ですよ! ――っていうか、そんな冗談言ってる余裕があるなら手伝ってくださいよ。」

「こんな状態の私に、何ができるというのだ……」

 ある程度の余裕は残されているようだが、彼女の許容量は刻一刻と限界へ迫っていた。

「何がって……あ!」

「な、んだ……? 何かいい方法でも、あるのか……?」

瞬間移動テレポートですよ! 先輩の能力で、外に移動すればいいだけじゃないですか!」

「よく、思いついたな、だが、残念ながらそれはできない……。私の能力は瞬間移動テレポート空間移動テレポートと違って、空間を隔てて移動することはできないんだ……。」

 これ、文字で表示されているから判別ができるが、音で聞いている側の明平としてはややこしくて仕方がない、というか分からない。

「そんな……」

 無理なことだけは分かった彼が肩を落としていたその時、廊下から不穏な電子音が響くのが聞こえてきた。

「まずい、まずいぞ、こんな時に……。」

 白い頬を火照らせながらも、額は次第に青ざめていく彼女に明平は聞いた。

「何があったんですか?」

「出動命令、だ。北方奉行の、出動命令……。恐らく領海に、不法侵入があったのだろう。」

「出動って、行かなきゃいけないんですか!?」

「ああ、そうだ。そして私がいないと、雪見も、他の者たちも動けない。私には、瞬間移動テレポートで、彼女らを運ぶ役目があるからな……。」

 そもそも一人が欠員しただけで組織が機能しない管理体制に文句を言いたいが、今はそのようなことをしている場合ではなかった。

 泣きっ面に蜂の絶望的な状況、しかし彼はここで諦めるわけにはいかなかった。

「もしも、いや、きっとそうなる。私が、ここで耐えられなくて、その上、任務を全うできなくとも、お前は、醜態をさらした私を、人間として見てくれるか? 私を、見捨てないでくれるか……?」

 とうとう悲観的なスイッチが入り弱気になってしまった氷室は、まるで許しを請う罪人のように涙目で彼を見上げる。

「ちょ、そんな悲しいこと、言わないでくださいよ! 俺は、見捨てたりなんかしません、他のみんなも、きっとそうです!」

 明平の言葉に、彼女は悲しげながらも満たされたような表情で笑みを浮かべる。

 頬には一筋の涙がつたっていた。

「そうか、私は、いい後輩を持ったな……。」 

 でこぼこの地平線に体のほとんどをうずめた太陽に照らされる彼女の瞳は、生命の輝きの如く強く美しい光を放っていた……。

「ちょーっ!ちょいちょいちょい、ダメですよ!? なんかこの流れ、漏らしそうな感じじゃないですか!? もうちょい頑張ってください、方法は必ずあるはずですから!」

 明平は彼女を励ましながら考える。

 何か、良い方法はないのだろうかと。

 そういえば、霞の姉は物体を冷却する能力で氷の矢を降らせると聞いた。

 そうだ、能力は一種類だが、使い方は無限大なのだ。


「――!」


 一応言っておくが、これは氷室が失禁したという意味ではない。明平が何か閃いたというニュアンスだ。

「そうですよ、人じゃなくて、このドアを動かせばいいんですよ!」 

「へ?」

「まだ、一度くらいは能力を使えますよね。それなら、このドアを飛ばしてください!」

「――そうか、その手があったか! どうして、こんな単純なことが、思いつかなかったんだ。」

 氷室は震える両脚を必死に押さえつけながら立ち上がり、ドアの前まで何とか歩いて行った。

 そして溢れそうになる何かをこらえながら、ゆっくりと扉に手のひらをつけた。


 ガンッ


 金具が外れる音がしてドアが消えたかと思うと、それを視界に捉える前に明平のすぐそばの床に突き刺さった。

「すま、ない、もう少し位置が悪ければ、殺していた……。」

「マジすか!?」

「外に出ていろ。お前も行くんだぞ。」

 彼が青ざめた時には既に、目の前から彼女の姿も消えていた。きっと今頃、無事に女子トイレにたどり着いていることだろう。

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