第12話 秘密の特訓

「明日、またここで練習させてもらいます。」


 こうして、俺たちの秘密の特訓は始まった。

 俺とはいっても、実際俺は見ているだけで何もしなかったのだが……。

 それはそうとして、なぜか俺の胡散臭いアドバイスだけで霞さんの能力は日に日に上達していった。伸び幅で言えば本当に僅かなのだが、それでも毎日何かしらの成長があった。

 最初はある程度の量の水を固めておくのがやっとだったけど、段々と力の入り具合に余裕が出てきたように見える。

 もしかすると俺には、超能力を理解する才能はあるのかもしれない。

 もしかして、俺って天才なんじゃ……!?




――「惜しいなあ。形を作るまでなら、もう少しでできそうなのに。」

 夜風が少々寒い午後10時頃、この日も二人は超能力の練習に身を投じていた。最初の練習から一週間くらい経過しただろうか。

「どうしても、途中で崩れてしまいます……」

 霞は水を矢の形状に変化させそれを高速で射出しようと試みているのだが、どうも上手くいかないようだ。

 何度も失敗を繰り返しびしょびしょに濡れてしまった袖口を見つめながら落ち込む彼女に、明平は一つ提案をする。

「大きい矢を作るのは大変だから、まずは少ない量でやってみないか? 針くらいの小さいやつを飛ばす感じで。」

「そうですね……」

 霞はまた両手を前に伸ばし、明平が用意したかまぼこ板の的に向かって構えの姿勢を取った。

 今度は片手に収まるよりも小さな水球を作り、胸の高さまで持ち上げ形状を安定させる。

「――!」

 狙いを定めた彼女の表情に力がこもる。

 直後、先ほどの水球が極細の直線を描き、かまぼこ板に高速で衝突した。

「おお!」

 明平は驚きを露わにしながら、かまぼこ板の様子を確認する。水が当たったと思われる箇所が、ミリ単位でほんの僅かに凹んでいた。

「すごいぞ、この作戦ならいけるんじゃないか!?」

 彼の言葉に霞は目を輝かせた。

「そ、そうですか? 私、今まで全然出来なかったのに、明平さんのおかげです……!」

「いやいや、霞さんが毎日頑張ってるからだよ。大きい矢を作ろうとしたときも、前よりいいとこまでいってたし。」

 ここ数日で、霞の能力は遥かに強度を増していた。この調子で段階を踏んでいけば、大きな水の矢を飛ばすこともいずれ可能になるだろう。

「そういえば、聞きたかったんだけど……」

「なんですか?」

「どうして『矢』にこだわるんだ? 剣とかでもいいんじゃないかと思うんだけど……」

 霞はしばらく考えるような素振りを見せたあと、複雑な面持ちで答えた。

「お姉ちゃんも、能力で矢を作るんです。真夜中の満月にたくさんの矢が照らされて、流れ星みたいに降るんです。それがとてもきれいで……。」

 そんな話を聞くと、雪見氷華がこの学校で生徒会長という肩書を持っている事実にも頷ける。

 能力開発校において、生徒会長はいわば各校の顔であり、その学校の首席が任命される。首席というとほとんどの場合S級能力者だ。

 廃校寸前の高校だからといって、北高の首席が単に周囲を冷却するだけの実力に留まるはずがない。高度な応用力とそれを実現可能にするポテンシャル、やはりどの点から見てもS級能力者は格が違うと明平は思い知らされた。

「やっぱすごいんだな。俺はアイスを冷やすところしか見たことなくて、全然知らなかったけれど。」

「アイス、ですか……? ああ、それは……」

「それは?」

 そう聞かれて霞は何かを言おうとした様子に見えたが、どこか寂しげな表情を見せながら口ごもった。

「あ、いや、何でもないです……気にしないでください。」

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