第13話 授業つまらん。
「――と、いうわけでSF小説なんかでよく見る『科学と非科学』の二項対立の構図。大抵の場合超能力は『科学』に分類されるが、これはちょっと不適切だ。」
昼前の授業は空腹との戦いである。
教室にいる生徒が多ければ、どさくさに紛れて飴玉をつまみ食いするくらいは容易いのだろう。しかし、現在この教室にいるのは明平を含めた一年生三人のみである。これではつまみ食いも居眠りもできない。
「で、現代の科学では超能力は科学と非科学の中間という扱いになっている。そして完全な非科学に分類されるのは『魔術』や『霊術』といった類のものだ。――おっと、話しすぎた、文章に戻ろう。御船千鶴子の例が出ているが……」
眠い、眠すぎる!!
この時期は昼に近づいてくると気温がポカポカしてくるし、何よりこの授業は面白くない!!
能力開発科などというご大層な名前がついた高校のくせに、やってることといえば普通の授業なのだ。
この現代文の授業も、扱っている文章が超能力の研究に関するものというだけで、やることといえば読解の練習という、普通科高校と全く変わらない内容。
これでは春の陽気も相まって「どうぞ爆睡してください」と言われているようなものだ。
「明平君、頑張ってください。あと少しの辛抱ですよ。」
眠気のせいで首がカックンカックン揺れている彼を、天降がこっそり起こす。
「霞ちゃんも、もう少しですから……」
両隣に座る居眠り人間の世話に苦労しているようだ。
「――と、いうわけで朝は米を食べるべきだ。あっ、終わっちゃったかー。」
教師の話を遮りながら、睡魔に倒れた者たちのぼやけた聴覚を呼び覚ますようにチャイムが響き渡る。
授業が終わった途端に眠気が全部吹き飛ぶのはどうしてだろうか。
「良かったですね、明平君。お昼の時間ですよ。」
「え、俺が腹減ってるの、バレてた?」
「はい。 お腹から音が聞こえてましたよ。それはもう、盛大に。」
天降は子供を見るような目で微笑みながら言った。
「今日は三人で、お昼ですね……。」
時間割や教室移動の関係上、明平たちは先輩たちと一緒に昼食を摂る日もあれば、そうでない日もある。
「そういえば、さっきの授業でもそうでしたけど、ここ最近、二人とも眠そうにしているのには、何か事情があるのですか? 私にお手伝いできることがあれば、遠慮なく言ってくださいね。」
明平と霞は目を合わせながら、互いに弁解の役割を押し付け合っていた。二人とも本当の事情を知られたくないらしい。
それもそのはず。かれこれ一週間、彼らは毎晩秘密裏に会い、二人きりで行っているのだ——そう、超能力の特訓を。
(か・す・み・さん! 秘密にしろって言ったのは君だよね! 俺の代わりにうまいこと言ってくれよ!)
――とでも言いたげな視線を送る明平だが、霞は気づかぬふりをしているのか、もしくは本当に鈍感なせいで察していない。
こんな時にテレパシー系の能力が使えれば便利なのになあ、と思いながらも、明平は脳内の辞書を引っ掻き回して手頃な言い訳を探った。
「えーっと、俺、最近マンガにハマっちゃって。あはは。それで、読み始めたら止まらなくて、気がついたら深夜で……ほ、ほら、霞も、そんな感じか!?」
マンガにさほど詳しくない彼は、どんなものを読んでいるのか聞かれると一発アウトなので、霞に会話のボールをぶん投げた。
「え、あっ、うあっ、ええっ!? ま、まあ、そんな感じですね……わ、私の場合は、セパタクローにハマってしまいまして……。」
セパタクロー!?
なぜそれを選んだ!?
明平の脳裏に浮かんだのは、どうやったら真似できるのかわからない謎の姿勢で飛び上がりボールを奪い合う選手たちの姿だ。体育の教科書の最後の方に載っていたり載っていなかったりする、あの写真である。
「えっと、セパタクローというと、三対三で戦うスポーツですよね。バレーボールを足でやるような感じの……」
この世には野球やサッカーのルールも知らない者がいるというのに、彼女は彼女でどうしてセパタクローに詳しいのだろうか。
「観戦を楽しんでいる、ということですよね……?」
「え、えあっ、はい、試合を見ることもありますし、えっと、じ、実際に、やってみたりもします!?」
自分で言っているうちに混乱して、嘘に歯止めが効かなくなっているようだ。
しかし、いくらなんでも盛りすぎである。
「え、そうなんですか!? じゃあ、霞ちゃんはあの姿勢でボールを蹴ることができるんですか!?」
「え、いや、いやいやいや、えっと、まだ練習中でして……」
明平は二人の会話を聞きながら、笑いを堪えるのに必死だった。
このまま放置しておけばさらに面白そうなのだが、霞が錯乱している様子を見て、そろそろ助け舟を出そう、と彼は思った。
「あー、それはそうとして、文化祭の件、どうなったのかなー、気になるよねー。」
助けてやろうなどと上から目線で思っていた割に、話題のすり替えは下手くそだ。あの環境大臣の高等テクニックを学んだほうがいい。
「そうですね……雪見先輩が色々と準備してくださるそうですけど、上手くいっているのでしょうか……。」
「き、きっと、大丈夫ですよ!」
セパタクローの呪縛から解き放たれた霞が言った。
「もし北国大に断られたら、自分たちだけで、北高の七人でやればいいです。それでも、きっと、きっと楽しいはずです。」
先週までは生徒会室の隅で静かに座っていただけの彼女が、今や堂々と自分の意見を言話している。
これも、練習を続けてきたことと少なからず関係があるのかもしれない。
「そうですね、どんな結果でも、きっと、いい思い出にできますね。」
「そうだな。」
他愛もない三人の会話は続く。五時間目のチャイムが鳴るまで……。
「なんとなんとー、今日は重大なお知らせがありまーす!」
放課後の生徒会室で楽しげに叫ぶ氷華は、いつもより少々テンションが高かった。
これはきっといい知らせに違いない。
「なーんとなんとぉー、今年、わたしたちは初めて文化祭を開催……」
随分間を空けるようだ。
でもこの流れなら後に続く言葉はだいたい分かる。その場にいる全員がそう思いながら拍手の準備をしていた。
「できません!!」
皆が「!?」という表情をする。
「ええ〜、この流れはOKの方だと思ったんだけど〜。」
残念そうに言う波留に、冴苫も同情する。
「そうなのです! わざわざ期待させるのは意地悪なのですっ!」
「ごめんごめん。いやあ、どんよりした雰囲気で言うのも、なんだかなあと思って。」
「それはそうなのですけど……」
冴苫はあまり納得できていない様子だ。
「大丈夫! まだ方法はある! 私が別の作戦も考えておいたから!」
心許なげな彼らを前にして、氷華は自信ありげにそう言ってみせた。
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