第9話 国公立でも、杜撰な対応は多いんです。

「制服が届いてるよー。」

 放課後の生徒会室では、また一つ小さな出来事があった。

「はい、これは神子ちゃんの分。そしてこれが明平君の。」

 二人とも百貨店のラッピングがついた化粧箱が渡された。

 が……

「あの、先輩。どう見ても俺の分だけ小さすぎやしませんかね。」

 天降の箱は大きなトランクぐらいのサイズだったが、明平が渡されたものは牛◯石鹸の箱よりも小さかった。

 え、もしかしてイジメの序章?

「ま、まあ、二人とも、取り敢えず開けてみて。それが君たちの制服だよ。」

 まずは天降の箱。

 大きな上蓋がたどたどしい手さばきで開けられると、中からは氷華たちが来ているのと同じセーラー服が出てきた。

「わあ、すごい、きれいな新品です!」

「これで神子ちゃんも、本格的に北高の生徒だね!」

「私、ちょっと着替えてきます!」

 いつになく上機嫌な天降は、制服を抱えてどこかに出ていった。

 一方、明平も包装を剥がし小さな箱を開ける。

 結果は既に予想できているような気もするが……

 蓋を開けると胸につける金属製の校章が入っていた。

 メッキ仕上げの「北高」の文字が、銀色に輝いている。

 以上。

 それだけだった。

「ナニコレ? え、いや、冗談だと思ってたから聞かなかったけど、ホントにこれだけ? 制服の引換券が入ってるとかじゃないんですか?」

 明平は最後の希望をかけて緩衝材を取り除いてみるが、無機質な箱の素地が見えるだけだった。

「ごめん、ほんとに、ごめんって。そんな悲しそうな顔しないでよ。あたしも、まさかそうだとは思わなくてさ。」

 氷華は慌てた表情をしながら、必死で明平をなだめる。

「『まさか』って、何ですか、何があったんですか?」

「それが届いたとき、あたしもおかしいと思って先生に聞いたんだけど……」

 狼狽える彼に、氷華は数十分前の出来事を話し始めた。


――「先生、明平君の制服、まさか注文し忘れたとかじゃないですよね。」

「――ん?」

「彼の分の荷物、明らかに少なかったですよ。業者さんに聞いても、それ以上の注文は受けてないって、言われまして。」

「あー、無いよ。」

「え?」

「男子の制服は無いよ。」

「いやいやいや、北高は共学ですよね。そんなことがあるんですか?」

「いやあ、ここってさあ、男子が一人も入ってこない年が続いたから、男子の制服がどんななのか、分からなくなっちゃったんだよねねぇ。」

「――ええっ!? まあ、確かに先輩方もみんな女の子でしたが……制服のデザインが分からなくなることなんてありますかね……」

「かなり前から、男子の入学者がいなくなってねぇ。その後、うちの制服を受注していた業者が潰れたり、何やかんやあってだねぇ。その時にちゃんと引き継ぎ出来てなかったみたいなんだよ。まあ、聞いた話だから本当かどうかは分からないんだけどねぇ。」

「いくらなんでも、それはちょっと管理が行き届いていないような気が……」

「まあ、意外とそんなもんだよ。――でも、今回の件は報告しておくよ。来年度、もし男子が入学したときに同じことがあったら困るからねえ。」


――「って感じで。ごめんね、あたしはてっきり、明平君の分も制服があるのかと思ってて。結局、代わりにそのバッヂを付けてくれって、言われたんだけど……。」

「いやいや、先輩に落ち度はないですから……。」

 明平は少々の落胆を隠しながら、フラワーホールに校章を付けた。

 今更考えてみれば、別にまた新しい制服を着る必要はないのだ。結局、北高生の一人であるということが証明できればいい。制服が届くと聞いて若干楽しみになったのは、首都高生でもないのにその制服を着ているという状態が、落ち着かなかったからなのだろう。

 胸に付けてみた校章を見ていると、ようやく新しい地での生活に実感が湧いてきたような気がする。

「ありがとうございます。校章だけでも、北高のものを着けられてよかったです。」

「そっか……それなら、良かったよ。」

 氷華は安堵の表情で微笑んだ。


「でも、男子が入ってこないなんて、そんなことがあるのかな〜?」

 彼らのやり取りの傍ら、波留は北高の制服にまつわる話に首をかしげていた。

「北高よりも首都高などの本州の高校の方が色々充実してるから、特に男子は道外に出ていくそうだな。ただ、女子の場合は親が心配して、道外に行かせようとしないことが多いらしい。」

 氷室は淡々と答えを述べた。

「あ〜、萌もそのパターンだよ〜。東京で一人暮らしなんかさせられないって言われちゃって。」

 彼女は少々困ったような顔で言った。が、実際にはそれほど気にしていなさそうな様子である。

 物怖じせずに先輩にタメ口で話している時点で、彼女の肝の据わりようがうかがえるのだが。

「小牧は、住み慣れたところで過ごしたかったから道内の高校にしたのです。東京は人がすっごく多くて疲れるのです。」

 東京の混み具合をよく知っているかのように語る冴苫。

 いや、実のところ本当によく知っているのだ。

 彼女は何度も足を運んだことがあるのだが、それが同人誌即売会で不健全な本を買うためだったということに関しては、ここにいる誰一人知らない。

「確かに都心はそうだが……八王子みたいに落ち着いたところもあるぞ。」

「そうなのですか? 氷室先輩、詳しいのですね!」

 冴苫は目を輝かせながら、嬉々として氷室を見上げた。

「べ、別に、このくらいは誰でも知っていることだろう……。」

 彼女は少々都合が悪そうにそう答えた。


「着てみましたー!」


 皆が盛り上がる中、ドアノブがガチャリと回る音がした。

「おーっ、いいねーっ、似合ってる! かわいいよ! ね、明平君!」

 真っ先に反応した氷華の声を聞いて振り向いた明平は、セーラー服姿の天降を視界に捉えた。

「そ、そうですね……。」

 見惚れているうちに、思わず意識が遠のいてしまいそうになる。

 何と言い表せばよいのだろうか。田園風景をバックに、夕日に染まる姿が似合いそうな儚げな印象だった。

 そう、それこそK◯yのゲームのメインヒロインとして出てきそうな……

「うおおおっ! 可愛すぎなのです! 尊死してしまいます、これは!」

「とうとし……?」

「知らないのですか、明平くんっ! 昇天シテシマイソウナくらい素晴らしいってコトデスヨ!」

 冴苫は早口で説明した。

「まあ、確かに、とてもよく似合ってますね。」

 もしかすると、明平が先ほど感じたのがいわゆる「尊死」というやつなのかもしれない……?

「これは神ですよ、神! 現実にもこんな神コンテンツがあったなんて!」

 彼女のそばで波留も「ちょーかわいい〜!」と騒いでいる。

 当の天降は少し恥ずかしそうにしていた。

「さあ、みんなー、一人はそんなに変わってないけど、これで本格的に七人の北高生が揃ったよ! みんなで文化祭、盛り上げていこー!」

『おー!』

 バラバラの返事が、いつもの暖かな生徒会室を震わせた。

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